「今日は嘘をついても良い日と聞きましたので、早速法正様で試してみましょう!」
そう言って爛々に目を輝かせるななし。それに対し女中は驚き少しばかり苦笑いした。
「あの……後々平気でしょうか……。もし倍返しなどされたら……。」
「平気平気、いざとなれば全力で逃げればいいのです。」
拳を掲げやる気満々で立ち上がり、去り行く後ろ姿を心配そうに見送った。胸騒ぎがして仕方ないのだが止めても彼女は行くだろう、何事もなく帰る事を祈った。
どういう風に騙すか色々考え、彼の部屋に訪れる。
「法正様、どんな顔するかな…。」
心躍らせ扉を叩こうとしたその時。
「あ……やだ……法正様、そこは駄目…。」
「そう言って、本当は良がっているんでしょう…?素直になったらどうです。」
彼の色っぽい声と女の甘ったるい声が扉越しに聞こえ、思わず手を引っ込めた。
「…え………どういう事…!?」
予期しない出来事に慌てふためき扉の前でおろおろする。
入りづらい状況の中、ふと向こうから徐庶が通りすがる。
「どうしたんだい?」
「あ……徐庶さん。えっと、その……。」
中で起きている事を話す事など到底出来るものではない。ななしと恋仲である法正が別の女といるなんて言えばきっと彼は責めるに違いない。
徐庶はこう見えて結構守ってくれて、法正に悪戯され泣きつく事も度々あったのが一番の理由である。
とりあえずこんな声を聞かれたら厄介だ、彼の腕を引いて別の場所へ移動した。
「もしかして、彼と何かあったのかい?」
「そ、そうじゃないの。ただ忙しいのに入ったら悪いかなぁ……って。」
「はは、そう言っても君の嘘はすぐ分かるよ。耳が赤くなるのが何よりの証拠だ。」
そう言われ咄嗟に耳を塞いだ。眉を八の字に曲げて目を伏せれば彼の手が優しく頭を撫でた。
「話して……くれるかい?」
「…………。」
そんな柔らかな声が打ち砕けた心に響き、思い切って先に起きた出来事を話した。
「ああ……法正殿がそんな事を……。」
顎に手を添え、深く考える徐庶。一見冷静に見えるが、内心怒りに震えているのではないかと不安になる。
「き、気にしてませんよ。彼だって私みたいな凡人じゃ不足しているんですよ。だから息抜きも必要なんです……だから。」
言葉が詰まり、重く沈黙が広がる。何かを言えば今にも泣いてしまいそうだ。先程まで何かをしようとしていたのに、それすら頭からすっかり抜け思い出せない。
「………俺が話をするよ。」
それだけは言って欲しくなかったが、きっと彼は言わないと気が済まないだろう。
「いえ、今回は何も言わないであげてください…。彼は……何も悪くないです。」
「何が悪くないんですか?」
今最も会いたくなかった男が悪なる笑みを浮かべて姿を現した。
「法正…様…。」
徐庶の後ろに引っ込むような形で下がる。彼の服をぎゅっと握ればそれが気に食わなかったのか蔑む様に見下した。
「ななしから離れろ……なんでお前が一緒にいるんだ。」
「ああ、誰の所為だと思いますか…。ななしが苦しんでいるのに、気にせず他の女性といるなんて。」
ああ、と出来事を思い出したように目線を少しばかり上にした。
「気付いていたのか、全く……時機が悪いな。」
「法正殿!!どうして貴方はそういう事を!!」
今にも食い掛かる様な勢いで徐庶は叫ぶ。これ以上何かを言えば争いは避けられないだろう。
元はといえば気持ちが緩んで話した自分が悪い。次第に自責の念に駆られ始めた。
「ごめんなさい……!!私が、私が……。」
目をぎゅっと瞑り顔を伏せ、謝罪の言葉を呟く。
そんな中、ふと彼らの含み笑いが聞こえた。
「……はは。」
「……まんまと嵌ったな。」
「…………………………え。」
何がどうなっているのか分からず呆然と二人の顔を交互に見れば、先と打って変わりしてやったりといった満足な表情。
「俺に嘘をつく前に俺に騙された……そういう事ですよ。」
「………ええ!!」
「ええと、すまない……実を言えば俺も加わっていたんだ。」
申し訳なさそうに頭を下げる徐庶。あまりにも現実的な二人の演技にどっぷりとはまってしまっていたようだ。そうだと分かれば全身の力が一気に抜けてしまう。
同時に自分がしようとしていたことも一気に甦った。そうだ、嘘の日。
「何で私が嘘つくって知っていたんですか。」
「大方、察しはつくでしょう。」
「ああ………兎に角、嘘でよかった……。」
「嘘をついてもいい日と分かっていて騙されるとは……余程本気に思っていたのだな。」
「だって………。」
堪えていた涙がばっと溢れ出しそのまま彼に抱き着く。法正は今度こそ嘘偽りなくそれを優しく受け止めた。
(それだけ衝撃的ですよ……例え嘘でも、やきもちは十分妬きました)
(ああ、俺にとっては嬉しいですね)
(成功してよかったよ、しかし…法正殿がやるとこうも凄まじい嘘になるんですね)