やきもち

「んー………。」

眠い、とにかく眠い、これは完全に寝不足だ。そして腰も痛い、声も掠れてイガイガする。
これらの原因は全て彼にある。お陰で大学に行くのが辛いが、課題の締切が近いので意地でも行かねばならない。

「うん…………?」

何かがのしかかった様に重い、そして視界がやけに暗い。もう朝を迎えているはずなのだが、これもまた彼に原因があるのだろう。

「んん……孝直さん………離して下さい。」

「………嫌、と言ったら。」

地に這うような低い声を間近に聴くと、
心地よく鼓膜に響く。直に触れる肌もやけに熱を帯びていて、つい眠りに誘われてしまいそうになる。いけない、この誘いに乗ったら彼に間違いなく襲われる。

「駄目……起きないと、学校が……。」

彼だって会社は通常出勤だろうに、まさか休む気でいるのだろうか。そうとなると実に珍しい、普段どんなに激しくとも休む事は一切なかった。
身体を起こそうともがけば締め付ける力が増していく。ギリギリと締め付ける腕に思わず嗚咽しそうになった。

「………苦し……。」

「ななし………。」

色っぽい声で名を呼ぶ所為で、心臓の鼓動が無意識に波を打つ。彼の声が好き故に、もっと呼ばれたいだなんていう煩悩に苛まれてしまう。

と、ななしの携帯のメロディが短く鳴り響く。誰かが某通話アプリでメッセージを寄越したようだ。しかしそれを不機嫌そうに彼が取り、アプリを開いた。

「………………。」

法正はそのメッセージを勝手に返信してベッドの向こう側へ放り投げてしまう。

「………誰、でした?」

「俺が、気に入らない人ですよ。」

法正が気に入らないという人間は大体想像がつく。大学で知り合った男友達位しかいないのだ。女友達は何も気にしないのだが、こればかりは許さないらしい。

これはやきもちという部類に入るのだろうか、そうであれば何だか可愛い、本人に言ったら絶対に怒るだろうが。

「なんて来たんですか……?」

「今からななしの家に寄りたいんだが、行ってもいいか。」

ああそうだった、とななしは思い出す。課題についてどうしても聞きたい事があるらしく、朝から一緒に大学行きたいと昨夜メッセージで散々頼まれた。しかし許可してしまうと法正がどんな顔をするか、それが分かっていたので断ったのだが。

「………返事は。」

「来るなら来いと打った。」

まさかあの法正が許可するなんて、ななしは呆気にとられてしまった。すると再びメロディが鳴り、気怠そうに掴む法正。

"……ななしってそんな言葉使ってたっけ?"

"来れば分かる"

"………?あ、もう家の前だよ"


「…………もう、来るみたいですよ。」

そう言って電源を切り、法正は身体を起こす。何も纏っていない引き締まった身体は会社の服装に早変わり。ななしも続いてベッドから降りると渡されるいつもの服、もそもそ着替えれば鳴るインターホン。

「あ、私が出る。」

慌てて裸足で廊下を走り鍵を開けようとする、その瞬間。



「……………っ。」

身体が一回転して扉に背中が当たり、手首は自由を奪われた。瞬きを一回すれば視界を埋め尽くす彼の顔、唇が重なった。

「んっ……!?」

いきなりの事で十分に息が足りず顔を逸そうとするが、逃さまいと貪り噛み付く様な口付け。酸素が足りずに目に涙を溜める。
後ろからは男の呼ぶ声が何度も聞こえた。それでも開ける事が許されない。

「孝……っ、直……さ…。」

「は、どうしても扉を開けたければ押し返したらどうです……。」

開けたらこんな状況を見られてしまう。どうすることも出来ずに躊躇っているとするりとスカートの中に侵入してくる骨張った手。

「待っ……んっ!!」

「ああ、そんな大きな声出したら扉越しに聞こえてしまいますよ……?」

しー、と口の前に人差し指を立てて弧を描いた。インターホンが再び鳴り響くが、お構いなしに這う指は焦らす様に下着の紐をぴんと弾く。声を抑え嫌々と首を振るが、そんな顔をされても彼を煽るだけで全くの逆効果だ。

「あ、………っ!」

「相手に聞こえてると思うだけで感じるのか?それはまた随分と……厭らしい。」

下腹部を這っていた手が離れて今度は服を捲り上げられる。胸の下着をずらされると二つの膨らみが見え隠れした。目を細めて穴が開く程に見つめれば、昨夜付けた赤い華一つ一つが強調して咲き誇っている。

「どうせなら鍵、開けてみますか。」

カチャリ、とゆっくり解錠する音が耳に響く。あと一作業すれば安易に開かれるであろうその扉。向こう側には待ち続ける友人の姿、こんな姿を見られたら。

「……っ……。」

「さて……どうする。」

分かっていて態とらしく聞く法正の姿が正に鬼畜だとななしは思った。それでも抵抗が出来ず必死に見つめる事しか出来無い。すると扉の取っ手に手を掛けた。

「…………駄目……っ!」

咄嗟に目を閉じれば、予め繋けていた短いドアチェーンが真っ直ぐ伸び、その引っ掛かる勢いでドアが大きく振動した。

「ななし……大丈夫か?」

同じく驚いた男が声を掛けるが、気に食わない法正は眉間に影を落とした。

「おい。」

「…えっと……あれ、どちら様で……。」

隙間から覗かせる射抜く様な鋭い目に思わず怯んで辺りを見回す。しかしそこに書かれているのは紛れもなくななしの苗字。家は間違っていない筈なのだが。

「ここ、ななしの家ですよね……貴方は……。」

「ななしと同居している者だが。」

「あ、えっと……ななしはいますか、一緒に大学に行く約束をしてて……。」

男から見えない死角で息を殺すななし。法正はそんな彼女の濡れた唇に指を当てて優しくなぞる。

「ああ、来てもらって悪いんですが……彼女は今体調が優れないので、また今度、にしてもらえますか。」

「でも、さっきメッセージ送って彼女は大丈夫だって………。」

意地でも引き下がらない彼は次の言葉を出そうと口を開けるが、痺れを切らした法正は目を尖らせて一層険しくさせる。これ以上何か言えば命の危機になる、と彼の中で無意識に警鐘を打ち鳴らした。

「わ、分かりました……また次に……。」

逃げる様に立ち去っていくのを横目に、黙り込むななしを真っ直ぐ見つめた。少しばかり怯えて肩が震えている。

「最初に送られたメッセージ、教えてやる。」

電源をつけて先程のやりとりを見せる。するとあの男からのメッセージに目を見開かざるを得なかった。

「えっと……実を言うと昨日の課題話は本題じゃない、直接君に伝えたい事があるんだ……家に行っても、いいかな……。それって、まさか。」

「そのまさかだ。」

はぁ、と大きく溜息を吐いてリビングに向かう。それを何も言わずななしは呆然と後ろ姿を見つめるが、我に返ると追い掛け思い切り抱き着いた。

「………私が好きなのはただ一人、貴方だけですから。」

「ああ、知っている。」

敢えて呼んで自分という存在を相手に知らしめる、やっぱり彼らしくて可愛い。そんな気持ちを読み取ったのか、顰めた顔でななしの唇に再び甘く噛み付いた。



(やきもちですね)

(ええ、そうかもしれませんね)