「さぁ、今日も一緒に町に行ってもらいます。」
確認の声も扉を叩く音もなく、法正は唐突に言った。彼女は食事の真っ最中で、勿論口に食べ物を入れたまま呆然とした。
「まってふははい。」
「口に物を入れたまま喋らないで頂きたい。」
それはこちらの台詞である、勝手に入ってきて何事も無いように頼みを言うのだから。
口に入れていた物を急いで飲み込み、一息ついた。
「はい、今度はどういった内容で……。」
「布を新調しようと思いまして、それのお付き合いを頼みますよ。」
「…………それは私がいないといけない事なのでしょうか。」
「兎は寂しいと死ぬ、そう言うでしょう。」
いつから貴方は兎になったんですか、寧ろ狼に近いです、なんという物騒な言葉が喉まで出かかっていたが背筋が寒くなって呑み込んだ。
「……分かりました、早速行きましょう、兎さん。」
笑ってそう言えば、彼は何処か複雑そうな顔をして部屋を出た。
支度を済ませて後を追い、共に町に赴く。先日獣運びをした所で、今度はその近くの特別な布を扱う専門店に来た。
そして入り口で一気に世界観が変わる。
「わ、凄い綺麗な布ですね。」
「ここの質は逸品ですよ、長らく愛用していますから。」
いらっしゃいませ、と丁寧に頭を下げる店主。常連という事もあるせいか、彼が何も言わなくてもすぐに新しく仕立てた布を幾つか揃えた。
鮮やかな朱色に落ち着いた藍色、透き通った繊維まで色とりどりで、私なら丸一日かけてもきっと選べない。
「さて、どれにしますかね。」
彼も同じく悩んでいた。邪魔をしてはいけないと思い、別の所で他の商品を眺める。
奥の方に入ると次第に人気が少なくなっていく。
「法正さんが気に入る理由、分かる気がします……。」
「ね、そこの貴女、布に興味あるの?」
そんな中ななしに声を掛けてきたのは見知らぬ青年。一見物腰が柔らかく爽やかな感じを醸し出しているが。
「はい、あまりにも綺麗ですので。」
「そっか、なら出会った記念として一つ買ってあげるよ。後、お茶も出来たら是非……。」
ああ、こういった類には慣れない為か、やんわりとお断りができない。
結構です、と頭を下げてさり気なく遠ざかるが、それでもしつこく追って付いてくる。
「あの………私、待っている人がいるので!」
はっきりと言い放つが、掴まれた腕にびくりと身体が跳ね上がり、反射的に閉じられる瞼。男はぐいぐい攻めを加速させていく。
怖い、助けて、法正さん…!
無意識に彼の名前を心で叫ぶ。
「少しの間でいいから、ね?その人には用があるから、って………ひぃ!!」
すると突然彼は悲鳴を上げた。
更に青年の腕に掴まる手は、骨を砕かんばかりに締め付けた。その手は自分もよく知っている手で、
「……俺の女に気安く触れるとは、良い度胸していますね。……殺すぞ。」
言葉通り殺意に満ちた目、いつもばかりか低い声で言い放つ。青年は酷く怯えて彼女の手を離して逃げ去った。
「………法正、さん!」
あまりの恐怖に陥っていた為に、ななしは無意識に法正に抱き着いてしまう。それでも決して拒む事無く、受け入れる両腕。
「……怪我はありませんか。」
「………はい、ありがとうございます。」
「店の中とはいえ、一人でうろつくのは頂けませんよ。」
安心させる為に撫でる大きな手がとても心地良い。そして先の言葉を思い出す、俺の女に手を出すな。嘘とはいえ胸が高鳴り不思議な気持ちになった。
暫くして法正から離れると、新しく買った布を見せてもらう。彼に似合う朱色、自分も思わず笑みがこぼれた。
「これで思う存分鬱憤晴らしが出来る。」
「ふふ、でも何だか勿体無い気がして。」
「まぁ、こんな質の良い品をそういった事に使うのにはさぞや勿体無いでしょうね。」
店を出れば日が丁度沈みかけていた。店内の明るさに慣れていた為か夕陽が眩しくて目が眩んでしまう。
「また、誘ってくださいね。勿論一週間の約束以外の時に。」
「………貴女が良いと言うのであれば、必ず。」
そう静かに微笑んだ法正の顔は嬉しそうだった。
(次は私も買いましょう)