「どいてくださあああい!!!」
廊下に甲高い声が響き渡る。誰の声かと周りがざわつけば全力で走るななしの姿。
「お願いです、今回は見逃してください!!」
ぜぇぜぇと息を切らして何かから逃げているようだ。だが皆は知っていた、彼女は何から逃げているのか。
追う人間は一人しかいない。
「今回も、の間違いでは?いい加減に諦めたらどうですか、俺だって好きで追いかけてる訳じゃない。
ですが、こうも毎回逃げられると流石に心が痛いですよ。」
「嘘です!実際心の中では笑ってますよね!」
こんな事をするのは法正殿以外考えられないのだ。またか、と皆口を揃える。
心を痛めてるとか何とか言うが、そんな事微塵足りとも感じ取れない。
角を曲がったり部屋を抜けたりと少しでも足止めしようと必死に足掻く。
「もういいじゃないですか、そろそろ腹を括ってください。」
「だめ…駄目なんです!!」
こっちは必死で走ってるというのに、彼は全く息を切らすことなく飄々と追いかけて来る。本気を出せばすぐ捕まえることも出来るのでは、と考えを巡らせてると、曲がり角から一匹の猫が顔を出した。
「わ…!?」
反射的に避けようとした為、不覚にも体がよろけてしまった。後ろに落ちる様な形で倒れる。
「…………!!」
だが何時まで経っても痛みが襲ってこない。閉じた目をそっと開けば覗き込む彼の顔が。同時に捕まえた、と。
「あ…。」
「これは別に策の内でも何でもないですよ。さぁ、観念しろ。」
今までにないくらいの笑みを浮かべ、離さまいとがっちり抱き締められる。
苦しいと言えど彼は聞く耳持たず。仕方無く諦め、今までこめていた全身の力を抜く。
「いつもこうして話の最中に逃げるのには、何かしら別の理由があるんでしょう。」
「……。」
「返答次第では怒りはしない、言ってみてくださいよ。俺が嫌だとか、そういう理由があるならはっきりと。
こうやって逃げてるだけでは分からない。」
違う、彼は悪くない。
「……そうではないんです。法正様が悪いのではなく…自分の問題で。
…私なんかでいいんですか。なんの取り柄もない凡人ですよ。」
「……。(そんな事で今まで逃げていたのか)
それでも俺が選んだ、問題あるか。」
黙って俯くも、どうやら思っていることがすぐ顔に現れるらしい。
「そうはいってもやはり嬉しいんじゃないですか?」
言い返そうと口を開こうとする。
が、何を言っても無駄だろう。
「……嬉しいですけど、その…法正様が後悔なさらないかと、時々不安になるんです。
生涯共にする人が、こんな私でいいのかと…。」
呆れた様に法正は大きく溜息を零す。
「何度も言いますが、俺はななし以外考えられないんですよ?
そうやって自分を卑下する事は、本当に悪い癖だ。
「…。」
「貴女には良い所が沢山ある、悪党の俺が言うんだから間違いはないでしょうね。
だから、もっと自分に自信を持て。
俺が思うに貴女は、言う程駄目な人間ではないのだから。」
その言葉で自分ははっとした。
私は本当に必要とされているのだと。
言えずに心に秘めていた想い、今なら。
「…そこまで思ってくださり、心底幸福だと感じます。願わくば私も、貴方の側にいたい。
法正様…不束者ですが生涯付いて行く事、どうかお許しください。」
「不束者…か、やはりその癖、直るのには時間がかかりそうだな。」
苦笑しながらも、腕により一層力を込めてるのが分かった。
周りの人も長きに渡る鬼ごっこに終止符を打たれた事で、大いに喜びを感じた。
(それで、俺に何か言う事はありませんか?)
(えっと、法正様…好き、です…。)
(もっと大きな声で言ってくれませんか。)
(む、無理です…!)