花嫁は子供

「ああななし様!はしたないです!」

「いいじゃない、暑い時こそこうして水を撒くのです。」

そう言って桶いっぱいの水を大胆に庭に撒き散らす一人の少女、とはいえもう婚姻出来る程の年頃なのだが。
しかしこれではまだ何処にも嫁へ出せない、と皆口を揃えていた。

「凄く気分がさっぱりしますよ、貴女もやってみませんか?」

いえ、と幼少期より仕える世話役は大いに溜息を零す。この通り本人悪気は全くなく、本当にやりたい放題だ。

「いいですか、ななし様…。こうしていつまでも子供の様にはしゃいではいられないのですよ。何れは嫁ぎ、子を産み、夫を支えていかなければならない大切な役割が…。」

「あ、法正様。」

話をぶつ切り彼女が向けた視線の先に多くの布を抱えた法正の姿。

「ああ、ななしか…。今日は一人で水遊びですか?」

「一人で寂しく遊んでますよ、誰も遊び相手がいませんので。それより、その大量の布は…。」

ああ、とその抱える布を一枚取りひらひらと見せる。

「ここの所消耗が激しくて…今回は大量に支給したんですよ。全く何処の誰がそんなに使用してるのやら…。」

態とらしくゆっくり強調した言葉を向ける。ゆったり歩み寄ればその布をななしの頭に思い切り被せた。わっと驚いた顔に対して彼はにたりと笑みを浮かべる。

「大切に使ってくださいよ。」

「…申し訳ありません…。」

「まぁななし様…法正様にまでご迷惑をおかけしたのですか。子供っぽい所がまだ抜けず…本当に、申し訳ありません。」

「畏まらなくて結構、過ぎた話ですから。」

それに、と彼は加える。

「彼女も一生懸命な一面がありますよ。」

「…と、言いますと。」

「ちょっと、ま、まっ……!」

ななしは阻止すべく必死に法正の口を押さえようとするが、その行為は虚しくその腕は簡単に掴まれた。

「密かに花嫁修業していると言ってはいけないので?」

世話役は思わず目を丸くした。どういう事かと視線を注げば彼女はおろおろと慌て始める。

「そ、それは秘密と…!」

「…別にいいのでは、いずれ皆知る事になるのですから。」

「…一体どういう事でしょうか。」

ななしはあっち行ったりこっち行ったり落ち着かず右往左往。終いには法正の背中に隠れる形となる。

「私だって、いつまでも皆に迷惑は掛けたくないと思い……誰に嫁ぐにしても最低限の事はこなそうと決めたのです。それで立派になった姿を見せつけようと…隠れてやっていたら法正様に早速ばれてしまって。」

言わないと約束したのに、語尾が次第に小さくなって袖の握る手に力がこもっていく。

「ななし様…。」

沈黙が続きしんみりとする。しかし彼は

「ああ、もう一つ言い忘れていました。
ななしは、俺の妻になるんです。」

さらっと、しかし愉しそうにそう告げれば二人は硬直して時が止まる。違う意味で再び沈黙が流れたがふと我に返ると今度は顔を真っ赤にした。

「ほ、ほ、法正様!?一体何を口走っているのですか!」

「どこぞの馬の骨かも分からぬ奴に嫁がせるものか。そんな事をすれば毎夜その男に報復しに行くぞ。」

「という以前に、わ、私はまだそんな準備が出来ていません!花嫁修業で精一杯ですもの!」

「なら今ここで覚悟を決めて下さい。」

彼女はついに法正の背中を思いきし叩く。
それにも動じず話を続ければ彼女は目に見えぬ速さで廊下を駆け何処かへ行ってしまった。

「案外照れ屋なものだな。」

「本気でございますか…?」

「俺はいつでも本気ですが。まぁ意外だと思われますが、会った時から結構惚れ込んでますよ。」

床に散らばった布を一つ一つ拾い上げ、丁寧に畳み抱え込む。

「あの子はまだ不束者…ですが、貴方様だったら、きっと……。」

「…あのお子様の我儘に付き合えるのは、俺しかいないだろうよ。」

満足気にくつくつと微笑って、彼女が走って行った方に歩みを進めた。


(貴女も疾うに気付いているのでは)

(法正様の……馬鹿)