「パーティ、ですか。」
法正の口から出た言葉に思わずケーキを食べる手を止めたななし。会社のお偉い方が毎年主催するパーティに招かれた法正は、今回も面倒という理由で断るわけにも行かずに承諾したらしい。
「それで、貴女にも出ていただきたいんです。勿論、ダンスもありますが。」
「ええ、私がですか…?そういうの初めてだから、どうしていいものか。」
ぐるりとスプーンで紅茶をかき混ぜて迷いの目を法正に向ける。
「それに、ダンスなんて踊れませんし……。」
「別に踊れなくていいんですよ、その時は俺がエスコートしますし。とりあえず側から離れずに笑っていて下さい。」
「わ、笑っていればいいんですか。」
「非常に面倒だが……会社の名があるからな、劉備社長に迷惑をかけるわけにもいかない。それに俺一人だと心細いですし、ね。」
作為的に放たれた後半の台詞を聞き流す事など出来無いななしは、少しばかり間を置いてから分かりましたと頷いた。
「想像していたよりずっと、豪華すぎます……。」
舞踏会で踊るはきらびやかなる紳士淑女達。その場にいた法正もまた黒いタキシードを着こなし、隣でぎこちなく笑うななしと二人で並んで歩く。ななしは海の様に青いドレスに身を包み、慣れないヒールで躓かないように法正に合わせた。
「………もう駄目です。」
「まだ来たばかりでしょう……もう暫く我慢だ。」
「皆さん、綺麗すぎて私が惨めに見えてきます。」
気まずい気分で歩いていると向こうから中年の男性が声を掛けてきた。法正は笑みを作って頭を深々と下げれば、彼女も少し遅れて頭を下げた。行為からするとこのパーティの主催者という事が何となく想像ついた。
「本日は素晴らしいパーティにお招き頂きありがとうございます。」
「いや、君が来てくれて本当に嬉しいよ。ところで、そちらの綺麗な女性は奥様ですかな?」
突然話をこちらに向けられ、思わず顔を上げて頬を赤くしてしまう。とりあえず笑っていればいいと言われたが、返事を返していいかどうか。だが何も言わなければそれは失礼に値する。
「ええ、そうです。籍はまだ入れていませんが、近い内に。」
躊躇っていると瞬時にそれをフォローする彼、自分に視線を持って行かせる様に話を始めた。
「おお、そうなのか。ではその時は是非招待してくれ。」
その男は終始機嫌良く、上手く話をつけて不自然にならない様その場から抜け出した。強張った身体から一気に力が抜けて崩れそうになる。
「………緊張した……。」
「大丈夫か。」
ふと腰を支えられ身体がビクリと反応してしまった。見えない所からの彼なりのサポートなのだろうが、再び緊張してしまい上手く合わせられない。
「急にお偉いさんが来るんだもの、法正さんって結構信頼されているんですね。」
「それは褒め言葉と受け止めていいのか。」
腰をやんわり擦られ身体が震えた。これ以上は何も言わない方がいい、そう勘が働いて口を閉ざして作り笑いをした。
しかし、何処を歩いても彼へと注がれる熱い視線は止まない。全て女性からなのだが女の自分でもうっとりしてしまう程の美人ばかり、自信喪失してしまう。
いっそ離れて気分を楽にしたいのだが、触れられる手がそれを許してはくれない。少し離れるだけで引き寄せられて密着してしまう。
するとどうだろうか、嫉妬らしき目がこちらに向けられるのだ。
「法正さん……お手洗い行きたいんですが。」
「……すぐに戻れ、分かったな。」
はい、と頷いてフォローする手から離れる。化粧室へ行き、鏡と向かい合わせに大きく溜息を溢した。息苦しい世界から離れる事が出来たのが少しだけ嬉しい。
「明らかに釣り合っていないなぁ。」
見慣れぬ化粧や髪型、普段とは違う華やかな自分の姿だが、やはり元より気品溢れた女性達には勝らない。彼の隣にいる事で、何処か迷惑をかけてしまっている気がしてならないのだ。
「いずれ戻らなければいけないにしても、もう少し引き攣った笑顔どうにかしないと……。」
自分でも分かる、頬の筋肉が若干ながら痙攣しているのが。何となく指で解してパチンと軽く叩き、一つ深呼吸をして外に出た。
「まもなく、社交ダンスの……」
どうやら次の社交ダンスが始まるらしい。飲み物を貰って呑気に飲んでいると不意に手を引かれる。
「ほら、行きますよ。」
その正体は待っていた法正で、一瞬胸が高鳴ってしまった。何時しかはめられた黒い手袋で招かれ、いつもより格好良く見えるのは気のせいではない。
「…………。」
「大丈夫だ、俺に合わせろ。」
音楽が鳴れば一斉に始まる軽やかなステップ、ななしもそれに付いていこうと動きを合わせる。くるりと回れば長い髪も靡き、ドレスもふわりと舞い上がった。
ななしにとっては目まぐるしく、思わず躓きそうになるが、彼が腰を強く抱いてくれる為何とか踏ん張れた。そうしていく内に気持ちはダンスの世界に溶け込んでゆく。
「………変じゃないですか?」
「ああ、凄く綺麗ですよ。」
それは彼女に向けてなのかダンスに向けてなのか。どちらにせよ赤面する台詞に違いない、ふと目を逸らしてしまう。
「何をそんなに恥ずかしがる……。」
「何でも無いです……!」
態とらしく笑う彼、それが一層彼女を困らせる。
「どうせならキスでもしてあげましょうか、恥ずかしさなんて吹き飛ぶ位の。」
「な、な………!」
くるりと回れば瞬時に強く抱かれ、耳元で低く囁かれる。そんな冗談の所為で大きく身体が揺らいだ、公でされた時には羞恥に押し潰されて死んでしまうだろう。
鋭い目には変わらないが、何処か優しい色をしていて、ななしは安心して身を委ねて踊ることが出来た。
「…………ダンスって、こんなに辛いんですね………。」
音楽が鳴り止んで会場の端に行けば、疲労がどっと襲いかかかる。安心していたとはいえ足を何度捻りかけた事か、彼がエスコートしていなければ確実に恥をかいたに違いない。
隣を見れば平然とワインを嗜む法正。あれだけカバーしておきながら慣れた顔をしている。
「………そうとなると、これを相手にしていたのって、私だけじゃありませんよね……。」
「……まぁ、仕事上仕方なく女性と踊る事は度々ありましたが、恋人として踊ったのは貴女が初めてですよ。」
「……!」
予期せぬ言葉に詰まってしまった。
「法正さんの事ですから、てっきり前から恋人と踊っていたものだと思いました。」
「残念、俺は特別な人としか楽しく踊りませんし、誘いません。」
そんな卑怯な台詞に顔を真っ赤にしてしまう。隠し切れない喜びに心が波打ち、それを誤魔化すように慣れないワインを飲み干した。
「ん、外の空気が新鮮に感じる。」
パーティも終盤、後はそれぞれが自由に過ごす時間となっていた。外に出れば大きな噴水が目に入る。夜の為か、内部はライトが点けられて湧き上がる水の光が色とりどりに輝いていた。
「でも楽しかったです、こういう行事なかなか参加しませんから。」
「それは良かった。」
噴水の側のベンチに座り、星が瞬く空を目を細めて眺める。
「……後…さっきの言葉、嬉しかったですよ。」
「………特別な人としか踊らない、その事ですか。」
「はい、貴方の特別になれた事が嬉しくて。」
窮屈なヒールを半端に脱いで足をぶらり休めていると、何やら頬に温かみを感じた。それは彼の大きな手で、そのまま滑らせて首をなぞる。
「法正、さん?」
「こっち向いてくれますか。」
言われた通りに振り向けば重なる唇。突然の事に身体が石の様に強張るが、ほろ甘い口付けにあっという間に解れて彼のなすがまま流れていく。
「ん……………。」
唇から伝わる熱が気持ちを高ぶらせ、どうにも愛おしくて仕方無い。もっと触れたい、と求れば次第に深くなっていく。
「……愛している、ななし。」
嬉しいはずなのに頭が逆上せて物事が考えられない、すると態とリップ音を立てて
「返事がなければここで襲いますよ……?」
悪戯にドレスに手をかけ太腿が少し晒された所で漸く我に返る。
「わ、私も………!……愛しています、法正さん。」
間から漏れる甘い息、それすら逃すのも惜しく再び長い口付けを施した。
(ここだと人も少ないですし、どうです?)
(駄目に決まってます)