ふと目が覚めたら、銀色の髪を靡かせ腕を組んで眠りについている男が目に入った。
(……………寝てる。)
そろり、物音立てぬよう忍ばせて息を殺し、彼の目の前まで這い寄れば、すぅ、すぅ、と静かな寝息が聞こえてくる。
(綺麗な髪………。)
開いた窓から流れ込む風に任せた銀髪が一本一本陽の光に反射して輝いた。
出会った頃から何も変わらぬ柔らかな白銀の髪、思えば自分が撫でられる事は度々あるが、自分から彼の頭を撫でたことは一度もない。故に、この瞬間撫でたいという衝動が湧き上がってしまうわけで。
(少しだけ………。)
まず指先のみ、ふわふわと宙を靡く髪だけ触れて目覚めない事を確認すると、そのまま直接撫でるように小さな手を頭に置いた。
するり、下方向へ手を滑らせるとあら不思議。想像以上の艶やかさと柔らかさ、羨ましい程に触っていて心地のいい髪だ。
(赤木さん………。)
もう少しだけ、撫でる行為を止めずに何度も頭上に戻る手。このままずっと続いたのならーーそんな暢気な事を考えているのも束の間
「………そんなに俺の髪が気に入ったのか?」
「…………っ!?」
気が付けば彼の瞼はしっかりと、だけど少し眠たそうに開けて、こちらをじっと見つめていた。慌てて謝罪の言葉を口にして手を引っ込めようとするが、彼はへらりと笑って
「別に気にしねぇよ……俺もよくお前の頭撫でている。」
「い、いえ……つい手が勝手に動いてしまいました……ごめんなさい………。」
「クク………面白え。」
「うう………。」
喉を鳴らして面白可笑しく笑む赤木。すると不意に彼の大きな手が伸びてきて、その行く先はゆっくりとななしの頭の上へーー
「………っ………。」
「お返し。」
「………………。」
「ん、どうした、嫌だったか。」
「ち、違います……!むしろ、好きと言いますか…………いえ、好きです、赤木さんの撫でる手が。」
長年麻雀を打ち続けてきた手が、今となってはこうして人にも触れている。ななしは赤木の過去を知らないが、昔と今では大分性格は丸くなっているのだ。
数々の死線をくぐり抜け、命がけの駆け引きに臆する事無く身を投じ、死する事も一切恐れない男ーー悪魔、怪物、かつてはそう呼ばれていた彼だったが、今となってはその面影すら見当たらない。
むしろ、彼女に出会ってから、生きる意味を考えるようにもなった。死ぬ時が来たのであれば、ただ死ねばいいーーそんな信念を貫き通そうと決めつけてきた赤木だが、
(……………好き、か。)
彼女が好きだと意思を伝える毎に、赤木の心は無意識に揺らぐ。家族を持つ事も悪くないとすら考えるようにもなった。ななしと一緒にいられたのであれば、自分は今まで味わう事なかった、人が言う幸福を得る事が出来るのではないか、と。
しかし、ななしは年齢が若い、それどころか親子程の年齢の差がある。故に、先に逝くのは余程の事が無い限り赤木だ。その後独り取り残された彼女はどうする、素直に好意を受け入れて、死んだ後悲しむ姿を想像するだけで
「………なぁ。」
「………はい?」
「後悔しねぇのか。」
「……………………。」
「気持ちは嬉しい………だがな、俺は見ての通り歳も食ってる。………今からでも」
「赤木さん。」
凛とした声に思わず言葉を止める。
彼女の顔を見れば、それはもう悲しそうな顔をしていて。
「私は、赤木さんを好きになった事を決して後悔していません。貴方に出会ってから一度も不安、苦しくて辛い、そんな否定的な考え……した事無いです。」
「……………。」
「むしろこうして赤木さんといられる時間が愛おしいんです。頭を撫でられる度に、ますます愛おしさが込み上げて、もっと傍にいたい……そうして頭の中はいつだって貴方の事でいっぱいなんですから。」
すう、と一呼吸。
「だから、何度でも私は言います。大好き、愛している……そう……最期の散り逝くその時まで……。」
「……ハハ……!敵わねえなぁ。」
こんなオッサンの何処に惚れたんだか、そう笑みをこぼして眩しそうに目を細める。
「……そ、そう言う赤木さんは……私の事……。」
想いを言い切ったななしは、自ら告白した事に急に恥ずかしさを感じ、みるみる小さくなっていく語尾。赤木がどう思っているのか、自分ばかり想いを打ち明けてばかりではある意味公平ではない。
すると暫く黙り込んで、カチッとライターの音を響かせたと思えば、煙草の煙がゆらりとのぼる。煙草を加えた口元が緩むと、赤木は再び彼女の頭に手を乗せて
「俺には勿体無いくらい、愛しいに決まってるだろうよ。」
と、はにかんで彼女の口に優しく口付けをした。
(死ぬ時まで、俺は忘れないさ……。お前に出逢わなければ……知る事もなかった……その愛しき面影も思い出も……。焼き切れる前に、俺は俺のまま、お前を抱いて飛散しよう)