ああ、もういい。
「やめて………やめて………。」
この手が真っ赤でも真っ黒でも、彼女が純白で眩ければ何も問題はない。失うものなんて何もない。
「賈充……賈充!!」
愛する女の呼ぶ声すら掻き消すような物騒な切り裂き音が鼓膜に響いていく。
嫌なものなんて最初から無かったことに、肉片遺さず葬り去れば何も哀しむことは無い。
「踊り狂え……それでいい。」
一人、また一人地に伏せる。その屍を踏み躙り眼の前の人間も刹那に地へ伏せた。
「………ああ。」
気が付けば己の身体は地に倒れ、周りは骸が転がり落ち真っ赤に染まっている。乾いた目をゆっくり閉じたり開いたり。
彼女は俺の側に駆け寄り怯えた顔付きで涙をはらはら流す。
「どうして無茶をするの……!」
「ああ、俺は無茶をしたのか。」
返り血なのか己から溢れた血なのか、鈍い所為で痛みすら感じなくなっている。生温かい血が腕からじくじく流れるのを確認し軽く息を吐いた。
ああ……まだ俺は、生きているのか。
「私を助ける為に自分を犠牲になんてしないでよ…。貴方から流れる生々しい血…これ以上見たくない……。」
「くく………お前を遺しては死ねない。死んではいけない、そう決めている……。
だが、ななしの為なら己の肉体が幾ら千切れようと構わないのが事実だ。」
この血はお前の為に流している。
この血はお前の為に流れている。
「黒いだろう……穢れているだろう……闇で生きているこの身は随分と酷く染め上がっただろう……?」
光る天にその掌をかざし、すっと目を細めた。俺にはあまりにも眩しすぎて心の底から嫌になる。
「賈充……痛いよ……苦しい……。もういいから、生きて貴方の本当に心から望む事を成し遂げて…自由になって。」
この花は枯らしたくない、枯らせば俺もまた死ぬ。生きる理由がなくなってしまう。
「お前が何と言おうと、この身体が朽ちるまで離れる気はない。拒むのなら……くく、そうだな……迷わず殺すかもしれないな。」
そんな物騒な言葉も彼女は動じることは無かった。そんな気は毛頭ないだろう、そういう風に愛したのだから。
「……分かってる。」
異様な程に瞼が重くなってきた、誰かが引くその手を振り払う事が出来ない程に疲れた。
少しだけ眠る事を、ななしは許してくれるだろうか。
「駄目……賈充………!」
「俺は死なない……安心しろ……また、お前の元へ帰る……。」
そういって帰るのは何時になるだろうか。いや、帰れないのかもしれない。
致命を負ったことすら忘れるくらい、俺は闘っていた。知らぬ内に黒い花は全て散っていた。
「死なないで、死なないで!一人残していかないでよ!!!」
こんなに近くで叫んでいるのに、遠くに聞こえる。次第に声は聞こえなくなり真っ暗になった。
闇は慣れている筈なのに、こんなにも虚しく儚く、自分には相応しくない程に寂しい気持ちになる。
貴方が死んだら意味がない、そんな言葉を手を引く誰かが呟く。
そうだ、その花を咲かせる為にまた戻らなければ。この穢れた手で無垢な少女を抱かねば。
「ああ、愛おしい。」
そんな届かぬ愛の言の葉は闇の冥さに溶け込んだ。
(来世でもその花に触れる事が出来たなら)