怖くないよ

私の大切な人は、周囲から怖さのあまり近寄り難い男と度々言われている。とはいえ本人は決して怒っている気はなく、むしろ優しく接しようと思い悩む姿ばかり目に入っていた。

ああ、言っていいものだろうか、それが何よりも愛らしい人であると感じてしまった。






「お待たせしました、張遼さん。」

「うむ、私も今しがた着いたところだ。」

そう言って顔を合わせる二人は、いつもと違う雰囲気を醸し出している。ななしは女性らしさを引き立たせた淡い紅の浴衣、張遼はシンプルながらも様になっている黒の浴衣。と言うのも今日は近所の神社にて祭が行われるという話を聞き、居ても立ってもいられないななしは直ぐさま張遼に誘いの言葉を掛けたのであった。

勿論、それには快く承諾をした彼だった、のだが。

「まずどこに行きましょうか。花火が上がるまではまだ時間がありますし。」

「そうだな……そなたは何か欲しい物はあるか?」

「欲しい物、ですか?うーん……何も食べてきていませんので、まずは食べる物が売ってる屋台とか回ってみたいかな……。」

「そうか、ではそうしよう。」

そう言って微笑む張遼にななしは微かではあるが心臓の鼓動が乱れる。普段なかなか見せることのない笑顔に、思わず安堵の表情を浮かべてしまった。

それなのに、

(どうして皆はあんな事言うんでしょうか)

楽しい気持ちで屋台を見回りながらも、ななしの心に支えた気持ちは何処か晴れなかった。

しばらく道なりを進み、焼きそば屋辺りで足が止まる。

「何か良い物は見つかっただろうか。」

「……………。」

「ななし殿?」

「へ?……え、あ、すみません!」

心配そうに覗き込む張遼はさながら真剣で、つい反射的に声が上擦って謝ってしまった。

「…………すまぬ、怖がらせてしまったか。」

「ち、違います!そうではなく…………そう!食べたい物が多すぎて、悩みに悩んでいたんですよ。食べ過ぎは女子の大敵ですからね!」

と言って誤魔化す自分の姿が何とも痛々しい事か。しかし、自分の所為で自責の念に駆られている張遼も放ってはおけない。

「むう……本当にそう思っているのか……。」

「本当ですって、何なら私の体重聞きたいですか。口が裂けても言いたくないですが……どうしてもと言うのならば仕方ありません、乙女の秘密ですよ。」

「い、いや……遠慮する……それならば良いのだ。」

こちらの真剣な眼差しを察したのか、張遼はそれ以上は何も言おうとはしなかった。とりあえず誤解が解けて良かったが、やはり彼は、気にしている。

「張遼さん、私、焼きそばがいいです。ちょっと買って来ますね。」

と、歩き出した直後、突然手首を掴まれて

「………いや、私が買って来よう。」

と、ずいっと前に乗り出した張遼。

「い、いえ、これは自分のですし……!」

「私も同じ物を買おうと思っていたところだ。」

そう言うなり張遼は屋台のおじさんに焼きそば二つと声を掛ける。はいよ!と威勢のいい声が返って来て鉄板の上にある焼きそばがギッシリとパックの中に詰め込まれた。

そうして作り立ての焼きそばを貰い、ななしは眉尻を下げつつも嬉しそうな表情を浮かべてそっと礼を述べる。

「ありがとうございます。」

「いや、気にする事ない。」

いただきますとご丁寧に手を合わせて一口、青のりとソースの香りが口の中いっぱいに広がり、堪らず頬が緩む。

「美味しい……!祭に来たっていう実感が湧きますね。」

「そうか、それは良かった。」

満足そうに頷いては同じく焼きそばを口に運ぶ張遼。

「…………あ、あれって、射的ですよね。」

立ちながら食べていると視界に入る射的の店。カップルや子供達が楽しそうに鉄砲を持って景品に狙いを定めている。

「わぁ……いいですねアレ、凄く可愛い。」

「アレ、とは……?」

「えっと、あの寝そべってるクマのぬいぐるみです。」

指差す方に目を向ければ、子供が今丁度狙いを定めている小さなクマのぬいぐるみ。しかし、何発当ててもなかなか落ちず、もどかしく地団駄を踏んでいる姿が見えた。

「ああ………。」

とうとう諦めたのか、その少女は肩を落としながら母と一緒にその場から離れてしまった。その後ろ姿が何とも言えない程に可哀想で、思わずななしは唇をきゅっと結ぶ。

「ななし殿?」

「…………えっと、私、どうしても欲しいのでやってみます。」

店の人にお金を渡すと、銃口にコルクを詰めて出来るだけ腕を伸ばし、静かに狙いを定める。勿論こういう事はやったことが無いので持ち方など素人同然だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる精神だ。……まぁ、これでは先程の子供の打ち方と変わらないが、そこそこ身長を活かしなるべく距離を詰めるしかない。

「……………………。」

スコン、軽い音が鳴るなりぬいぐるみに的中するが、やはりそう簡単にはいかないもので。その後も何回か狙い撃ちするものの、なかなかどうして景品は落っこちない。

「ああー、惜しいね嬢ちゃん!」

「………うーん……やっぱり、駄目ですよね……。」

半ば諦めの心でいると、後ろで見ていた張遼が

「貸してみるといい。」

と、彼女の抱えていた銃を取ると、同じようにコルクを詰めて袖を捲くり上げた逞しい腕をうんと伸ばした。

「………あ……。」

鋭い目を光らせる勇ましいその横顔にななしは一瞬足りとも瞬きが出来なかった。賑わっている周囲の音すら感じさせない程の張り詰めた緊張感。彼なら上手くいく、そんな祈りを込めながらじっとその瞬間を待ち続ける。

そして、一発目が発射され、ぬいぐるみに目掛けて光の速度で飛んでいくと

「………あ…………嘘。」

「うむ………こんなものか。」

ぬいぐるみは重心を失ってすんなりと後ろへ落ちた。自分達が何発もぶちかましても取れなかったぬいぐるみが、いとも容易く張遼の一撃の射撃によって見事成功したのだ。

目を丸くして瞬きを繰り返す中、ハッと思い出したように我に返り、ななしは飛び跳ねて割れんばかりの拍手をした。

「す………凄いです張遼さん!まさかこんなすぐに取れるなんて……。」

景品のぬいぐるみを貰うと張遼はそっと彼女の前に差し出した。しかし、それを見つめたままななしは言いにくそうに目を泳がせて、うずうずとその場で足踏みを始める。

「?」

「あ、あの………私の為に取って頂いて、本当に嬉しんですが………その………。」

「………もしや、先の子供か………。」

ピンと来た張遼は静かに頷くと、

「行ってくるといい、私では怖がられてしまう。」

「そ、そんな事ありませんよ!一緒に行きましょう。私もいますからきっと大丈夫です。」

「いや……それは止めておいた方が子供の為だ。そなたが渡せば何も……。」

ここで互いに譲らぬ論争を繰り返していてもキリがない。ななしは一呼吸すると、張遼の徐に手を取ってスタスタ歩き始める。

「ななし殿……!」

「私は、張遼さんを怖いなんて思った事ありません。だから………自分を否定しないでください。」

「……………。」

おそらくまだそう遠くへは行っていない筈だ。人混みを掻き分けつつ頭にお面をつけ水色の浴衣を着ていた少女を探し出す。

すると、母といた彼女は今まさに神社の鳥居を潜って帰ろうとしていた所であった。

「あのっ!」

疎らとなった人の中、凛とした声に親子は何事かと振り向く。

「あの………先程、射的でこれを取ろうとしていましたよね。」

ぬいぐるみを持ったままの張遼は、やはり居心地悪く目を地面に落としている。

「張遼さん。」

優しい声色に再び彼女に目を向けると、絶対に大丈夫と言う声が聞こえたような気がした。

……いや、言っていたのだろう。

今まで普通にいるだけでも恐れられていた自分は、この先決して守るべき人が出来ないと諦めていた。彼女と初めて出会った時ですら上手く笑えていなかった、むしろ敢えて遠ざけようと態と顰めた態度もとっていた事もあった。

「…………私と彼女で取ったのだ。………受け取っては、くれぬか。」

それでもななしは怖がる素振りを一切見せず、それどころか笑顔を見せては優しく接してくれ、いつしか自分の中で大きな存在になりつつあった。

「…………いいの?」

「ああ、そなたの為に取ったのだからな。」


己の閉じてしまった心を開けたのは、誰でもない唯一人の彼女。差し伸べる手を握って、今は信じてみるだけだ。



「………ありがとう!」

子供は笑顔で張遼からぬいぐるみを受け取ると、嬉しそうにクルクルと回り始める。母は礼を述べて何度も頭を下げると、二人は幸せそうに鳥居を潜って帰っていった。

「…………良かったですね、喜んでもらえて。」

「………ななし殿。」

「はい、何です………か。」

引き寄せられた身体が向かった先は張遼の腕の中。何が起きたのか分からず瞬きを繰り返し、事実起きた現状を理解するなりみるみる頬を紅潮させた。

「ち、張遼さん……!?」

「そなたは………勇気を与えてくれる女神だな。」

「女神……?いえ、そんな大それた物じゃありませんよ私……!」

「いや、こうして子供と上手く接する事が出来たのは初めてだ。………何ものにも代えがたい事であるが故、私は………。」

ギュッと腕に力を込める。

「そなたに出会えて、良かった。」

「張遼さん………。」

瞬間、天高く上がる光に目が奪われる。

「あ、花火……。」

「もうそんな時間になっていたのだな。」

打ち上がる数多の光が街に降り注ぎ、心地よい音が鳴り響く中で、二人は抱き合いながら一時を過ごす。

「…………あの、私も、張遼さんに出会えて本当に良かったです。だから、どうかこれからもお側にいる事、許してもらえますか。」

張遼の方に顔を向ければ、羞恥に耐えているのか僅かながら顔が引き締まっている。それでもこちらの視線に気付いたのか、目を合わせるなり自然と穏やかな表情を見せた。

「……それはこちらの台詞。どうかこれからも、私の為に………。」

今日一番の花火が打ち上がると同時に、二人のシルエットが緩やかに重なり合った。





(あの……ウチの子にも景品取ってもらってもいいでしょうか)

(わぁ……何だか射的の名人として有名になっちゃってますよ、張遼さん)

(……………なんと……………)