息衝く心

銀混じりの白髪が揺れて、煙草の煙も同じように揺らめきながら雲一つない青空へとのぼっていく。

「天気イイなぁ。」

「本当にそうですね。紅葉がとっても綺麗です。」

赤木とななしは紅葉が多い公園にやって来ていた。と言っても人の数はそれほど多くなく、各々が景色の美しさに釘付けになっているので、花見のような賑やかさはやや控えめになっている。恋人同士が寄り添って紅葉に指差しながら楽しそうにお喋りをしていたり、子供達が葉っぱを拾って遊んでいたりと、それぞれが限られた季節を心ゆくまで満喫していた。

「たまにはいいですね。」

「ん?ああ、確かに雀荘ばっかにいるのも華がないしな。ちっとばかし息抜きにはちょうどいいんじゃねぇのか。」

「そう思うと天さん達も来れたら良かったんですけど……どうやら皆さんこの日に用事があるみたいで。折角こんなに綺麗だったから、ちょっと残念です。」

「ああ……そうだな………。」

この時二人は知らなかったが、天達は赤木と彼女の二人きりの空間を邪魔する訳にはいかないと、敢えて誘いを断っていた。

「悪い、お前にとってはこんなオッサンと一緒じゃ何にも華がねぇだろうな、ハハハ。」

「え、え?なんで赤木さんが謝るんですか!というか華がないって……それ、本気で言ってます?」

「あん?普通に考えてそう思わねぇのか。」

「私は全く思いませんけど……どう見たって色気全開ですし……。こんな魅力的な人、そう滅多にいるものじゃありませんよ。」

「おいおい、ジジイ褒めたって何も出てこないぞ。」

「だって、本当の事ですもん。赤木さんが気付いていないだけで。」

唇を尖らせてそっぽ向くフリをすれば、赤木は眉尻を下げて困ったように笑った。そして咥えていた煙草をゆっくりふかせ、まだ長い煙草を惜しげもなく携帯灰皿に入れて、

「少なくとも、お前は俺の事をそういう目で見ているって訳だ。」

と、やや嬉しそうに口角を上げる。

「……っ、否定は、しませんよ。でも、嫌でしたら、今ここでハッキリと断ってくれた方が気持ちが楽ですけど。」

「嫌?」

「だから、その………そういう目で見られる事が、です。」

果たして、どんな返答が返ってくるのか。真っ向から答えを聞く勇気がないので、ふと傍に落ちてきた紅葉を拾って、誤魔化すようにくるくると指先で葉っぱを回す。

しかし思いの外、返答は早かった。

「そういうの、嫌じゃないぜ。」

「…………え。」

赤木は彼女から紅葉を取り上げて、徐に髪にくっつけた。

「似合うな。」

「あの……さっきの意味って……。」

「そのままの意味だが。」

「もう、はぐらかさないでくださいよ……。」

「はぐらかすも何も、俺は全然構わねえって事だよ。とはいえ、若い娘が親と同じくらいの年の俺に興味あると聞けばどんな反応が返ってくるのやら。」

「た、たとえ親が反対しても、私は絶対に赤木さんの事しか好きになりませんからね!というか、二人共赤木さんの事を結構気に入っていますし!」

「……そこまで聞いてねぇけど……それ、本当か?」

「…………あ。」

「…………ククク………!」

「は、恥ずかしいっ………!い、今のは聞かなかった事にしてくだ………。」

撤回しようと慌てて彼の方に目を向ければ、何処か嬉しそうな、それでもって何処か悲しそうな視線に思わず心を締め付けられ息を飲んでしまった。

「赤木、さん?」

「ん?ああ、何でもねぇよ。」

「………あの、本当に、私は、貴方の事を……。」

「分かってるさ。俺だって、そういう健気なお前が大好きだからな。」

「あう……いざそう言われると、直視できません……。」

「おいおい、先に言ったのはそっちだろう。だから、俺が思う素直な気持ちを返したまでだ。取り敢えず、受け取ってくれや。」

「も、勿論です!生涯かけても聞けないような告白を頂いたんですから!有り難く貰いますね。」

胸の奥底がじんわりと温かくなるのは、本気で彼に恋をしているからなのだろう。伝説の雀士として生きる彼の口から直接聞ける日が来るなんて絶対にないと思っていたのに、ああ、どうかこの時がずっと続けばいいのに。

「来年も、一緒に見ましょうね。もちろん、皆も呼んで。」

「……そうだな。」

こうして隣にいるだけで、どれだけ救われるのだろう。赤木は幸せそうに微笑む彼女を見つめながら、己の波乱万丈な生き様を振り返っていた。もう少し早くに出会っていたら、もっと別の道があったのだろうか。今更どうこう考える気はないが、昔より随分と心が贅沢になってしまったようだ。

「なあ、ななし。」

「はい、なんで、しょ……う?」

不意に手を握られて、目をぱちくりさせるななし。

「少しだけ、このままでいてくれ。」

その手から伝わる温もりはこの世の何よりも大切なもので、絶対に手放したくないと思った彼女は有無言わず強く握り返した。

「…………。(やっぱり、駄目だ、泣きそう)」

少しばかり瞳が潤み、擦りたい気持ちを必死に堪える。それに気付いた赤木は静かに見下ろして、

「………救われたよ、俺は。」

そのこぼれそうな涙を掬うように指で目尻をなぞった。そして、それが決壊の合図と言わんばかりにみるみる落ちる涙の粒が彼の指を濡らしていく。

「ごめ、なさ………。」

「いくらでも泣けばいいさ。気の済むまま……それまでずっと側にいてやるよ。」

「………と、は……。」

「ん?」

「ほんと、は、二人きりで、よかったなんて、思っちゃいました。」

「ああ。」

「赤木さんと、いっぱい、話したいって、ずっと、独り占めしてしまいたいって。」

「ああ。」

「ずっと、一緒にいたいです、赤木さん。」

「……俺が死ぬまで側にいてくれるなら、本望だとも。」

ぽんぽんと頭を撫でるもう片方の手つきが優しい。いつ消えてもおかしくない彼の横にいれる事がどれだけ幸福か、この瞬間を愛おしく噛み締めながら、何度も頷いては落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。

折角の綺麗な紅葉も私の所為で台無しだ。こんなつもりじゃなかったのに、今日こそ心から笑って過ごしていたかったのに。

咄嗟に謝ろうと口を開いた時、赤木が先に声を出した。

「俺はちっとも怒っちゃいねぇよ。むしろ感謝してるくらいだ。」

「………、え。」

「いつもニコニコ笑って、辛い事があっても絶対に話さねぇだろ。だから、時々寂しそうな顔をしてるのが気になってな。」

「…………。」

「あんまり一人で背負い込むなよ。何かあれば今みたいに全て吐き出してしまえばいい……それが重荷だとか、ワガママだなんて思わなくていい。だから、遠慮はいらない……俺は……それを受け止めきれる自信がある……。」

まっすぐ見つめる赤木の瞳は淀みなく澄んでいた。

「………ありがとう、ございます。」

すっかり止まった涙を確認し、再び紅葉の景色を眺めれば、先程と違って人が疎らになっている事に気付く。

「少し、冷えてきましたね。」

「そうだな………ああ、そうだ。」

白い上着を脱げば虎柄のシャツが現れる。

「そら。」

「え?………いいんですか。」

「少し大きいが……まあ寒さは凌げるだろ。」

内側に残る温もりが冷えた全身を包み込んでいる。まるで彼に抱きしめられてるかのような感触がして、想像しては我ながら何を考えているのだと雑念を振り切るように首を振った。

「なんだ、変な事でも考えていたのか?」

「ち、違います!」

「ふぅん……。」

「信じてないですねその顔……。」

「別に、俺に抱きしめられてる感触くらい……。」

「わー!それ以上言わなくていいですから……って、わあ!!」

上着ごと引き寄せられてすっぽり包まれたななし。

「あったけえな。」

「もう、赤木さんってば……。」

「こうしてるとよ、身も心もぽかぽかしてくる。そこそこ長く生きてきたが、そんな事は今まで一度もなかったな。」

彼の吐息の近さを意識してしまい、思わず強張ってしまう身体。空いていた二つの手はゆっくりと大きな手に包み込まれた。

まるで恋人のように愛しく寄り添う光景は、もし天達がいてそれを目撃していたら大騒ぎになっていただろう。
あの赤木しげるが本気で一人の女に恋をしている、と。

「……暫くこのままでもいいか?」

ああ、困ったもんだ、いい大人がこんな風に甘えるなんて。でもしょうがあんめぇよ。心の何処かではいつかこうなるって腹括っちまってたんだから。

彼女は頬を赤らめながらこちらを見上げ、

「はい……勿論です。」

この上ない幸せだと、それはもう嬉しそうに笑う。

「……誰にも見せたくねぇなあ、その顔。」

ここまで溺れてしまったなら、口付けせずにはいられねぇだろうが。



(哀愁漂う秋は何時にも増して孤独を感じるのに)

(それも今では何処か遠くに行ってしまった)