誰が持ってきたのか、いつも朝方に綺麗な花が縁側に添えられていた。
最初は子供の悪戯かと思った、しかし、子供が寝静まっている時間である為別の人がやっていると確信した。

私はその花を枯らさないように毎日水を変えて眺めるのが日課になった。今日は白い花、名前は分からないが美しい。

「…………。」

親の言いつけで外に出る事が滅多に出来なくなっていた私は、与えられた部屋で日々同じ景色を眺める事の繰り返しだった。季節が変わる事に感情も嬉しくなったり悲しくなったり。
とはいえ話す友達もいない訳だから最早言葉すら忘れそうだ。声を出すとしても女中を呼ぶ時位なわけで。

「…………。」

一枚の花弁が落ちると同時に、己の瞼もそっと閉じられる。独りが寂しい、このまま自分も花の様に儚く枯れてゆくのだろうか。
せめて消える前に、この花をくれる人の顔を見てみたい。おかしな話だけれども、私と友達になってほしい。








「……………。」

珍しく重たい瞼がすんなりと開いた、特にどうという訳でなく。しかし喉が酷く乾いていたので、ふらつく身体を起こして手探りに厨房へ向かった。

「…………あ。」

空は少しばかり白んで、夜明けを迎えようとしていた。

普段見ない光景に心を奪われ、暫く心地良い風を身体に感じて目を閉じた。
そして遠くの空を見仰げば視界にいる筈の無い人影が映る。

「…………だ、れ?」

言葉を出せば思ったより掠れた声が出てしまった。はっと口を押さえて恐る恐る反応を待つ。
その人影はゆらりと揺れて、しっかりと人の形を現した。
少しばかり鋭い目に緑色の服装、丸い首飾り、左手は手ぶらで右手には、赤い花。

「どうも、こんばんは。」

「…………。」

声を掛けてきたのは全く面識のない男性、明らかに不審な人物だが不思議と忌避出来なかった。嫌なら叫んで命からがら逃げ出す事だって出来ただろうに。
黙っていれば男は静かに笑って縁側に花を置いた。
その場所に置くのはただ一人しかいない筈、まさかこの人が毎日花を添えているのだろうか。

「あの…………花、もしかして。」

「………ああ、勝手にすみません、知られてしまった以上これで最後にしますから。」

それを知って何故か無性に嬉しさが込み上がった。

「いえ………むしろ、会いたかった……です。」

男は僅かに目を開いた。そして花の隣に座り込んで立ち尽くす私を見上げる。

「普通嫌でしょう、見知らぬ男がこんな事していたら。」

違う、首をゆっくり横に振った。

「その花は導いてくれた。私……独りで寂しかったから、毎日置かれる花に水をやって眺めているのが楽しみだったんです。」

「…………。」

「ずっと誰だろうって思っていて……会いたい、そしたら貴方に出会えて。
…今までのは押し花にして全部大切に取ってあります。」

笑って隣に座り、彼の顔をじっと見つめる。それに気付いた男は怪訝そうに見合わせた。

「………不思議な方だ。」

「そんな、貴方もです……。」


だって、どうして私なんかに花をくれるの?
そう言いたかったのに気怠い身体は思っていたより持たなく、意識が朦朧として声を出すのも辛い程に。
それでも気丈に振る舞おうと手をぎゅっと握りしめた。

「俺に何か、言いたい事でも。」

とても優しい目をして言うものだから。

「………あの、もし良ければ…私と……。」


友だちになってほしい、と。


理由より先に言いたかった、ずっと望んでいた言葉を選んだ。

しかしそれも虚しく途端に昇ってきた日差しに遮られてしまう。光に慣れない目はちかちかと点滅を繰り返して視界はあっという間に真っ白になった。

駄目、この視界が開けた時にはもう彼は。
私は必死に手を伸ばして愛しき姿を探った、直ぐ側にいたのに遠くに行ってしまうようで。
そしてふらふらと覚束ない身体は抱かれる事なく崩れて倒れしまう。

「ななし。」

知る筈もない名を呼ばれ手に温もりを感じた。
求めていた感覚はすぐに無くなり、代わりに握らされた何かと彼の優しく囁く声で意識は完全に閉ざされた。












「……………。」

そっと瞼を開けると日はすっかり昇り、爽やかな風で長い髪は靡いていた。
手に握られていたのは彼が置いていった一輪の赤い花。

目の前にはもう彼の姿はなかった。
それでも決して寂しくはなく、

「…………嬉しいです、法正様。」

まだ美しく咲き誇る花を愛おしそうに抱いた。




(また、会える)

(その時は、外の世界を一緒に)