好きだから仕方ない

「あ、吉影さん、今日お誕生日ですよね。おめでとうございます。」

「ん?ああ、そういえば、そうだったかな。すっかり忘れていたよ。」

そう、今日は恋人である吉影さんの誕生日。肝心の本人は手に夢中でそれとなくしか反応しなかったが、私にとってはこの時こそ全力で祝うべき貴重な一日なのである。

「というわけで、吉影さん。何か欲しい物とかありますか?」

「ん、わたしは君の手があれば何もいらないんだけどね。」

「うーん、私の手はもう吉影さんの所有物ですし……他にも何かあればいいなぁって。
だから、ね?私からのプレゼント、欲しくないですか?」

甘えるようにお強請りすれば、大抵ワガママを聞いてくれる。自分にとってこれはあまり好ましくないやり方だが、この時ばかりは仕方ない。今日は今日しか訪れない故に、気持ちもそれだけ真剣だ。

名残惜しく手から離れて腕を組む吉良。考える間にもこちらに向ける鋭い視線は執着と言わんばかりで、こちらも負けじとその綺麗な瞳を見つめれば、閃いたように口を開いて

「そうだね、なら……キス、貰おうじゃあないか。」

「………え?」

「だからキスだよ。君から物を貰うのも悪くはないが、それだと必然的に外に出なくっちゃあいけなくなるだろう?わたしの誕生日と言われてしまったら、外に出て君を他人に見せびらかすよりも自分だけの世界に閉じ込めておきたい気分だ。」

「ええ……私、そんな大層な人間じゃないですって……。」

「いいや、ダメだね。他の奴の視線を一秒でも感じた瞬間にそいつを爆破するよ。シアーハートを真っ先に仕向けて確実に殺してやる。」

誰とも分からぬ人間に対して激しい殺意が向けられているのがひしひしと伝わる。思えばこんなような事前にもあった気がして、ゆるゆる記憶を手繰り寄せてみる。






『お、ななし!』

『あれ、霧崎先輩。久しぶりですね!』

後ろから声を掛けてきたのは大学の先輩である霧崎健人。どんな人にも面倒見がよく、周りにもかなりの好印象を持たれている正に絵に描いたような青年だ。ななしも時々世話になっており、頼りがいのある先輩としてそこそこ親しい。

『おう、休みに入る前に会ったのが最後だったよな。どうだ、課題進んでるか?』

『うーん、まだ全然。難しくてなかなか先に進まないんです。』

『じゃあ俺の家に来るか?分からない所があったら教えるよ。』

『え、でも……。』

『いや……ななしが困ってるの、なんか放っておけなくてさ。だから、嫌じゃないなら……来ないか。』

いつになく真面目な声色で話す彼。確かに優しくて誰よりも信頼出来る先輩だが、このまま男の家に上がるのもどうかと思われる。

ましてや、最も信頼出来る【彼】がいるのだ。

『ごめんなさい……私………。』

断ろうと口にした瞬間背後に人の気配を感じ、

『彼女に何か用かね。』

聞き慣れた低い声がして、思わず振り返れば金髪のスーツ姿の男性が霧崎を睨むように立っていた。

『え、あ、吉影さん……どうして。』

『通りかかったのは偶然だよ。それより、君は一体誰だい。彼女とはどういう関係なんだ。』

『俺はななしと同じ大学に通う一年上の……。』

『ふぅん………それでななしの事は気安く呼び捨てにしているのか。』

『えっと、吉影さん、とりあえず帰りましょうか。霧崎先輩もまた学校で……。』

両者の何とも言えない険悪なオーラに挟まれてしまったななしは、これ以上何を言っても無駄だと口を噤んでしまう。しかし吉良の異常な嫉妬心は殺人に繋がりかねない。どうにかしてこの場を上手く切り抜けなければ大惨事を引き起こしてしまうだろう。

『き、霧崎先輩、彼は私の恋人なんです。』

『恋人?いるなんて聞いてなかった。』

『ななし、何故こいつに言わなかったんだい。』

『あうう……。』

火に油を注ぐだけだった。

『………彼女を見るな。』

『学校でも会うので、無理な話ですよ。』

その言葉が癪に障ったのか、吉良は親指を立てる。

『なら……ここで始末………。』

キラークイーンの姿が僅かに見えてしまった。流石に不味いと感じたななしは咄嗟に最終手段に踏み込む。人差し指を押さえて、その場で蹲るように膝から崩れ落ちた。

『ああ!吉影さん!私の指に切り傷が……!このままだと私の手が……!』

流石に臭い芝居だったか。半ば諦めていたななしだったが、吉良は血相を変えて彼女を介抱する。

『ああ、ななし……っ、君の綺麗な指に傷が………!早く家に帰って怪我の手当をしよう、傷口からばい菌が入ったら大変だ……!』

どうやら効果は抜群のようだ。手の事になると目の色を変えて憎き相手の姿も忘れてしまうようで、吉良はすぐさま近くを通ったタクシーを拾うとそのまま家に向かう。休みが明けたら霧崎先輩に謝ろう。切り傷は少しだけ痛かったが、これも全て彼の目指す平穏の為でもある。それに比べたら切り傷なんて些細な事だ。

『……………。』

町中で不用意に男性と話すのは避けるとしよう。切り傷を見つめながらそう思ったななしだった。







色々思い出した。このままだと本気でやりかねない事態になりそうだ、素直にその願いを聞くことにしよう。

「わ、分かりました!今日は一歩も出ませんから!ですので、そう言った物騒な発言は今日だけナシにしましょう?」

「フフフ、分かればいいんだよ。今日はわたしだけの君なんだ。いや、これからもずっとそうなんだけどね……しかし、今日という日が凄く特別に感じられるよ、今までにはない、清々しい気持ちだ。」

思えば祝ってくれるのは親だけだったか。特に母親から否応なしに祝ってもらったのを今でも憶えている。

ああ、あの時は欲しくもない物を与えられたっけ。取り敢えず使った記憶はあるけれど、嬉しいという気持ちは一度もわかなかった気がする。無理矢理祝ってもらっても、心は素直に喜べないままだったな。

そんな険しい表情に不安になったのか、彼女が恐る恐る畏まった様子で顔を覗かせた。

「あの、吉影さん………。」

「なんだい。」

「その、本気で迷惑だったら、言ってくださいね?自分から言っておいてあれなんですけど、吉影さんが普段思う、あまり余計な事はしたくない、そういう気持ちも理解できますから。」

「…………。」

だけど、彼女だけは、そういう顔をさせたくない。

「君が与えるものなら、わたしは喜んで受けるとも。

さぁ、その麗しい唇をおくれ。」

ぽってりと艶やかな唇に指を宛てて、ひっそりと喜悦の笑みを見せた。微かに香る爽やかな香水がふわりと彼女を包み込むと、その甘さにくらりと目眩を覚えてしまう。

幾多の命を奪ったとは思えない清らかな両手は目の前にある愛に満たされていて、卑怯な程に端麗なその姿からはこの杜王町を脅かす【サツジンキ】(静かに暮らしたい男)なんて想像できなくて。もっと早く出会っていたのならば、彼の悲運も多少なりとも覆す事が出来たのだろうかと繰り返される問い掛けは当然ながら終わりがない。そう考えたら余計に直視するのが辛くなって、涙を見せまいと思わず瞬きを繰り返す。

「吉影さん。」

「なんだい。」

「私に出会って、幸せですか。」

「……………。」

やや目が大きく開かれたかと思えば、考えるような仕草を見せて、その口元を押さえ始めた。

「……フ。」

掠れるような声が漏れた時、彼女の無防備な手は目色を変えた吉良によって掴まれた。

「そうだ、そうだとも。わたしは君を真っ先に殺そうと思っていた。綺麗な手を今すぐにでも懐に入れて一緒に暮らしたかったんだ。フフフ、触った瞬間の絹のように滑らかな白い肌は未だかつてない程に興奮したなァ〜。腐らせないようにいっそ剥製にしてしまいとも考えていた。見れば見る程に、無性に下半身が熱くなってしまって……フゥー……色々抑えるのに必死だったよ。」

スリスリと手の甲に頬擦りする吉良。止まる事を知らない科白に彼女自身もやや驚いて、みるみる顔が赤くなってしまう。

「………その、意外でした。」

「そうかい?初対面から君の手に発情していたが。」

「でも、なんだか複雑な気持ちです……いえ、生まれ持っての性なのでこればかりは仕方ないのですが、私自身に魅力がなかったのかなぁってちょっと不安になりますね……。」

ちょっとしたいたずら心で手を引っ込めようとしたが、彼がそれを安易に許す筈もなく強く握られる華奢な両手。

「ななし。」

玩具を取り上げられそうになった子供のように不機嫌な表情を見せる吉良。

「君はわたしの性格を唯一理解する人間だ。わたしは全てを打ち明けて、君は全てを理解して、今もこうして平穏な日々を送っている。……本当に君の全てが嫌いだったら、わたしは生きて此処にいる事を決して許可しないだろうね。今ごろ身体と切り離された【君】(綺麗な手)とデートでもしている頃だろう。」

「………っ。」

ずくり、背筋が凍りそうになってしまいそうな冷たい瞳は、怯える私の手をしっかり見据えている。

「とはいえ、わたしにとって都合の良い人間だからと勝手に捉えないでくれ。別に人畜無害だから生かして家に住まわせている訳じゃあない。」

この吉良吉影にとって最も不要である【人】(生きた人間)を愛してしまったのだ。それでも、殺すのが惜しいと思えて仕方がないのは、慈愛な彼女に深く溺れてしまったから。

「よし、かげ、さん。」

「わたしの意思で生かしたいと思った。生きたままその美しい手を愛したいと思った。殺したら二度と手に入らないその手と魂を。

他の女の事なんて忘れてしまうくらい、君に夢中になってると言ったら?」

「…………っ…………。」

危険な香りを漂わせながら甘い告白を吐き出す。通常の人が決して口にしないだろう、その異端な科白を我知らず純粋だと錯覚してしまった。

「君にとって大切な人が例え君を取り戻しに来たとしても、ぼくは容赦なくそいつ等を始末するだろうね。フフ……それくらい君が好きなんだよ。今のぼくは今までとは違う。

だから、その愛らしい唇で塞いでくれないか。今日という日を祝うのに一番必要なのはななしの存在そのものだ。」

この奇妙な出会いがきっかけで変わった事、それは彼が人を愛するという感情を知った事だと思う。自分のような何の取り柄もない女が手しか愛せなかったこの男の平穏を保てるのならば、喜んでこの身を差し出そうではないか。

「ん……目、閉じてもらえますか。」

「嫌といったら?」

「恥ずかしいんです…キスする顔なんて、見られたら…。」

「恥ずかしい事なんて嫌と言うほどしているじゃあないか。人には決して言えないような……ねえ。」

「ひぃ!お願いですから色々口外しないで下さいね!」

「口外も何も、君のことを他の奴等に知られたくないに決まっているだろう。セックスしている時の体位とか、何処が一番感じる所だとか……あと、恥ずかしい台詞の数々もだったか……。」

「いやぁああ!言わないで!これ以上は聞くに堪えない言動ですからっ!」

「フゥ……何を今更……どうしても嫌ならわたしの唇を塞ぐことだよ。まだ言い足りないから、早くしないと……どうなっても知らないね。」

「あうう……っ、もう、吉影さんのバカ!」

吉良の顔を引き寄せては勢いに任せて唇を重ねる。自らする事がなかった為あまりの羞恥さに彼女は先に目を伏せてしまうが、

「………っんん!」

侵入してきた彼の舌が口内を侵していき、それと同時に腰辺りに腕が回されて身動きも封じられてしまった。驚きに思わず唇を離そうとするも、それを頑なに拒む吉良は更に口付けを深くして、わざとらしく唾液をかき混ぜ始めた。
くちゅくちゅ、と厭らしい音が耳元で響き渡る度に腰辺りが嫌でも疼いて、このままだとキスだけで砕けてしまいそうだとななしの脳内はいよいよ蕩け出す。

「は、あ、よし、か……げ、さ………。」

「ふ、………ん、ぅ………このまま、犯したい気分だ……ハァ……。」

徐にベルトが外れる金属音が聞こえる。このままだとこの場で行為が始まってしまい一日が終わってしまいそうだと急に焦りを感じたななしは、

「……っ、プレゼント追加ですっ!!」

「っな!?」

彼の胸板を無理矢理押して一先ずキスを中断させる。興奮しているのか吉良の顔がやや火照り、何処か情事中を思い起こさせる程に色っぽい表情をしていた。濡れた唇を見てこっちまでそんな気になってしまいそうだと一瞬狼狽するが、何とか気持ちを落ち着かせてベルトを外そうとしている彼の手に自分の手を重ねる。

「あの、吉影さん。今めいいっぱい楽しんでしまったら、夜がつまらないですよ。」

「……わたしは特に気にしないが。」

じっとりと向けられる視線、阻止されて大変不満なご様子だ。それでも怯まずに続けるななし。

「いいえ、それでは駄目なんです……!やるべき事を全て終えて、完璧な状態で夜まで我慢できたら……特別にプレゼント追加で、私を好きにしてくれて構いません。」

「…………は。」

呆然とする吉良。それはどちらの意味で驚いているのか。

「君を好きにする……つまり。」

「あ、でも手を物理的に切るのは駄目ですよ……!えっと夜の、その……そういう意味で、です。」

「勿論それはそうだが………ふぅん……なるほど、わたしを試そうとしているのか………。」

「そ、そういう意味では。」

「いいよ、今は我慢するとしよう。夜は寝れないことは覚悟しておいた方がいいがね、フフ。」

妖しく口元を吊り上げる吉良。今の内に心の準備をしておいた方がいいのかもしれない、恐らく、いや、発言したら必ず実行するのが彼だ。未来の自分に御愁傷様と心の中で手を合わせながら、静かに了承のキスを施した。











この男に魅了されて堕ちてしまった以上、共犯者で在る事を烙印としてその身に刻まれ、死して尚永劫に消えないのだろう。罪を赦してしまった事、命賭けて護ろうとしている事、彼という殺人鬼が生まれた日を無垢に祝ってしまう事を。

それでも、愛してるのだから、どうにもできない。


(さぁ、待ちに待ったお楽しみの時間だよ)

(なんか見たことない道具が沢山あるのは気のせいでしょうか………)