「ううーん……。」
普段そんなに入る事ない光がやけに顔に当たる。何事かと薄っすら目を開けばそこには法正の姿があった。
「ほ……法正さん……眩し…。」
「ああ、失礼。呼んでも返事がないので勝手に開けました…随分と深い眠りについていたので余程お疲れなのかと。
…猫との生活如何ですか?」
昨日は世話の仕方が分からず夜中まで散々な思いをし、猫が眠りにつくまでへとへとになってしまった。
そんなななしの気苦労も何も知らぬ猫はのそのそ起き上がり身体をぐっと伸ばした。
「策を練るよりも一段と疲れましたよ……お陰様で誰も嵌める事が出来ませんでしたし。
それにこの猫、あの件と全く関係無かったんですか…。」
「俺はあると思っていたんですが……どうやら関係なかったみたいで。
まぁいいんではないですか?獣嫌いも克服出来たみたいですし。」
へらりと笑い猫の喉を撫でる。ごろごろと小さな音を鳴らして気持ち良さそうにすれば喜んで彼の膝に乗っかる。
「それに人懐っこい…と、そう言えば名前は決めたのか。」
「あ、ええと…鈴です。」
「リン……ま、ありふれて無いだけ悪くないとは思いますよ。」
さて、という彼の掛け声で身を構えた。二日目の頼み事を言う筈だ。
「……俊敏に構える、どうやら昨日の一件で相当警戒していようで…。」
「当然です、今回は詳細もしっかり聞きますから。」
「そうですね……特に細かい事はなく、今日は料理を作ってもらおうかと。」
料理、その単語は一番聞きたくなかった。
「黙り込んで、何か都合が悪い事でも?」
知ってか知らずか、彼は悪人の様な顔でななしに尋ねる。
そうだ、料理なんて物はあの日以来作らないと誓ったのだ。
最初に味見した自分が卒倒する位の恐ろしい味、それからと言うもの恐怖で厨房に立てなくなってしまった。
「…あの…死にたくないのであれば、その頼み事はやめた方がいいですよ。」
「死ぬ気はさらさら無いですが、断る事はどういう意味か…お分かりですよね。」
何度も警告をするがことごとくかわされる。他のをお願いしてみるが頑なに首を縦に振らなかった。
このまま不味い物を食わせれば縄を括るのは首になる、最もそれが嫌なのだが。
「法正さん……。」
「何事も挑戦、だ。」
咄嗟に腕を引かれ何処かへと連れて行かれる。厨房に連れて行くのなら全力で阻止せねば、ぐいぐいと逆の方へ引っ張る。
しかし男女の差はあまりに大きく、呆気無く目的の地へ。
「往生際が悪い、観念して作れ。」
「本当に倒れても知りませんよ…!!」
「その時はその時だ。」
元よりそこにいた女中は突然の事に少し驚いたが、法正が色々と説明をするとすんなりと台所を空けてくれた。空けないで欲しかったと心の中で泣きそうになる。
「では、向こうの部屋で待ってますので……楽しみにしていますよ。」
笑顔でバタンと閉められた扉、嫌な雫が落ちる音、呆然と立ち尽くすななし以外誰もいないとこんなにも静かである。
いたずらに調理器具に触れたり材料に触れたり。何をどう切ればいいのか、どれを使えばいいのか頭が真っ白だ。
しかし、これ以上嫌だと反抗すれば機嫌を損ねかねない。
「………何を作ればいいんですか………!!どうしよう、何にも考えられない……。」
料理法が分からない今、記憶の片隅にある以前作った物を作るしか道はない。
「………………。」
成功を祈り、恐る恐る包丁を握った。
「美味いな。」
まさかの言葉に己の耳を疑った。
「嘘つかないで、本当の事仰って下さい。」
「本当に美味しいですよ、ほら……ご自身の舌で確かめて下さい。……そもそも味見しないで出したのか。」
法正は箸で一口大の煮物を取ると、ななしの口元へ寄せる。きょとんと彼を見つめるが、中々食べない彼女にそのままねじ込む様に入れた。
「ん………!!」
「どうですか……?」
「………………美味しい。」
自分でも驚いた、前回と同じ様に作った筈だがこんなにも違うのかと。
「何で………この前と違うの……。」
「貴女が言うこの前…の事は存じませんが、単に偶然に調味料を間違えたのでは?」
「あ……確かにあの時は塩っぱかった……そうなんだ……間違えただけなんだ……良かった……。」
思い当たるふしが見つかり、そうと分かれば全身の力が一気に抜ける。ふらっと倒れそうになるのを彼は受け止めた。
「……わ、申し訳ありません…!」
「……これで、もう作れるな。」
「また、間違わなければですけど。」
そう言って微笑むと、彼は満足そうに再び箸を手に取り食べ始めた。
そしてその日の夕食も彼女が作ったらしい。
(解決すればまた一つ出来るものも増えるんですよ)
(ああ、ななし様が楽しそうに厨房に立っております…!)
(ただ……量が異様に多いのは頂けないな)