「……………。」
自分の本当の気持ちを伝えてしまった。しかし彼にとって不服であろうと、守るべき女性がいる。
だからこそ想いは誰にも告げずに奥底に閉まっておかなければいけないのだ。
「ななし様、少しよろしいでしょうか。」
「いいですよ、後ろに誰もいなければ、ですが……。」
冗談です、と笑って怜を中に招き入れた。しかしその顔はいつもの元気さがなく、目は泣いた所為で多少腫れぼったくなっている。
「……食事はきちんと摂られていますか。」
「はい、食欲は抜群にありますよ。それに、もう全てが終わったことです、気にしないで下さい。」
「その……終わった事を掘り返す様で心苦しいのですが……法正様の件で、お伝えしたい事がありまして。」
彼の名前につい反応してしまう、忘れようと何度も眠ったのにそれはからきし無駄に終わって。
「今すぐ貴女に、お会いしたいそうです。」
「ならば、それは出来ないお願いだとお伝え下さい。」
目を伏せてその言葉を否定する。しかし彼女は潔く頭を伏せた。
「…私からも一生を懸けたお願いです、どうか…会って頂けませんか。」
一瞬何の事か分からず己の耳と目を疑った。しかし止めようにも頑なに動こうとはしない。
「どうして、貴女がそんな……。」
「ここで会わなければ、きっと後悔してしまうと思うからです。法正様の、本当のお気持ちを聞いて差し上げてください。……お願い致します。」
返答に戸惑ったが、ここまで言われたら断る事など出来ない。怜は今までやってきた我儘にも怒らずに尽くしてくれた唯一の女性。
ななしはゆっくり頷き、顔を上げるように言って優しく手を取った。
「来てくれると信じてましたよ、ななし殿。」
「………この前の件、でしょうか。」
沈んだ気分のまま約束の場所に赴いた。夜もすっかり更けて月も傾いている。
そんな中閑静な庭で二人きり、ここはかつて彼を罠に嵌めた場所でもある。
それを思い出してまた心苦しくなった。
「まぁ、そんな所です。」
「…あの気持ちは、もうここにはありません。」
「………本当にそうでしょうか?」
嘘だと安易に見破られた、否、これでは誰でも分かってしまう。
「本当、ですよ。」
また彼の前で涙を流しているのだから。
こうやって涙を流した所でどうにもならない事は十二分に分かっている。しかし自分の気持ちに偽る事が辛くて堪らなかった。
「………ななし。」
視界が霞む中、少しずつ大きくなる人影。
「…………あ。」
この前と違って、その優しい腕が自ら身体を包み込んだ。
「…法正、さ………。」
「俺は、初めて会った時から貴女が好きでした。」
好きと言う単語を聞いた瞬間、言葉が詰まり身体はあっという間に熱を帯びる。それはあまりにも予想外の台詞だった。
「あの日、罠に嵌った……あれは知っていて態と落ちました。近付きたくて、そして俺の願いを聞いてもらいたくて。」
真実と本音が一気に語られて、頭が全く追いついていかない。驚きで涙すら引っ込む始末。
「縁談は以前から持ち出されていた…それが気に入らなくて、是非ななし殿にやってもらいたかったんです。
……はっ、自分勝手だろう?貴女の意思も尊重しないで無理に頼んだ事、思い通りにならなくて怒りをぶつけた事、全て。」
「……………。」
法正は己を皮肉に嘲笑い、それから顔を歪ませてぐっと唇を噛んだ。
「縁談の件で苛立って罪もない貴女に当たった事は謝罪します。全く、泣かした自分に憤りを感じてますよ。」
「……私も自分の気持ちに気付かずに、彼女の幸せを優先してしまいました。そして、法正さんの気持ちにも気付かずに。」
「ああ、むしろ気付けたら見事ですよ……俺の身勝手極まりない事でしたから。」
抱く力がこもり、後頭部に手が添えられて胸辺りに押し付けられる。少しおかしな話かもしれないが、彼の匂いがして心が安らぐ。
「貴女から愛おしいと言う言葉を頂いた。」
「………はい。」
「まだ…言う事は、何でも聞くんですよね。」
「………はい。」
あの日から丁度七日目の夜、最後の願いに対して高まる鼓動がはっきりと聞こえる。
「俺と、偽りの夫婦でなく、本当の夫婦になってくれますか。」
(こんなに人を愛したのは初めてだ)