「新たな刀が出来ました。」
その言葉を何度聞いた事か。振り向けば彼女の側にいるのは作られたばかりであろう新しい仲間。こうして尽きる事なく刀が作られて、そこから生まれる不屈と忠実なる魂。いつしか愛しい彼女の周りを取り囲み、そこに手を伸ばす事すら出来ないくらいに遠く離れていく。
「主。」
俺がいるのにどうして新たに欲するのです。俺だけでは心もとないのですか、頼りないのですか。
「主………!」
待ってください、聞いてください。まだ俺は尽くせます。主命とあらばどんな事だってやってみせます。寺社の焼き討ちだろうと家臣への手打ちだろうとなんなりと。
「主………っ……ななし様………っ!!」
何がいけないのですか、悪い所があれば全て仰ってください。必ず直してみせましょう。
「…………………ああ…………。」
どうしても、その愛しい手は俺から離れてしまうのですか。
「…………っ……!」
一瞬呼吸が止まって思わず噎せ返る。まるで長く水中にいたかのように、慌てて長谷部は締めていた首元を緩くして喉の通りを広くさせる。
「……………。」
今のは、深い深い海の底に沈められ、刃がこぼれ錆びて朽ちゆくのを待つかのように、酷く冷たい世界だった。
「………参った。」
ここ最近こういったタチの悪い悪夢ばかりだ。別段悩みなど抱えていないが、未だ過去の亡霊が俺を苦しませているというのか。
「…………ななし様………。」
名前を呼んでも来てくれはしない。手を伸ばしてみても真っ暗でそこには何もない。
「分かってる………俺は、あくまで付喪神、歴史を変えない為に、ここにいる。」
もう一度刀として、主に使われたい。願わくば今の主に末永く使われたい。
「それでも………貴女を………好いているんです……どうしようもなく。」
そして、人としても愛されたい、刀に愛する心が宿った瞬間だった。
「そろそろ寝なきゃ………。」
片付けが一段落し、うんと背伸びをする。遠征から帰ってきた男士達の観光話や土産物、軽い手入れなど立て続けに行っていた為、時計を見れば既に日付が変わっていた。
「えっと、明日は短刀の子達を遠征に………ん?」
障子に薄っすらと浮かび上がっている人影。目を擦ってもう一度見てもそれに変わりはない。
「そこに誰か、いるんですか?」
恐る恐る問いかけてみると、影がゆらりと揺れて
「主………。」
と、長谷部の低い声が響き渡る。
「長谷部さん?どうかしたんですか。」
障子を開けてみると、そこには憂う表情で立ち尽くす彼の姿。
「あの、どこか怪我をしているんですか……?小さな傷でも放っておけば………わっ!?」
ガシッといきなり腕を掴まれてななしは狼狽える。長谷部の表情に変わりはないが、何処か苦しんでいるようにも見えなくない。
「無礼を働いた事、後々罰を受ける所存。ですが、申し訳ありません……少しだけ、お側にいてもよろしいでしょうか。」
「い、いいですけど……本当に大丈夫ですか。具合が悪かったらすぐに言って下さいね!」
手を引いて招き入れ、急須と湯呑みを取り出して茶を淹れる。
「どうぞ。」
長谷部はそれを両手で受け取り、ゆっくりと一口飲んだ。一見ただの茶だが、彼からしたら心のこもった賜物、とさえ思い込んでしまう。
「ありがとうございます………俺は、こんな真夜中に主に対して迷惑極まりない事を…。」
「いえ、私も丁度色々な事が終わって一休みしていたので平気です。こんな時間ですから、てっきり寝ているものだと思っていました。」
「いえ、先ほどまでは何事もなく寝静まっていたのですが……。」
言いにくそうに吃る声、不思議に思ったななしは首を傾げる。
「……その、もし嫌でなければ私に話してくれませんか……?」
「……………。」
ここまで来たからには何かしら話すべきなのだろう。そうして長谷部はぽつりぽつりと話を始めた。
「夢、ですか。」
「はい、毎晩悪夢にうなされるのです。考えないように塞ぎこもうとすればするほどに、締め付けられる感覚から離れない、と言いますか。」
「その、夢の内容とか覚えていますか?もしかすると、そうさせている物が案外身近にあったりするかもしれませんし……。」
そう言われて長谷部の口元がきゅっと噤まれる。
「………長谷部さん?」
「…………あります、ありますとも……この口が裂けても言えませんが。」
「あの………。」
「はっ………すみません、俺としたことが。何でもありませんよ。」
かろうじて微笑んで誤魔化すが、主の顔色はどうにも晴れないようだ。厄介な独り言だ、余計な事は彼女に言いたくないのに。
「ああ、こんな刀でも一応夢は見るんですね……。もっと楽しい夢なら嬉しいのですが。」
「……………。」
「…………長々とお邪魔しました、失礼します。」
深々と頭を下げて長谷部は立ち上がる。
「待ってください、まだ……言ってないこと、ないですか?」
裾あたりをきゅっと握り締めて見上げるななしに心が激しく波打つ。彼女は見透かしている、長谷部は必死に自分自身を抑えこんでギリッと奥歯を噛み締めた。
「…………例えあったとしても本当に瑣末な事です。こんな戯言、主が一緒に悩む必要はありません。」
「戯言なんかじゃありません……!苦しいなら言ってください……悩んでいるなら、主である私に本当の事を打ち明けてください……!」
ずるずると引き摺るように服を引っ張って引き止めるななし。
「その夢……もしかして、私の事ではありませんか……?もしそうなら……。」
とうとう長谷部は抑えきれなくなり、咄嗟に屈んでは彼女を胸元に引き寄せる。
「はせ……べ……さ…。」
「お許しください、ななし様、心を持った事を……どうか………。」
自分が恨めしい、感情なんてなければ楽だったのに。刀に感情なんて不必要なら、こんなにも苦しまずに済んだのに。
過去の情景がはっきりとこの目に写される。かつての主が家臣を斬った瞬間を、褒美として家臣に渡される瞬間を。
「どうして自分を責めるんです……長谷部さんは何も悪くないですよ。だから、心なんて無ければよかったなんて言わないでください。」
「………………。」
「私は、嬉しかったです。初めてここに来た刀が長谷部さんで。だからこそ、ずっと大切にしたいと思いました。」
過去の歴史を守る為に多くの刀が呼び出されるのは詮なきことである。だからこそ俺一人を大切にして欲しいなんていうのは我儘だ。
我儘だが、一人置き去りにされるのが怖かった。
「願わくば……許されるのであれば……俺だけを愛して欲しいです……。」
「……………長谷部さん………。」
いつしか頬に伝う涙、瞬きをする毎にはらはらと落ちていく。そんな彼をななしは優しく抱き締め
「大好きです……誰よりも一番、貴方が大好きです……。」
涙をすくって口付けを施した。甘くて切ない、それでも、悪夢から解放されるような、そんな初めての接吻。長谷部は彼女の腰と後頭部を押さえて深く追い求めた。
「ああ、主………俺だけの、主………。」
忠誠を超えた愛情が湧き上がる。彼女が求めてくれている、俺を必要としてくれている、それだけで十分生きる意味がある。かつての主は見捨てたが、ななし様は違う、絶対に手放したりしない、俺だけを………。
「繋がってくれますか……人として……俺と。」
恍惚と、蕩う表情で長谷部はななしの首筋に歯を立てる。まるで自分自身の刃を立てるように。
(彼女の為なら、俺は何にでもなれる)