時期が悪い

「…………。」

「あの……法正さん…?」

先程から指一つ動く事なくこちらを見つめてくる。驚く程無表情であり、自分は何かしてしまったのだろうか、と次第に不安になってくる。

「………法正さん…。」

「………ああ、失礼。」

はっとして彼はようやく口を開けた。こんなに声をかけても何も反応をしないかったのは、真剣に考え事でもしていたのか。

「私の方をじっと見つめてくるので、何かしてしまったのかと心配になりました。」

「………まぁ、貴女について考えていたのは否定しませんが。」

「私について……ですか?」

首を傾げて彼を見つめれば、じっとしていた所為で固くなった身体をほぐす様に背伸びをする。

「ええ、何だと思います?」

「………いつも間抜けそうな顔をしている……とか。」

そう答えれば一瞬驚く様な顔をするが直ぐ後笑った。

「くく……あながち間違ってはないかもしれないな。」

「もう……。」

「冗談ですよ、もっと重要な事だ。」

「は……もしかして、昨日こっそり食べてしまった肉まんの事で怨んでいるんですか!」

「あれ…貴女が食べたんですか。」

思い付きで言った一言で墓穴を掘ってしまい咄嗟に口を押さえて押し黙った。
しかし法正は特に気にすることなく、

「いつ婚姻の儀を挙げようかと思ってだな。」

「こ、婚姻…!?」

その言葉を聞いたと同時に一気に顔が火照る。それが面白かったのが再び肩を揺らして笑う。恥ずかしながらぺしっとその腕を叩けど彼はそれを止めなかった。

「それって、私と…?」

「ああ、むしろ貴女についてと言っているのに、それ以外誰がいるのか是非教えてほしいのですが。」

話しながらゆっくりと近付く顔に対して思わず身体を弓なりに反らした。

「えっと……!私なんかじゃきっと釣り合いません!」

正座しながら後退りすればそれを阻むべく腕を掴む。にたりと笑った顔が何かを企む様で尚更逃げたくなった。
法正はそのまま引っ張れば負けじとななしもまた逃げようと必死に奮闘する。

「何故俺を避けるんです?」

「な、何か嫌な予感がするんです……!!」

その直後、ぱっと掴んでいた彼の手が離されななしはその反動でひっくり返ってしまう。ごろんと大胆に転んではしたない姿をお披露目してしまった。

「きゃあ!!」

「これ程俺を楽しませる女性はこの世でななし一人だ。」

「酷いです……。」

ずるずる体勢を戻し今にも泣きそうな顔で口を結ぶ。
しかし再びその腕を掴まれれば先とは違いゆっくりと包まれる。打って変わった優しい程の抱擁に彼女は抵抗する事も忘れた。

「からかったのは悪かった。ですが、俺の気持ちも分かっていただけませんか…。」

鼓膜にまで響く声色はいつに無く本気だった。暫く黙って彼の言葉に耳を傾ける。

「この悪党を恐れずに話掛けたのが貴女が初めてだ……会った時から気にかけてた故にそれはもう嬉しかったですね。
後にも先にもそんな奴はいない。貴女がこの世の果てまで逃げようと、俺は追いかけるだろう。それ位好きだって事だ。」

「法正さん………。」

憂いを帯びた目を静かに彼に合わせる。

「私も、本当の気持ちを言えば、貴方と結ばれたらどれだけ幸福か……。

……貴方が許してくれるのであれば、この身、全てを…。」

互いが無意識に口付けを交わす瞬間



「突然失礼するよ、法正殿、緊急ですまないのだ…………が。」

不運にも開いていた扉から覗かせたのは徐庶。目の前に見えるのは男女の接吻の寸前。

「…………………徐庶。」

阻まれた事で折角築き上げた雰囲気が完全にぶち壊れた。低い声でその名前を呟き、世界を憎む程の目付きで彼を睨めば慌ててその場から顔を退いた。

「うわ!も、申し訳ないわざとじゃないんです!」

「どちらにせよお前にはたっぷり報復してやる……!覚悟しておけ、さっさとその扉を閉めて回れ右だ。」

徐庶は慌てて扉を丁寧に閉め、申し訳なさそうに去っていった。ななしはそれを呆然と見つめ、そして顔を真っ赤にして倒れた。

「おい……!……絶対にあいつには復讐しなければ気が済まなくなった。」

色々とお預けになり何ともやるせない気持ちになった法正だった。



(ああ……俺、暫くあの二人に顔合わせられないな…)