「今日で三十八日目だ。」
「………あの、そろそろ私なんかよりも素敵な人探した方がいいですよ。」
三十八日という数字、それは法正がななしの所に来てからの日数である。正確には告白しに来る、が正しい。
ここまで懲りずに来るものだから、相当諦めない気持ちが強いのだと実感する。しかしななしは困惑していた、自分の様な平凡な女の為に劉備の参謀である法正が大半の時間を取っている事を。
「俺は何度でも訪れますよ、貴女が折れるまで。」
「………困りました。」
隣に座る彼は悪びれる様子は無く不敵に笑い、彼女の髪をそっと掬う。それを擽ったそうに、しかし決して嫌な顔をすることなく縮こまった。
「そういう仕草、可愛らしくていいですね。」
普段悪党と呼ばれている男とは思えない程の甘い言葉、いけない、それに乗ってしまったらつい甘えてしまいそうになる。
「可愛く……ないです。それに…後何日来るんですか。仕事、沢山あるんでしょうに、私なんかに構っている時間なんて無い筈……。」
「だから、貴女が振り向いてくれるまで、ですよ。仕事は仕事、恋は恋……全く別物です。」
そういって五十二日、七十九日、月日が流れていく。ある時は突然後ろから抱き締めてきたり、ある時は部屋に上がり込んだり。端から見れば完全に二人は恋仲に見えるだろう。否、付き纏い、と行った方が正確だろうが。
しかし、そうしていく内にいつの間にか自分の中で彼の存在が大きくなっていた。
「……………私、だんだん彼に……。」
法正に会う度、触れられる度に胸が締め付けられ、どうしようもなく苦しくなっていく。また明日も会いに来る、それを期待している自分がいる事に複雑な気持ちを宿した。
しかし今日、いつもやって来る時間に彼は現れなかった。これだけ毎日会っていれば流石に飽きてしまったのだろう。そう思ったら少しだけ悲しい気持ちになった、あれだけ拒んでいたのに。
庭で一人咲き誇る花を静かに眺める。ゆらりと優しく風に撫でられ、一時の平和な日常をこの身で感じ取る。
「………今日で、何日目…でしょうか。」
それだけ長い時間法正と触れ合ってきた、というより触れてきたのだ。特に何か恩を売ったわけでもないのに、どうしてここまで執着するのか。
「………会いたい、です。」
かつて思う事も口にした事も無い、彼に願うよう、聞こえない位に呟いた。
あっという間に夜も更け、ゆっくり床に就く。結局今日は一度も会う事が叶わなかった。寝返りを打つ度に馳せる想い、目が冴えて眠りは迎えに来ない。
寝ようとすればする程に頭を埋め尽くしていく面影、酷く頭を悩ませた。
「………………ん。」
静寂な部屋の外で、微かな音を聞き取る。とんとん、と何かを叩く音、最初は風の音だとさほど気にしなかったが次第に違和感を感じる。気になって扉を少し開ければ人の影が揺らいだ。
「あ………。」
暗い中に見慣れた衣装、そこには法正が座っていた。
「数えて今日で百日目、今宵は待っていた分、貴女をたっぷりと楽しませたいのですが。」
「…………いつも来る時間に来なかったので、気になっていました。」
「ああ、少し用があって、すみません。」
まるでななしが彼を待っていたかの口ぶり、それでも嫌な気分はしなかった。寧ろ嬉しい、そんな不思議な感情さえ芽生える。
法正はこちらに向き直り、そっと彼女の手を取った。
「それでも懲りずに来るのは、本当に貴女を好いているから、だ。」
「………………私の様な何の取り柄のない人間といても、辛いだけですよ。」
「辛かったらとっくに姿を消していますよ。それに、逢瀬を重ねていく度に貴女の笑顔が多くなった。
……自分でも気づいているんじゃないんですか、本当の気持ちに。少なくとも俺はそう感じます。」
そう言われて初対面の一日目を思い返した。開口一番彼は想定もしなかった台詞を私に告げた記憶がある。勿論、彼の事を知る由もなく、思いを断ったのだが。
今となっては頭を撫でるこの手が心地よい、誰かにこんな風にされた事も、愛された事もないななしはそれを黙って受け入れた。
次第に近付く距離、無意識に潤んだ双方の目に映るは惹かれていった男の逞しい姿。
「………法正、さん。」
「はい。」
法正の頬に手をそっと翳してその唇に触れる。初めて自分から施した、そんな口付けはかつてない程胸が高鳴り、愛という感情を狂おしく巡らせた。
法正はそれに応える様に深く口を塞いで溶かすように舌を絡ませる。息が出来ない程に空気を遮断し、互いの温かい息を口内で交わす。
どちらかともなく離れれば、いつになく優しい表情を向けた。
「会えば会う程……隠した思いは募っていくばかり……。貴方が傍にいない日々を考えるだけで……こんなにも胸が痛いんです…。」
「…………。」
「………愛しても、いいんですか……私は……。」
迷いを断ち切らせる為、愛を受け入れる為に法正は再び口付ける。自分だけしか見えないように視界を塞ぎ、自分だけの声しか聞こえないように耳を塞いだ。
細い身体は小さく跳ねて、服を握る手に力が加わる。甘い吐息が顔に柔く掛かり、とろんと目を座らせた。
「悪党な俺をここまでさせた貴女だ……愛してくれないのであれば毎夜報いに参りますよ……。」
「………はい……法正さんになら幾らでも報いられます。」
「ああ、いい覚悟だ……だからこそななしが愛おしい。」
ななしは嬉しそうに微笑んで彼の胸元に身体を預ける。
こうして出会って百日目の夜、彼女は本当の笑顔と気持ちを捧げた。
(幾つ年月を重ねようとも、俺は貴女を)