雲隠れした月が黒い
「雨………大丈夫かしら。」
今までにない程の酷い雨が降っている。彼女がはらはらしながら待つのは雨具を持たずに出かけてしまった賈充。
「さっき、きちんと持たせておけばよかったわ…私の馬鹿……。」
もし風邪をこじらせてしまったら、いざ重大な戦に呼ばれても相当厳しい。私は自責の念に駆られ頭を軽く叩く。
すると目の前の扉の開く音がする。
「………!賈充!」
案の定彼の全身はびしょ濡れで髪が少々乱れている。だが布を持つ私の姿が見えているのにも関わらず視線を真っ直ぐ見据え、無言でその場を通り過ぎてしまった。
「…賈充?」
ぱたぱたと駆けて後を追うが、何を言っても彼はうんともすんとも反応してくれず、そのまま部屋に入ってしまった。
「どういうこと………?私がやっぱり雨具を渡さなかったから怒って……。」
ごめんなさい、と彼が入っていった扉の前で呟くと同時に向こうで鈍い音が聞こえた。
「………?」
気になり静かに開けると、そこには
「………っ賈充!!」
濡れた服のまま倒れてる姿が目に入る、心臓が跳ね上がる程私は慌ててその場に駆け寄り身体を何度も揺する。
「………熱い、もしかして………。」
額に手を当てると普段からは考えられない程の熱が伝わる。急いで濡れた服を脱がし、替えの服を取り出す。
「…私のせいで………、ううん、そんな事言ってる場合じゃないわ………。」
濡れてしまった畳に構わず布団をひいたりおしぼり用意したりなど、自分の出来る事を最低限行う。息の少々荒い賈充が、僅かながら唇を動かしたのを私は見逃さなかった。
「………大丈夫、少しだけ動ける?」
こく、と小さく頷き気だるく引き摺るように布団に入る。そのまますぐに意識を手放し、呼吸が乱れつつも先よりゆっくりしている様にも見える。 ななしは安堵し、胸をなでおろした。
暫くして、舟をうつらうつら漕いでいたななしは誰かの握る手で目を覚ます。その手を握るのは案の定傍にいる賈充だが、その顔は大分快方であり、上半身を起こせる程。
ななしはその手を握り返し、静かに話し掛ける。
「賈充……心配したよ。私に目もくれずに部屋に入って、てっきり怒ってるかと思った。」
「すまんな、俺も視界が霞んで認識できなくてな。…迷惑かけた。」
乗せていたおしぼりで少々乱れた髪を ななしは指で梳かすとぱっちりと目が合う。その目はゆっくりと細め、不意に頬を撫でられる。
「………突然降った雨が相当酷くてな、一刻も早く帰ろうと走ったのはいいが、生憎…夜中は何処も店じまいだ。」
そう低く賈充は視線を外すと仰ぐ様に雨の降る外を見つめる、ななし は目を伏せて己の袖をぎゅっと握り締めた。
「……自分を責めるのは止めろ、どうせお前のことだからあの時俺に傘を渡していれば等と考えてるのだろう。いいか、未来など誰にも分らなかった、それだけだ。」
それでも眉を下げて落ち込む彼女の頬を続けて撫でてやる、それが心地よかったのか笑みを浮かべ再びうつらうつらし始める。察した賈充は自分の胸に引き寄せ、優しく閉じ込めた。寝ずに看病をした事もあり疲労が溜まっているのだろう、 ななしはすぐにその瞼を閉じて寝息を立てた。
「こんな事をしてやるのは、 ななし、お前しかいない。」
そう呟くとそのまま布団の中に入り、互いに向き合った状態で夜を過ごした。
朝になると ななしの姿がなかった、更に視線を移すとその代わりに朝食が置かれている。気だるい身体をゆっくりと起こし、軽く欠伸をすると同時に
「あ、起きた?この朝食まだ作ったばかりだから、これももし良かったら。」
そう言って部屋に入る ななし、小皿に乗る切った果物も差し出す。
「………。」
伸ばされた腕を引っ張ると、 ななしは案の定体勢を崩してこちら側へストンと倒れこむ。
「わ…?」
上目遣いで顔を上げる彼女を見て、己の薄い唇から乾いた笑い声が漏れた。
「お前は本当に、」
無防備な奴だ、と一言。
そのまま顔を近付け軽く口付けをした。
(お前の顔が赤いのは風邪か恋慕か)
(どちらにせよ俺にとっては都合良い)