「寝れないのかい?」
私が徐庶の襖を開けたために部屋の灯火がゆらりと揺れる。彼は散らかった机で執務をこなしていて、布団に寝た後が見られず綺麗に整って敷かれていた。
「何だか昼寝のせいで寝れなくて。ごめんなさい、執務中なのに迷惑でしたね…。」
「そんなことない、嬉しいよ会いに来てくれて。」
ふにゃりと笑う彼だが最近まともに寝ていないのだろうか、少し隈が出来ている。彼の隣に座ると頭を撫でられた、なんだか顔が熱い。
「少し休んだらどうです?凄く疲れてる様に見える……。」
「あ、ああ……君に心配をかけてしまったようだね、すまない。」
申し訳なさそうに頭を垂れる彼の姿が何だか可愛らしくて、愛おしさが込み上げてくる。
「いえ、貴方が謝る事ではありません。でも少し休むだけでも気分が変わります。」
彼は少し考えて、ふぅ、と一息つき筆を置いた。どうやら休んでくれるようだ。
「そうだ、縁側に座ろうか。」
彼はそう言って立ち上がり少し背伸びをする。私も立ち上がり彼の後ろから付いていく。
「今日は雲がないから、星が良く見えるな。ほら、凄く綺麗だ。」
彼は無邪気に空を見上げ指をさす、この笑顔が私は好きだ。
「ふふ、そうですね。こんなに星が見えるという事はこの街は空気がとても澄んでいるという事です。」
そして、夜も好きだ、静かで昼間には見る事が出来ない星がこうやって見れるのだから。
虫の音色がちらほらと聞こえ、耳に安らぎを与える。ふと彼が小さく呟いた。
「戦のない世の中だったら、こうやって毎日君と過ごせるのに。」
彼の横顔が憂いを帯びて、どこか悲しげだった。こうして私達が過ごしてる中でも残酷な戦は続いている、一瞬でもこうしていられることがどれだけ貴重で幸福なものか。
「………。」
私が何も返事をしなかったせいか、彼は心配そうに顔を覗き込んだのが視界に入った。
「わっ………。」
「あ、ごめん……何も返事がなかったから、どうしたかなと。ええと、すまない、障る事を言ったみたいだね……。」
「違うの、少し考え事をしていて……ごめんなさい。」
それを聞いて安心したのか、徐庶はほっと胸をなでおろす。改めて彼は本当に優しいな、と心の中で感じた。
「私も、貴方とずっとこうしていたい。このまま時が止まってしまえばいいなんて思ってもいます。戦なんて、生み出すのは死、残されるのは人々の悲しみだけ………。
私は、怖いです。いつか貴方が私の元から消えてしまうのではないかと、何て不吉な事を言うのだと、それは分かっています。理解しているんですけど……。」
あれこれと言う私の思いを彼は何も言わず聞いてくれた。言い終わると、無言でただ抱き締めてくれた。泣きそうになるのを必死に堪えたが、彼の体温が心地よくて、傍にいてくれて、隣で生きてるのを感じて、ついに私は泣いてしまった。
「君の元から去る事は絶対にしない、誓うよ。
その……俺も思っていたよ。ななしを失うのが怖くて堪らなかった。……一方で俺が危機に陥ることがあった時、一人置いていなくなってしまうのかと恐怖した時もあった。悲しむ顔が思い浮かんで、この腕で抱くのが出来なくなるのかと…ああそうだ、それだけ俺はこんなにも君を………。」
しばらく徐庶は子供をあやす様に優しく背中をさすったりポンポン叩いたり、高ぶった気持ちが少しずつ落ち着いて来る。涙もいつの間にか止まっていた。
「ありがとう、ございます。」
「いいんだ、君を守るのが、俺の役目だ。
ええと…そろそろ部屋に戻ろうか、身体が冷えてしまうとあれだから………。
それと…………。」
そう言うと彼の身体が少し離される。名残惜しく、顔をゆっくりと上げて見ると真っ直ぐ私を見つめる姿が。何か言いたげな表情をしている。そして少し間が空いてようやく口を開く。
「……愛してる。」
その言葉を聞くのは初めてではなかった。しかし先程の状況のせいか、いつもより凄く重みがあって私はまた涙が出そうになるのを必死に抑える。しかし潤む瞳が星の明かりで見えてしまうのだろう。
彼はそれに気付いたのだろうか、頬に手を添えゆっくりと顔を近付き唇に触れた。
「君を残して行かない、俺の隣でずっと笑っていて欲しい。どんな困難な状況でもななしさえいれば…乗り越えられるよ。」
「私も…愛してます…。どうか、この命が尽きる瞬間までお傍にいさせて下さい。頼りない、非力な私ですが…。」
非力なんかじゃない、と彼は横に首を振る。
「君の存在、力があったから、今も俺はこうして生きているんだ。」
彼は私の手を取り、己の胸に手を当てた。この世に生きとし生ける人間誰しもが持つ心臓の鼓動が大きく響いた。
(生きていてくれて、本当にありがとう。)