その想いとは

「休みがない故に、ここでしか世話が出来ないんです。全く、暇が欲しいですよ。」

「鬼灯様は、本当に金魚草がお好きなんですね。」

「そういう貴女は、金魚草は嫌いですか。」

隣で悠々と金魚草に水を与える鬼灯が呟く。彼女はいいえ、と首を横に軽く振った。
それを見ていた鬼灯は目線を金魚草に戻し、水を取り替える。

「むしろ好きです、可愛くて愛着持ちます。それに……鬼灯様が懸命にお育てになりましたから尚更。」

ですが。その言葉にすぐさま反応した切れ長の目は、迷わずななしの方へ向けられる。口をもごもごとさせ、恥ずかしがる姿に鬼灯は疑問を抱いてコテンと首を傾げた。
何をそんなに恥じらっているのか、目線だけでなく顔も向ければ更に逸らされる瞳。

「どうかしましたか。」

「……いえ、何でもありませんよ。」

微笑みとともに返ってくる声色柔らかい返事。しかし何処か違和感を感じた鬼灯は暫し考え、何を思ったのか一本の金魚草の茎の部分を切り取ってしまう。ななしは驚くようにあっと口を開けた。

「鬼灯様、一体何を…!」

「差し上げますよ、欲しかったのでは?」

「え……!ですが、それは鬼灯様にとって大切な……。」

「気にしません、寧ろ大事に育ててくれると嬉しいです。それぞれ個性がありますから。」

差し出される小さな金魚草をそっと受け取れば、金魚は奇妙な声で鳴いて、まん丸な瞳をななしの方に向けた。まるで新たな主に挨拶をするように。
それを見てありがとうございます、と一言。

「……コンテストに出せる様な素晴らしい金魚草にしてみせますね。」

その言葉を聞き、への字に曲げていた彼の口元が緩んだように見えた気がした。

(私ったら、何してるんだろう。鬼灯様に気を遣わせてしまって。)

彼女が本当に思っていた事は、金魚草への僅かながらの嫉妬。これ位自分を愛してくれたら、という届かぬ願いを閉じ込める様に目を伏せる。

生憎彼はそういう事に無縁というか、女性に対してどうこう思う恋愛感情がないように感じるのだ。
故に、秘めた想いを伝えたら呆気無く泡となって消えてしまうようで。それで散々堪えていた心が脆く崩れ去ってしまうなら、今のままでいる事が一番幸福なのかもしれないと無理に自己解決してしまう。何も伝えず、こうして近くで声を聞いたり顔を合わせたり、それだけでも十分贅沢な時間を過ごせるのだと、問題ないと、何度も自分に言い聞かせた。

「………?」

ふと髪に違和感を感じ、閉じていた瞼を徐に開くと白く長い指が視界に映りこむ。何事かと俯いていた顔を上げればいつもと変わらない鬼灯の顔が目の前にまで迫っていた。

「鬼灯、様?」

「何となくですが……ななしの思っている事が分かった気がします。」

「………えっと。」

「……さて、そろそろ仕事に行かなくては。貴女も戻った方がいいですよ。」

その指が離れると同時に颯爽と背を向けて階段を上る鬼灯。何も返す言葉がなく呆然と見つめるななしは、貰った金魚草を黙って見つめる。

と、彼は後ろを振り返り、

「現世で咲き誇る金魚草の花言葉は、欲望という意味でも有るらしいです。」

鬼灯が姿を消し一人取り残された彼女は残した言葉に頬を朱色に染めて、金魚草を愛おしそうに握り締めていた。



(不思議なものですね、心とは)