賑わう町の人混みの中、今日もその姿を見つける事が出来た。誰よりも体格が良く、逞しい姿を。
「文鴦様!」
「……!これはななし殿。」
声をかければ歩みを止めて振り返り、珍しく兜を外している顔を綻ばせた。
「皆よりずば抜けていますから、すぐに見つけられます。」
「確かに人より身長が高いですからね。…ところでななし殿、今日も買い出しですか?」
ななしの両手に抱える荷物に目を向ける。
「はい!今日は沢山作ろうと思いまして、奮発してしまいました。……と言っても、私のお金ではありませんが。」
「それは楽しみですね。貴女の作る料理、好きですから。」
好きという単語に身体がぴくりと跳ねる。無意識に瞬きを繰り返す。
「本当ですか?」
「勿論、羨ましいくらいに。」
「じゃあ文鴦様に美味しいって言ってもらえる様に腕によりをかけて頑張りますね!」
満面の笑みを見せれば不意に頭に感じる温もり。彼は目を細めてゆっくりななしの頭を撫でていた。
「ななし殿は、とても頑張り屋ですね。」
「え……っ、あ、………!」
今までされた事のない経験にななしはしきりに驚く。それでも撫でる感触が心地良く、このままずっと続けばいい、と考えているのも束の間。
「あ………その、申し訳ない、子供みたいな扱いしてしまって……。」
と、その大きな手が離れていく。そんな事ない、と首を横に振ると返されたのは彼の優しい笑み。
「いいんです、私は好きですから。」
何とも言わない好きという単語、その撫でる手か、文鴦自身に向けてか。
「さ、帰りましょう。日が暮れてきましたし。」
「では荷物、持ちますよ。」
その優しさに甘えて片方の荷物を渡し、二人は再び歩き出す。すれ違う人を避けながら、彼の後ろ姿を追っていく。
歩幅を合わせてくれる気遣い、たまに後ろを確認してくれる心遣い。本当に優しい方だ、と心がどんどん温かくなっていくのが分かる。
「………あ。」
しかし、ふと足元に余所見をしていたら姿が遠くなってしまった。慌てて追いかけるが人に阻まれその先へ超す事が叶わない。
「待って……!」
特徴である高い身長すら目に届かず、ただ闇雲に手を伸ばす。大袈裟だが、このまま会えなくなる気がして、身を焦がす様な想いを二度と告げる事が出来なくなる気がして。
「文鴦……様!」
名を叫べば伸ばした手がゆっくり包み込まれ、細い指が徐に絡んだ。そのまま身体を引かれて辿り着く場所は必死に探していた大きな姿。
「あ……っ。」
「貴女から探さなくても…こうして私がずっと手を繋いでおけば、もう離れることもない。」
そう呟いて早々と人混みから飛び出し、町の外へと一度も止まる事なく歩んだ。足を止めれば不規則な呼吸を繰り返す。すると彼は申し訳なさそうに頭を垂れた。
「すみません、貴女にこんな無理をさせて……。」
「……いえ、見失った私がいけないんです。ふと余所見してしまって……。それに早くあの場所から抜けたかったので、大丈夫ですよ。」
未だ離れない手に意識を向ければ、熱が一気に上がるのが分かる。
「………文鴦、様……。」
「……はい。」
「先程の言葉………………あ、いえ、何でもありません。」
ずっと繋いでおけば、それが気がかりだったが決して自惚れてはいけないと口を閉ざす。その場で咄嗟に出た台詞なのだろう、意味は特に無い事だと言い聞かせ、代わりに笑みを浮かべる。
「さ、もう少しで屋敷ですし……帰りましょ………う?」
繋がれた手がやんわり解かれて、全身が何かに包まれた。
「…………ななし殿………。」
文鴦が名を呼ぶ。
「…………?」
気が付けば、ななしは文鴦の腕の中に包まれていた。体格が違う所為かすっぽりと身体は覆い被さり、目の前は真っ暗だが仄かに温もりが伝わってくる。
自分に起きた現状に漸くはっと気付き、体中の血が沸騰する様な勢いで顔を真っ赤にし目を見開いた。
「えっ、わ……!?文鴦様!?どうしたんですか!」
「これだけは……一度抱いてしまった感情を止められなかった……。」
どくどくと心音が聞こえる、自分の鼓動なのか、彼の鼓動なのか。
「ずっと前から、貴女を好いていました………勿論、こんなの勝手だとは承知している。ですが……想いを隠せば隠す程に心は苦しくなるばかり。」
「………っ。」
「一時でも構わない………どうか、暫くこのままでいさせて欲しい……。」
悲痛な、切迫した口調。そしてそのままぎゅっと目を閉ざす。
「…………文鴦様。」
荷物を持つ手を緩ませて、地面にそっと落とす。そして空になったその腕を彼の背中に回してぎゅっと抱き締め返した。
「……ななし殿…?」
「私もずっと貴方を思い慕っていましたから……凄く嬉しいんです。」
少しだけ身体を離して見上げた。夕日を背にしている為か、彼の身体は影に覆い尽くされて何処か憂いを感じる。
そしてななしは顔を向けたまま、
「その想い………どうか、私にください……。」
口元を緩ませてそっと目を閉じた。
「………。」
真っ暗な視界の中、唇に感じる温もり。何よりも優しい口付けが一層心を燻らせ光を灯していく。
離れていく唇に名残惜しさを感じながらもその余韻に浸っていった。
「ななし殿………。」
「はい………。」
「……愛しています、心から………。どうか、この愛を受け止めて欲しい。」
凛とした表情に射抜く様な眼差し、それに応えるべく再び彼の口付けを深く受け入れた。
(今日は文鴦様の大好きな料理、沢山用意しますね)
(はい、心から楽しみにしています)