俺は訪れる別れにらしくも無い程怯えていた。
「法正様…。」
傍らで涙を流し必死に縋るななし。己の身体には抉れる程の致命的な傷、助かる見込みなど到底ない。想像以上の痛みから一刻も早く解放されたいと身体が悲鳴を上げている。
しかし其れに抗う我の如く、眼を閉じまいと必死になった。
「庇って貴方が命落とすくらいなら……私の魂などいりません。」
折角救ってやったというのに何たる薄情者だ。眉間に皺を寄せて、掠れて出せない声の代わりに動く唇。しかしその言葉は虚しくも届かない。
「生きていないと意味がない……私は貴方がいてやっとこの世で生きて行かれる。それが無くなっていく今、この在り方は必要は無いんです。」
切っ先を己の胸に突き付け、微笑んだ。その笑みこそ全てに失望しきり、何もかもを投げ出そうとしている。
俺は、こんな結果を望んではいない。そう願っても彼女は俺と同じ様に赤く染め上がり、まるで幾多の血に染まりあげた連結布。
「さようなら、法正様。」
耳に何重にも響いていくその心無い言葉を最期に、この世界はあっさり終わりを告げた。
「……………。」
「法正様?」
呼ぶ声に応える様にゆっくり目を開ければ、すっかり冷めた茶を持って心配そうに顔を覗かせる愛しい人。先に受けた痛みや絶望など何処にも在りはしない、至って何も無い日常風景。
胸に刺さる物騒な刃も互いに見当たらない、単なる悪夢。
「ああ……夢を見ていた。」
偶然と信じたいが、俺が見る夢は昔からよく当たっている。それの所為か、今の夢ははっきり言って今まで以上に気分が悪い。胸に突っかかるような何かを押し込む様に彼女の持つ茶を一気に飲み干した。
しかし、夢に惑わされるとは何とも不甲斐無いものだ。
「温かいの入れ直しますよ?」
「いえ……結構ですよ。冷めていて丁度良かった。」
何よりななしがいて良かった。口には出せない本心を思う。
例えこれが未来に起きることだとしたら、ななしは、俺の死を素直に受け入れるのだろうか。
「いや、無理だろうな。」
きっと同じ様に後を追うに違いない。それだけは何としても避けなければならない。
それでも、そんな俺を怨む人間は飽きる程いる。
「え、何の事ですか?」
「いえ、ただの独り言ですのでお気になさらず。」
「むう、気になります……。」
眉を下げてしょげる姿に思わずため息混じりに答える。
「……単純に悪夢を見たんです。」
「悪夢………私も見たことありますよ?何度も、好きな人が遠くに行ってしまう夢を…。」
こちらをじっと見つめてくるという事は俺が居なくなる夢しか見当たらない。しかし、それでもななしは怖がる素振りを一切見せなかった。
「でも、それでも私は怖くないですよ。醒めた時にふと思うんです……夢の私が今ここにいる私の代わりに悲しみを背負ってくれたと……。可哀想な話ですけど、今の私は幸せです。」
申し訳なさそうに、それでも微笑んだ。
「………代わりに、か。」
考えもしなかった、夢の俺が犠牲になるなど。
「だから、今もこうして貴方がいる……法正様が私と共に生きている……。」
大丈夫、と満ち足りた眼差しが不思議と俺の不安な気持ちを穿った。どうやらななしは俺が思っているよりずっと意志が強かった。
「ああ、その変わった発想はありませんでしたよ。だが……お陰様で気持ちが晴れた……。」
夢など所詮はつまらない幻想に過ぎない、当たる当たらないなど過剰な被害妄想に過ぎない。偶然が偶然を呼んだのだ。
「どんな夢を見たのか分かりませんが、きっともう一人の貴方が助けてくれます。」
ふっ、と人呼吸おけば澄み切った表情で
「愛してます、法正様。」
さようならするのは夢の中でいい。俺の代わりに俺が犠牲になればいいのだ。
(もう夢に惑わされない生き方を)