「今年ももうすぐ終わりですねぇ。」
「ん、一年はあっちゅう間だな。」
こたつの中でぬくぬくとななしと豊久は身体を寄せ合う……もとい、一方的に寄せてくる豊久。今日の彼はいつもよりも甘えたがりに見えなくもない。
「豊久さん、こたつの足が当たってちょっと痛いです……。」
「すまん、なんだか寒い。」
「珍しいですね。豊久さんのイメージって犬みたいに冬でも寒さ知らずで、常に外を走り回ってそうなのに。」
「ほー……俺の事そげな風に見えちょったのか。」
「ふふ、だって……ね?」
そう言ってななしは口元を緩ませていると、豊久はムスッと口をへの字に曲げて悪戯してやると腰辺りを擽るなり、ななしは更に向こう側へ追い詰められてしまう。こちらは既にこたつの足で阻まれ、逃げ場のない身体は捩りに捩って豊久の魔の手から逃れようと懸命になる。
「やっ、ふ……あは、は……!」
「勘弁したかぁ。」
「ごめ、ごめん……!白旗っ!白旗、あげるから……っ、もう止めて……!」
俺の事をからかうからこうなっと、満足気にニカッと歯を見せる。笑い過ぎて息を切らしたななしの頭をぽんぽんと撫でて
「応、」
何かを思い出したかのように不意に上半身を持ち上げて徐に立ち上がると、自分の部屋に何かを取りに行き、帰って来た彼の手元を見てみると何やら色鮮やかなみかんが二つ。ゴロンと再びうつ伏せに寝転んで黙々とみかんの皮を剥きだした。
「……んー、豊久さん?」
「ほれ、あーん。」
豊久の何気ないあーん、という仕草に対して愛らしさを覚えつつも、ななしは黙って大人しく口を開ける。すると彼の指ごとみかんが口の中に押し込まれ、ゴロンと二房位の大きさが歯に当たり弾けて口の中で甘酸っぱく広がった。
「あ、おいし。」
「こん前"すーぱー"行ったら大安売りしちょって、そん時に買た物だ。」
「あ、もしかして最近出来た近くのスーパーですか?あそこの果物って何買っても美味しいですよね。」
砕けたみかんが無くなる絶妙なタイミングを図って、豊久は有無言わず口の中に次々と放り込んでいく。気が付けば彼の食べる筈であったであろうみかんまでも口にしていた。
「その……私ばかり食べてしまったら……。」
「気にせんで良か、どっさい買てある。それに、こうして見っと、お前に餌付けしちょっ気分じゃの。」
「ひどい!」
「ははは、冗談だ。」
「うう……そう言われたらもう口開けません………。」
口元を押さえながらモゴモゴと口内のみかんを消化していく。しかし豊久の摘む指にはやはりと言わんばかりに大粒のみかん。
「じゃあ今度はお前の番じゃ。」
そう言うなり豊久は彼女に残ったみかんを渡し、口を開けて待ちの態勢に入る。
「………………え、え、もしかしてのもしかして?」
「ほい、早うせんか。顎が痛となってきた。」
待ちぼうけを喰らい物言いたげな目で見つめる豊久。我に返ったななしは慌てて貰ったみかんをそっと口の中に入れると、その際に当たった彼の唇が想像以上に柔らかくて、思わず頬を染めるなり咄嗟に手を引っ込めてしまう。
「どげんした。」
「う、ううん……何でも……!美味しい?」
「おう、美味。」
舌なめずりしてご満悦の豊久。どうやら先程の事故については気付いていないようで、ななしはほっと胸をなで下ろした。
しかし、豊久はそれをみすみす逃す筈もない訳で。
「なんじゃ、顔が赤かな。」
「えっ、あ……これは単にこたつの中が暑くて……わっ!」
頬にペタンと豊久の手の平が覆い、思わずたじろぐななし。
「と、とよ………。」
「ん。」
退く気のない豊久はスリスリと肌の滑らかさを確かめる様に何度も撫ぜては目を細める。それが何処かこそばゆく、照れ隠しに瞼をギュッと閉じていると
「……なぁに、知っちょる、お前の指。」
「え!」
唇に当たっていた、してやったり顔で彼は笑った。
「あ……バレました……?(でも、気付くなんて、珍しい)。」
「お前の考げ事は全お見通しじゃ。……じゃっどんこげな事で緊張するか、可愛ぜ奴だな。」
よしよし、と骨張った大きな手で撫でる頭の心地良さに不思議と嬉しさが込み上げてくる。
「だって、豊久さんの唇とっても柔らかいから。」
「俺の唇がか?俺よっかお前の方がずっと柔しか。」
「私?いやいや……こう見えて乾燥で皮だって結構剥けて………。」
言訳も聞かずに豊久の視線が一点、じっとななしの唇を見つめる。瞬き一つなくブレない視線は興味津々そのもので、もしやと思い、恐る恐る彼の目の前で手を振ると
「んじゃ、試しに口吸いしても良かか。」
「えっ?」
「言訳は聞かん。」
突然に顎を持ち上げられ、目と目が合わさった瞬間に重なる唇。
あっ、と声を出す間もなく塞がれた唇に噛み付かんばかりに歯を当てる。とはいえ痛みはなく、甘く噛まれては吸われるの繰り返しで、息も絶え絶えに胸板を叩いた。
「と、よ………っ。」
やはり珍しい、彼がこんなにも積極的なのは。恋人とはいえ、恋愛に対して誰よりも不器用で疎いあの薩人豊久が……。
「(し、死ぬ…………!)」
流石に目の前がクラクラしてきた。このままでは薩人が殺人になりかねない!助けてと言わんばかりに腕を思い切り掴めば、やっとこさ離れる唇。
「息が短けな、もう"ぎぶあっぷ"か。」
「いや………っ、結構長かったですよ………!酸欠になるかと思った…!」
「ま、お前の唇が柔しのが良く分かった。」
赤い舌をチロリと出して満足そうに笑みを浮かべる。
「ね、豊久さん………今日はいつもより色々積極的じゃありませんか……?」
「そうか?まぁ、確と、お前と付きお前は女に無縁じゃったからな。ななしと出会てから不思議とそげな風になってきた。」
が、よう分からん、豊久はフンと鼻を鳴らして腕を組む。
「そいでも、お前が何よっか大切だって事は分かっ。」
「………………。」
小さく微笑みながらも、そう告げる豊久の瞳には一切の揺らぎはない。ただ一人、真剣に愛した人を死ぬまで手放さない意志は、誰よりも強い事が伺える。
……これ程に愛おしく思えるのは、後にも先にも彼しかいないだろう。
「のう、ななし。」
「ん………?」
わしゃわしゃ、ななしの髪を荒っぽく撫でる豊久。
「俺は世界一果報者じゃの。」
「……ふふ、今日は本当にどうしちゃったんですか。豊久さんらしくない事ばかりです。」
「なぁに、俺だってそげな日もある。」
徐に離れていく手を、ななしはそっと両手で包むと
「………私も、世界一幸せ者ですよ。」
その指の間に自分の指を絡めて小さく笑んだ。
「来年も、再来年も、ずっとこの先も、豊久さんと一緒にいれたら……私は……。」
「ななし。」
名前を呼んで、その身体を寄せる前に
「大好きです。」
胸の中へ飛び込んできた彼女の全身を強く受け止めた。
「…………っ、不意打ち食らった。」
「さっきのお返しですよ。豊久さんがギブアップするまで離しませんから。」
おそらく無意味なものだろう。豊久にとっては何の不利益でもないし、むしろ好都合な訳で。
「………せんぞ、俺は。一生こんままで、構わん。」
……ですよね。手にこもる力だけで、言いたい事が全部伝わってきますから。
(……ん……眠くなってきました)
(おう、そんまま寝れば良か)
(さすがに風邪引いちゃいます……)