いいですが、俺も一緒に行きますよ

「ん…。」

目が覚めると未だ見慣れぬ天井、そして横を向けば見慣れた男性。寝息を立てて目を閉じる彼の姿が何とも愛おしや、ななしは微笑ましく目を細めるとゆっくり身体を起こす。彼を起こさないように、布の擦れる音を最小限に抑えて立ち上がろうと手をついた時。

「ななし…………。」

「……ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」

一段と低い声がななしの耳を打ち、思わず鈍い身体を強張らせた。そっと目線を向ければ、薄っすらと目を開けては眩しそうに眉間に皺を寄せる法正。立とうとするななしの右手をしっかりと掴むと、寝起きの温かい体温が一気に伝わりそこに熱が集中していく。

「行かないで、下さいよ。」

「……ふふ、お水を飲みに行くだけですよ。何処にも行きません。」

安心させようと、くしゃりと乱れる彼の髪をそっと優しく撫でるが、なかなか曇った表情は変わらない。

「なら、俺も行きますよ…。」

「良ければお持ちしますよ?」

「……いや、行く。」

「でも、まだ目覚めたばかりですし。」

「行くと言ったら行きますよ…ああ、何度も言わせないで頂きたい。」

何故そこまで意地になるのかさっぱり分からなかったが、上半身を起こして欠伸をする彼を見ていたら不意に気が緩み和んでしまった。

男なのに何だか可愛らしい、しかしそんな事を言ってしまえばきっと貴方は怒ってしまう。ななしは心の中でそっと笑みを零した。

「……どうした、やけに上機嫌だな。」

「いえ、気の所為ですよ。さ、行きましょう。」

未だぼんやりと見つめる法正の手を引いて水を取りに行く。二人の足音が大小交互に鳴り響き、どちらの物かはっきりと分かる程に差が出ていた。

飲み水がある部屋に入ると同時に、彼の足音だけがぴたりと鳴り止む。

「ななし。」

「はい、何でしょう…法正さ……。」

再び名を呼ばれ、足を止めて振り向くと同時に何かに包まれる。それは勿論、彼の逞しい腕と厚い胸板で、思いもよらぬ行動にななしは思わず肩を揺らした。

「ど、どうしたんですか…!?」

「……逃げられませんよ……俺から。」

「……それは、どういう………。」

少しばかり距離を置くとぶつかり合う目と目、射抜くような眼光に捉えられ迂闊に逸らす事が出来ない。しかしそんな強気な目付きをしているにも拘らずそれは何かに怯え、何かを恐れている瞳だと、ななしは無意識に法正の隠れた気持ちを悟った。

「……貴女だけですよ、今でも俺を信頼してくれるのは……他の奴等はすっかり怯えて逃げて行くというのに。…まぁ、他者からの信用性はどうでもいいとして、ななしだけはどうにも調子が狂ってしまうのは事実。」

「………。」

「つまり、先のように何も言わず離れていくのが嫌なんです。まるで信頼されてなく、俺を忌避するようで。」

逃げる気など、貴方を好いた時、いや、それ以前からも無い。いつの日か法正に背中を向けて去ってしまうのではないか、そんな恐れを抱いているのだとしたら。

「そんなの……。」

「無いと、言い切れるんですか?」

「……無いと言い切りたいです。言葉で全てを示すのは難しいですが……。」

それでも行動や愛情表現で満足出来るのであれば、彼を存分に愛したいし愛されたい。
若しくは二人の間に二度と外れぬ枷でもあれば証明出来るかもしれないが、そんな物ではとても足りぬ程に深く溺れている。

「なら、貴女の言う行動や愛情表現でたっぷりと示して欲しいですね。」

そっと己の唇に人差し指を置いて笑う法正。それが何を意味するか、すぐに理解したななしは頬を染めて戸惑いの表情を見せた。すっかりこちらの心が読まれてしまってる。

「私から…ですか?」

「ええ、勿論貴女から。」

既に腰辺りにしっかりと両手が置かれ、逃げ場は失っている。言い切ったからには照れ隠しで誤魔化す事など彼の前では無意味同然。眼前にある胸板と顔を交互に見合わせ、恥じらいに唇をきゅっと結んだ。

「どうしました、ずっとこのままですよ。」

涼しい顔していつもと変わらない余裕の態度だが、やはり不安なのか、その口元は若干ながら引き攣っている。

「目を…閉じて下さい……。」

さすがに見られながら口付けをするのは相当の勇気がいる。そう懇願すれば、法正は静かに目を閉じて顎を下向きにした。

そっと、最初は触れるだけの接吻。互いの柔い唇の感触を味わいながら徐々に深くしていき、時々感じる息遣いを見ては隙間から呼吸を取り込んで行く。

「ん…………っ。」

「………っ、は………。」

自ら攻める口付けに慣れぬななしは拙いながらも必死に舌を入れて彼の生暖かい舌を絡みとった。ざらり、と唾液と共に感じる舌触りにななしは興奮に近い昂ぶりを覚える。
そうして緩やかに口内が撹拌したかと思いきや、なすがままにされていた法正が突然唇に噛み付いて口内を引っ掻き回し始めた。勿論本気ではなく吸い付くような噛み付き方だが、先とはほど遠い位に激しい行為へと変貌を遂げた。

「ん、ぅ……!」

混ざり合う水音を態とらしく立てては、逃さまいと後頭部を押さえ付けて徹底的に侵していく。酸素を求めて胸板を叩くが、お構いなしに口付けを繰り返す法正は激しく感情を高ぶらせていた。そうして漸く離れると、色っぽく吐息を漏らす。

「随分と艶やかだな……ななし。接吻だけではますます物足りなくなってきましたよ。」

ぺろりと妖しく舌舐りし、口端から零した液を掬い上げていく法正。噛み付かれた所は若干ながら赤く充血していたが、激しかった割に痛みはそれ程ない。ななしは乱れた息を整えながらも目尻に小さく涙を浮かべた。

「法正……さん………。」

「最高の愛情を見せるにうってつけなのは…そうですね、貴女が俺の子を孕む……どうでしょう?」

そうすれば二度と俺から逃げる事も出来ませんし。そんな言葉が今にも聞こえそうな気がしたが、不思議とななしは恐怖を感じなかった。

「ああ、そんなに嬉しいんですか。顔が綻びてますよ。」

そんなのは言わずと知れた事、彼と本当の繋がりが出来る事に嬉しさを隠せる訳がない。酸素を失って朧気ながらもそれだけは素直に頷けた。

「何度でも言います………貴女はもう逃げられませんし離れられませんよ。例えこの先、どんな事が起きようと……死ぬまで、悪党であるこの俺と一緒だ。」

嬉々と口角を吊り上げると、再びななしの唇を貪らんばかりに噛み付いて押し倒した。

そうして施しを受ける中ななしは感じていた。仮に私が何処かに逃げたとしても彼はあらゆる手段を駆使して見つけ出し、最悪の場合は殺めてしまうかもしれない、と。
しかし、それが彼なりの最上級な愛情表現ならばそれでも構わない。それで彼が満足してくれるのであれば、喜んでこの名もなき命を差し出そうではないか。

「………孝直……さ………。」

「ななし…………愛している。」

俺が貴女を好きになったら最後、その口に甘ったるい程の劇薬を流し込んで、動く事すら叶わない位に痺れさせよう。それだけの報いを受ける覚悟は、とうの昔から出来ているのだから。




(愛ほど人を狂わせる物はない……こんな悪党でも、貴女を前にすると平然でいられない)