「吉継さん、今日は何の日か知っていますか?」
「今日……まさかななしの誕生日だったのか……。」
「いいえ、10月31日といえばハロウィン。アメリカでは民間行事として定着し、お菓子を貰う為に家々を訪れたりする風習があるんです。
今も外で祭やっているんですよ、もし良ければ一緒に行きませんか?勿論、仮装してですけどね。」
「仮装……それは俺もするのか?」
「はい、是非とも!」
「そんな流れもいいだろう、ななしが行きたいのなら行こう。」
吉継は頷いて部屋を後にした。
「すごく似合っていますよ!吉継さん。」
「………そうか、言われてみれば確かに着心地は悪くない。」
RPGに出てくる魔法使いの衣装を見事に纏う吉継、しかし口元は相変わらず隠したままだ。その為表情は全く見えないが、嫌ではなさそう。
「そういうななしも似合っている。」
「ふふ、ありがとう。実はこれ手作りなんです。」
くるりと回るななしが着こなすのはシスター、胸に小さめの十字架を掛け、下はスカートの様に短めで少し変わった衣装。
「……手作り、ななしは裁縫が出来たのか。」
「はい、一番好きな趣味ですから。そして、シスターは迷える子羊を救いますよ!なんてね。」
聖書を掲げてポーズを決めるななし、しかし慣れないヒールの所為で足はあっという間に持っていかれてしまった。
「きゃあ!」
しかし襲う筈の痛みはなく、いつの間にか支えられていた腰。恐る恐る見上げれば涼しい顔をした吉継の顔が間近にあった。
途端に紅潮する顔を聖書で隠し、誤魔化し笑い。
「あ、ありがとうございます。ついはしゃいじゃいました……。」
「ふ、まるで子供みたいだな。」
「そうですよね!いやぁ……お恥ずかしい所を見せてしまいました。」
いざ整った顔が目の前に迫ると何も言葉が出なくなってしまう。だが吉継はこういう事には鈍感だ、ななしが照れているなど何とも思っていないのだろう。
少しだけ悲しくはなるが、仕方ない。
「あの……そろそろ。」
「ああ、すまない。」
これ以上触れられているとどうにかなりそうだった。優しく体勢を戻してもらい、頭を軽く下げる。
「えっと、とりあえず街に行きましょう。皆さんも色々な衣装を着て歩いていると思います。」
「そうだな………だから、知っている者もいるかもしれない。」
知っている者と言えば、親友の高虎だろうか。ななしも知り合いで時々喫茶店で一緒に話す事もあるが、何故かそういう時だけ吉継の機嫌がよろしくない。理由を聞き出そうにも無言を貫き通すばかりで正直お手上げだ。
「そうですね、その時はトリックオアトリート、って言ってみましょう!」
「トリック……オア……。」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!っていう意味です。さっき話した、家々を訪れてお菓子を貰う風習を今度は知っている人に言うんですよ。その方が馴染みがあるから言いやすいと思いますし。」
「成程。」
うん、と納得した吉継はステッキを持って先に歩き始めた。後を追うようにななしも聖書抱えて付いていく。
案の定街は仮装した人々で溢れ返っていた。カボチャの被り物やミイラ男、吸血鬼等々、様々な格好をした人達が楽しそうに場を盛り上げている。ななしは目を輝かせて心を大いに弾ませた。
「凄い!今年は特に多く集まったんだね!」
「去年も行ったのか。」
「あ、はい。高虎君に誘われて…………っあ。」
しまった、つい口が滑ってしまった。
「………そうか。」
吉継は遠くで空に昇っていくバルーンを見つめて呟いた。少しだけ気まずくなる雰囲気、しかしここで切り返さなければきっと後悔してしまう。
「……でも、本当に来たかったのは吉継さんと。去年は仮装なんてしませんでしたし………。」
「ななし。」
「何ですか?」
「俺となんかより、高虎と来た方が良かったのでは……。その方が楽しかったと俺は思う。」
まさかそんな言葉が出ると思わず、
「…………大好きな吉継さんとじゃなければ……絶対に嫌ですっ!!」
人目も憚らず叫んでしまった。全員ではないが、少なくとも近場にいた人間は驚いて目を向ける。はっと我に返るなり焦る心。
「あ………えっと、その………。」
かぁ、と頭に血が上るのが分かる。どうにかして抜け出したいが生憎広場のど真ん中、逃げようにも逃げられない。
「………すまない。」
そんな中申し訳無さそうに謝る吉継。それすら罪悪感を感じて思わず彼の手を引いて人混みを必死に掻き分けていった。
「…………ななし。」
時々名を呼ばれるが、お構いなしに走り抜ける。足はすっかり痛めて赤く腫れていたがそれすらも忘れる程に懸命に駆けた。繋がれる手に僅かな温もりを感じ、ふと切なくなる心。
どうか、謝らないで下さい。
私は高虎君じゃなくて、吉継さんが好きなんです。
「……………はぁ!」
人気の無い場所に辿り着けば、ぜぇぜぇと息を切らす。よく転ばないでここまで来たものだ、と自分を褒めるが、それどころでは無い。乱暴に連れ回して吉継は怒っているだろうか。恐る恐る振り向くと、
彼は怒る事無く、穏やかな目をしていた。
「…………嬉しかったぞ、ななし。」
「………え、あ………。」
「俺はてっきり高虎が好きなのかと思っていた。……だが、お前は俺が良いと言ってくれた。」
だから、いつも彼と楽しく話していると不機嫌だったのか。つまり、それはやきもち。
「…………はい、私は……吉継さんが好きです。たまらなく大好きなんです。」
すると吉継は軽く手招きをする。何だろうとななしが近付くと、腕を掴まれてバランスを崩した。
「わっ!?」
そのまま吉継の胸に縋る様に抱き付き、一気に強張る身体。一体何が起きているのか、ななしは思考を必死に巡らせた。
「……………ト。」
「……………ト?」
口元が隠れている所為で上手く聞き取れない。耳を傾けてもう一度言って欲しいという仕草を向けた。
「…………トリック、オア、トリート。」
「…………!」
まさか、こんな時に言うとは想像しておらず、言葉を失ってしまった。
「菓子をくれないのであれば、イタズラをするが………。」
「も、持っていませんよ………!ああ、どうしたら………!」
本気で焦れば、ならば、と何故か口元を隠していた布をずらした。薄く綺麗な唇が姿を見せ、彼の滅多に見る事の出来ない全貌が明らかとなった。
吃驚して見つめていれば、彼女の唇に触れる何か。
「………………!」
優しく互いの唇が重なっていた。
ほろ甘い口付けが深く施され、次第に意識が良い意味で朦朧としてくる。普段見せる事の無い口元を見れるだけでも珍しいのに、キスまでされるとどうしようもなく愛おしさを感じてしまう。
目を閉じて暫く堪能すれば、どちらかともなく離れた。ぷつりと途切れる糸。
彼の優しく撫でる手が心地良い。
「……あの………呪いません?」
「今回は俺のイタズラ、以降はそうするかもしれない。なにせ今の俺は魔法使いだからな。」
冗談交じりに言い合い、笑いながら再び抱き締め合った。
(高虎君……今年は狼男やってるんですね)
(だからといって何故手ぬぐいを首に巻いている)