武器で戯れ

久々に天気が良かったので嬉々と庭に赴く。
すると法正の後ろ姿が目に入り、思わず駆け寄って声を掛けようとするが何か違和感を感じてすっと目線を下に落とす。
庭に椅子など一つも無かったのだが何故か設置されおり、それに座っている。

「あの……ここに椅子なんてありましたっけ?」

その声に気付いた法正は首をこちらに捻って

「ああ、龍床几という立派な武器です。」

と、ゆるりと口を緩ませた。

「え、武器………この椅子で闘うんですか?」

およそ二人掛けの椅子、その真ん中に堂々と座って黄昏れている。誰もそれを武器とは想像しないだろう。

「そうですね、寝たり振り回したり敵に座らせ平手打ちしたり…使い方は様々で結構面白いですよ。良かったら隣…座りますか?」

陣取っていた身体を横にずらして手招く。端っこの方にそっと座るが、不意に手を引かれて彼との距離は一気に縮まった。

「わ……!」

「遠慮なんてしなくていいんですよ。これはまだ使ってない代物、当然返り血は付いていません。」

「そ……それもそうなんですが…。」

何より触れられる事や隣にいる事に緊張してしまう。座るだけならこんなに近くなくてもいいのではないか、と隠すことも出来ずに顔を赤く染める。

「どうかしましたか…随分と頬が赤いですよ。」

「な、何でも無いです…気温が高くて暑い所為ですよ。」

そうですか、と素っ気なく返答しつつも嬉しそうに笑った。

「でも、私はあの布好きです。」

「ああ、それは連結布ですか……?確かに使い勝手は良い方かと。鬱憤を晴らすのには結構うってつけですね。」

話題の布を取り出してななしに触れさせる。喜んでそれを受け取れば指を滑らせて感触を楽しみ、何度も往復させてはうっとりした。

「これで人を倒せるなんて、不思議な感じ。何か仕掛けがあるとしか考えられません。」

「まぁ、今は秘密事項です。…何れお話しますよ、貴女だけに。」

ありがとう、と軽く頭を下げて布を返す。

「…私は普段武器は持たないので、一つくらい自分に合う物があったら欲しいです。」

そう呟いて何気なく空を見仰いでいると、唐突に手を掴まれてそのまま法正の胸まで持って行かれる。心臓が跳ね上がると同時に訳が分からず怪訝そうにすれば彼は

「武器も楯も、目の前にあるじゃないですか。」

「……どういう事でしょうか?」

掴む手を離す事無くじっと眼差しを向け外さない。ななしも外すにも外せず真っ直ぐに見つめる事しか出来なかった。
二人以外誰もいない静かな環境は更に気持ちを昂ぶらせ、葉が風で揺れる音だけがはっきりと聞こえる。

「貴女ならとっくにご存知でしょう…この悪党を唯一忌避せず近付けるのですから。」

「………あの…利用は、出来ません。それが大切な人なら尚更。」

「むしろ使ってくれた方が嬉しいですね。貴女の手が血に染まるのは見たくないですし。
…俺だけが傷付くのであれば構いはしない。」

「それで死んでしまったら、それは私が貴方を殺したも同然です。兎に角、使う事は絶対にしませんから!」

頑なに首を振り、離れようと手に力がこもる。彼はその手を呆気無く外せば一瞬悲しそうな顔を見せるが隠す様に背を向けた。

「私の為ではなく、国を守る為にその力を使ってください。こんな無力な少女一人守っても何も……。」

途端に身体が揺れて跳ね上がり言葉を失う。何が起きたのか状況を理解せずにいると今度は椅子ごと身体が浮き上がってるではないか。

「ほ、法正さん!?」

「認めるまで降ろさないからな。」

「やだ待って!何を言って……!」

「ああ、俺が勝手に守ればいいだけの話か。それなら文句は言えないだろうしな。」

安定しない椅子の揺らぎに悲鳴を上げそうになる。彼の何処からこんな力が出るのか、兎に角認めなければずり落ちてしまう。

「分かりました!分かりましたから降ろしてください!!」

「本当に分かってるんですか?降ろした途端に気が変わるのは無しですよ。死ぬまで怨みますから。」

泣きそうな顔で何度も懇願すれば漸く納得し椅子は降ろされた。違う意味で心臓が張り裂けそうでいると視界が真っ暗になる。まるで布か何かで遮られた様に。

「何!今度は何ですか!?」

「ご安心を、貴女の好きな布ですよ。」

と、そのままゆっくり身体を抱き締めた。怖い思いをさせたと思えば優しくする。なんとも言えない感情が一気に溢れ衝動的に彼女も抱き締め返す。

「意地が悪いです……意地が悪いです法正さん……。」

「素直に聞いてくれないのでつい苛めたくなるんですよ。ですが、苛めるのは俺以外に決してさせはしない。
故に、闘うも守るも怨むも、全て委ねてください。」

「なら一つだけ約束して下さい……絶対に死なないで、ね。」


分かっている、と約束を交わしてからななしの手にあるのは常に彼の暖かく大きな手であった。



(さて、椅子と布で鬱憤晴らしに行くか)

(その椅子を見る度にあの日を思い出します…)