貴女への狂気

己の意思、理性、手加減が無くなる程に人を愛してしまう事は、罪なのだろうか。





「ふふ、徐庶さん面白い。」

「え、そうかい……?何だか、照れくさいなぁ。」

ななしは微笑んで徐庶と並んで歩く。久々の暇に何もなく微睡んでいたのだが、彼が町に行こうと声を掛けてくれたので喜んで承諾し今に至る。風に乗って運ばれる料理の匂いや連なるきらびやかな簪、どれもうっかり誘われてしまいそうになった。そんな姿に気付いたのか、彼は口元を緩ませた。

「ななし、何か欲しい物はあるかい。」

「え……そんな、いいですよ!私なんかには……。」

そんな戸惑いを見せる彼女に徐庶は思わず笑みがこぼれてしまう。するとある店を見つけては咄嗟にななしの手を取った。

「徐庶さん?」

「君に似合いそうな飾りだな……。」

小さな青い石が幾つも施された髪飾り、それを彼女の髪に留めてみる。彼の手が髪に触れるたびに擽ったそうに目を逸らした。

「うん、思っていた通り綺麗だ。」

髪飾りかななしか、どっちとも取れる台詞に何も答えず恥ずかしそうに口を噤んだ。

「私には勿体無いですよ、もっと他の女の人なら……。」

「君じゃなきゃ……俺は嫌だ。」

「え………。」

不意に頬を滑らせる徐庶の手、その温もりに胸を高鳴らせるが、それを懸命に抑える。彼は唯の友人なのだからと、さり気なく遠ざける様に笑って誤魔化した。

「…ふふ…また冗談を。」

「冗談なんかじゃ………!」

その瞬間、背中が凍る様な気配を感じ、ななしははっと後ろを振り向く。しかし、そこに見えるのは賑わう人々の姿。

「ななし……?」

「え…………あ、ううん……何でも無いです。」

その気配を知るのは帰ってからだとは知らずに。











「ふぅ、そろそろ夕餉かな。」

日もすっかり沈み、薄く暗闇が広がっていく。暫くそんな空を見ていると、再び背中に寒気が走った。今度は震え上がる程の恐怖が迫っている。

「…………。」

「法正、さん?」

後ろを振り返れば今度は知っている男の姿、それはななしにとって誰よりも愛おしい人。の筈なのだが、何処か様子がおかしい。目はいつもより一層険しく、怒りを酷く押し込めた表情で見下ろしていた。

「今日は何処に行っていたんですか。」

「あ……今日は、その……。」

あまりの事に狼狽えていると、床が割れんばかりに靴音を一度鳴らした。それに驚いて思わず尻込みしてしまう。

「………っ!」

「ななし………。」

光を失った瞳は深い闇の様に恐ろしく、弁解しようにも声帯の機能が上手く働かない。否、何も言わせない様に彼は威圧しているのだ。

「あ………の………。」

「その口で、何が、言いたい。」



ああそうだった、彼は……。








腕を思い切り引っ張られ暗い彼の部屋に突き飛ばされる。そこに待ち受けていたのは薄い寝床。それが何を示しているのかは安易に想像できた。

「痛っ………!」

「何が、痛いんですか。何処が…。」

起き上がる間もなく法正は強く押し倒して腰の部分に跨がる。必死に足掻くが両腕を頭の上で押さえつけられ完全に身動きが取れなくなる。そして連結布で縛られ、自由になった彼の手は服へと伸びた。

「駄目……っ!お願いですから最後まで話を聞いて下さ……!」

「嫌だ。」

衣服の繊維が切り裂かれる音が歪に耳を劈く。そうして露わになる胸を鷲掴んで荒く歪ませた。

「いっ………!!」

いつもより激しい扱いに恐怖が押し寄せ涙が溢れていく。どうすれば彼は理解してくれるのだろう、そんな手段を考える余裕も無い程に痛みが増していった。
目を閉じ声を押し殺し、終わる事無い痛みに耐えていれば、ふと下に違和感を感じる。

「………嫌ぁっ!」

指で慣れさせず彼は直にそれを押し込んだのだ。当然潤っていない中は摩擦で激痛が走る。

「あっ……ん……あぁあっ!!」

「きつい、緩めろ……。」

そうは言うが、突然の侵入を拒んで当然である。それでもぎちぎちと肉壁を押し広げて奥へ侵入してくる熱は今にも放たれそうだ。

「だ、め……っ、……はっ………苦し……!」

「苦しいのは俺の方ですよ………どうして奴といる時はそんなにも眩しい…。」

必死に堪える中、揺らぎ霞む視界に彼を映せばいつになく哀しそうな表情。その疑問を本気で向けている。苦痛に息が詰まりそうになりながらも声を振り絞った。

「奴って………徐庶、さんの…こ、と……ですか………?それは勘違いで……彼は、ただの友人です……!」

「友人……ああ、成程……だが貴女はそうだとしても、徐庶は違うだろうな。」

ななしを友人としてではなく愛する女として見ている、と彼は吐き捨てる様に放った。まさか、彼は本当に自分を好いているのか。ななしは何も考えられなくなっていた。友人として過ごしていく中で、確かにそれを思わせる様な台詞もいくつかあったが、それは彼なりの冗談と優しさ。そう思っていたのだが。

しかし法正はそれを確かな愛と受け止め、酷く嫉妬した。ななしが彼に見せないという別の笑顔、唯でさえ何一つ渡したくないというのに、声も身体も魂も。

軍師として、己の任務をまともに全う出来ないのはこの狂った愛故に。
いっそこの空間に閉じ込めて自分だけしか見えないようにしてしまいたい。だが、そうすれば彼女の心は一層離れてあの男の元へと行ってしまうだろう。

ああ、どうすればこの我儘を満たせるのだ、俺は。我に返った法正は皮肉に、泣きそうに笑った。

「………正……さん。」

そんな中でか細く愛しい声が塞いだ鼓膜に響く。何度も、何度も、その名前は呼ばれる。無理やり組み敷いて犯したというのに、それでも彼女は優しく。
途端に罪悪感に襲われ、唇を血が滲まんばかりに噛み締めた。

「………嫌うのであれば、徹底的に嫌って構いません。こんな惨めな姿、貴女もうんざりでしょう。」

腰を退こうとする身体に、未だ縛られ震える手が触れた。

「私が、貴方を苦しませていたのであれば……その苦しみを、受け入れます……愛する人のそんな顔……見たくない……。」

「……貴女の所為ではありません。俺の狂った嫉妬に付き合わずとも、徐庶の所へ行ってしまえばいい。奴ならこんな痛みなんて与えないでしょう。」

嘘だ、そんな事すれば俺は何もかも吹っ切れて殺してしまいそうだ。

「嫌です……!私は彼じゃなくて、貴方が……法正さんが……!」






「こうして縛り付ける恐怖で生まれた愛ならいっそ死ぬ程嫌え!」


我ながら生まれて初めてかもしれない。こんなに腹の底から叫んだ事は。

「……………。」

ああ、泣かせた。何度目だ、こんな行為。愛せと言ったり嫌えと言ったり、話が支離滅裂で滅茶苦茶だ。

「……はっ、人を愛するのがこんなにも面倒だったとは。まぁ、愛なぞこの悪党に端から似つかわしくないか。」

ふぅ、と一息吐いて目を閉じる。未だ中にある己を抜こうとした瞬間。

「…………!」

両手で胸倉を掴む形で彼女に上半身を引き寄せられ、乾いた唇に潤う唇が重なった。あまりの不意打ちに顔を歪ませるが、それ以上に間近に迫るななしの顔は泣いた所為で真っ赤になり、酷くくしゃくしゃになっていた。それでも尚離さず、舌を入れ深く求めていく。

「ん…………っ………。」

「何の、真似……だ。」

「恐怖で生まれた愛なんて、ない………嫌いになんかなれない……っ……ずっと、心から愛してしまってるのだから……!」

悲痛の叫びは心を穿つ。

「嫉妬が醜い事だなんて思いません……それだけ、私を大切に思ってくれてる……凄く、嬉しいですよ。だから、この痛みは愛する故の証……おかしいかもしれませんが。」

それでも構わない、と。ああ、本当に滑稽だろう。




「…………これだから、貴女という方は………。」

言いかけた唇を彼女は塞いで受け止める。言葉はもういらない、唯愛して欲しい、そう訴える。
ななしの手を解いて首に回すと後頭部に手を置き、離れないように固定した。細い指の隙間に法正の短い髪が幾度も絡む。

「ん……ぅ…っ……。」

「ななし………。」

先とは違い濃厚な口付け、唾液を絡ませてぐちゅぐちゅと掻き回せば次第に目も潤んで艶かしい表情を現す。更に胸の頂を摘んで柔く解せば塞ぐ口の隙間から甘ったるい嬌声を漏らした。

「あ……っ、んん………っ。」

「気持ちが良いか。」

こくこくと頷くと、感じるのか彼女の中が一気に引き締まる。それが予想外にも苦しく法正も思わず呻きを漏らした。

「………は………それでもまだ、濡れていないな……。」

無理矢理挿れた為に中々濡れない、気持ちを高ぶらせる為に角度を変えて口付けを施し、腰に手を這わせて行く。

「………っ。」

少しばかり揺らして小突いていくと次第に中の滑りが良くなる。そろそろ頃合いか、法正は出し挿れを繰り返して一気に突き上げる。すると四肢が反り跳ねて一際高い声を上げた。

「っあ……んぅ…ぁあ!」

奥へ直にぶつかる位に深く突き刺せば、快感に溺れてがくがくと脚が震え出す。身体が動く度に揺れる膨らみ、それに唇を当てて強く吸い、赤い跡を残していく。身を捩らせて腰が退く度に逃さまいと右脚を肩に乗せて攻め立てた。

「厭らしい姿が丸見えですよ……さて、どんな気分だ?」

「あっ……や、だ…いっちゃ…っ!!」

「ああ、俺の声が聞こえない位に良いのか。なら何度でも逝ってしまえば良い……。」

絶頂に達すると視界は星が瞬いてびりびりと脳に電撃が走る。何とも言えない快感に浸り法正の腕に爪痕をつけた。

「あ………あぁ………好き…好きです………法正さん………。」

逝ったばかりだというのに未だ冷めやらぬ熱。それはまるで媚薬に侵された姿、ますます理性が切れて欲情に駆られる。
そんなとろんとした顔で見つめられるとこちらの調子が狂いそうだ。後ろを向かせて壁に手を付かせ、そしてそのまま勢い良く下から突き上げた。

「いやぁああ!!それっ、だめぇ………っ!!」

「後ろから犯される気分はどうだ……っ、さぞや複雑な気持ちだろう……。」

踏ん張っていた身体がずるずると下がり、四つん這いになる形となる。遂には床に肘を付いて尻が上がると思い切り掴んで律動を繰り返した。

「………あぁ……んっ………!!また、きて………るっ……ぁあっ!」

ぶつかる度に水音が響き渡り、押し寄せる快楽を味わう身体は壊れる程苦しそうに藻掻く。そして甲高い声を上げて二度目の絶頂を迎えた。

「…………ぐ、………っ。」

ぎゅっと絞る様に締められ、それには法正も堪らず精を吐き出した。呼吸すら忘れていた肺へと空気を送り、子宮に流れる液の運搬を静かに目を閉じて待った。

「………脈打って……中がじりじり熱い……。」

入りきらなかった精はななしの液と混じってぼたぼたと落ちる。床へと広がる白濁が寝床にじんわりと染みていった。

「いいのか……後悔はしないのか。」

「………先程……言った通り…恐怖ではなく本当に愛してるんです……。何と言おうと、絶対に法正さんから……離れません……。」

向き合う様に体勢を整えれば、僅かに残った渾身の力で微笑む。

「…………悪かった。」

身勝手な我儘を押し付けて。



















「ななし。」

「あ、はい。」

あれから数日経ったが、法正はいつもと変わらず接してくる。名を呼ばれ側に寄ると不意に顎を持ち上げられ口付けられた。

「ほ、法正さん?」

「ふ、間抜けた顔だな。」

「それは貴方が急に口付けを……っ!」

再び重ねられ堪能する様に舌で舐め上げた。すると、がたんと何かを落とす音が背後から聞こえた。

「…………徐庶か、見ての通り絶賛お取り込み中だが………何の用だ。」

徐庶という名を聞いて内心驚いた。しかし身体はがっちりと固定されて身動き出来ない。どんな顔をしているのだろうか、不安に駆られる。

「え………いや、その………。」

「ああ、もしかしてこれですか。好いた者同士深く愛し合って何が悪い。」

法正は不敵な笑みを浮かべて勝ち誇った顔をすれば、見るに耐えなくなった彼はそのまま過ぎ去ってしまう。ななしは申し訳なくなり心の中で深く謝罪をした。




(会う度に見せつけてやる)

(法正さん……それは流石に可哀想です)