夜になると彼はいつも1人で縁側に座っている。
接した事はないが度々見かけるのですっかりその姿を覚えてしまった。友人に聞いた所、名は法正と言うらしい。劉備殿の参謀で、己を悪党と名乗るとか報復をするとか兎に角噂が酷い。
そんな彼をどこか気になっていた私だが話し掛ける事もなく、見えない場所からただ見ているだけだった。今日の夜が来るまでは。
今宵の満月はよく照らし、夜特有の不気味な暗さを感じさせない程である。ななしは部屋を出て冷たい廊下を足音立てずゆっくり歩く。
空を見るなり、いつもの場所へ赴くと案の定彼は静かに座っていた。詩を読む事も酒を飲む事も一切行わないその姿に疑問を抱くばかりである。
しかしその言葉を読み取ったかのように、
「そんなに俺の事を知りたいんですか。」
突然の言葉に思わず背筋がぞくりとした、既に彼は気付いていたのだ。ゆっくりと振り返るその姿はまるでここから逃さないかの様。ななしの足は石のように固まってその場から去ることが出来なくなった。
「…ごめんなさい。」
月明かりが当たらない陰る姿はどこか悲しげに見えなくもない。一瞬逸らした目を戻すと法正が黙って手招きをするのが見えた。恐る恐る近付くと隣に座れと促すのでゆっくりと座った。
「1人でいるのが楽だからここにいる、それだけの話だ。」
「………。」
言葉が返ってこない。男と話す機会が滅多にないのだろうか。きゅっと袖を握り締め黙り込んでいるのを見た法正は察したのか何も言わなくなった。
…が、何を思ってかななしは、
「本当は、寂しいんじゃないんですか……?」
と、か細く呟いた。
つい出過ぎた事を、申し訳無さそうに頭を下げたが彼はむしろ笑みを浮かべていた。
「……寂しい、ねぇ。俺に対してそんな事言う人は初めてですよ。……名前は。」
怒る事も無く、あろうことか名前を問うてきた事にただ驚くばかりだった。
ななし、と控えめに名を教えると大きめの布を取り出した。
「貴女がそう思うのなら陰に隠れていないで此処に来て下さい。
…少なくとも寒い思いはさせませんよ。」
そう言って法正はすっかり冷えきったその身体に布をかけた。こんな事をされるのが初めてな彼女は赤くなった顔を隠すように俯かせる。
「いつ話しかけてくるのかとずっと思ってたんですが、中々来てくれませんのでね。今日は俺から話しかけました。嫌でしたか?」
「いえ、そんなこと決して無いです!貴方から言って下さらなければこんな機会はありませんでしたから。」
なら良かったと、彼は組んでいた足を外に伸ばす。
「ですがとっくに聞いてるでしょうね、俺の噂を。報恩報復で結構な性悪と…先程もバレた時、背筋がぞくぞくしたでしょう?」
「そ、そんなの、単なる噂に過ぎません。こうして話してみなければ分からない事だってあるんですから。…少なくとも、今の私にはそんな気持ち微塵足りとも感じません。」
「………そうですか。」
月が薄い雲に隠れ、明かりが少なくなる。そんな空を見つつななしは無意識に手を摩ってると、横から大きな手が伸びてきてその両手は包まれた。
「あ……。」
「………。」
黙ったまま手を温める彼を見て、ななしは優しい人だと改めて思う。本当に性格が良くないのならこんな事はしない筈だ。緊張は続くが、先程の怖さも忘れてしまう程今は安心感が大きい。
「明日も来ます、少しでも長くいる為に今度は温かいお茶も持っていきますね。」
ようやく見ることが出来たななしの笑顔に、法正は自分の気持ちがいつもと違うのが分かった。
(俺は、貴女が思ってる程いい人間ではありませんよ)
(だが、こういうのも悪い気はしない)