「ああ、やっと着きました…。」
ドサッ、と重々しい音が床に響き、重荷より解放された指先と腕が軽々しい。見上げればそこはいつもの聳え立つビルとは別世界で思い描いていた和の風景が延々と広がっている。
「ああ、途中の渋滞がなければ最高だったんだがな。」
「はい……でも、この疲れを温泉で癒せると思えば、何となく気が楽になってきました。」
「………ななしらしいな。」
フ、と短く笑みを綻ばせるのは青い爽やかなマフラーを巻いてカジュアルな服装を完璧に着こなす高虎。後ろに持って行かない前髪を靡かせて微笑む姿は反則的に格好いい、そんな照れくさくむず痒い気持ちになってしまったななしは、軽く咳払いをすると誤魔化すようにフロントの方に手続きを済ませに行く。
「いい、俺がやる。」
「あ……。」
握るペンをするりと抜いて高虎は筆を走らせていく。存外達筆な字にななしも釘付けになって目が離せない。
「高虎さんって、本当に字が綺麗ですよね。」
「世辞はよせ。…それと、「さん」付けはするなって何度も言っただろう?」
「そうなんですけど……どうしても慣れなくて………。」
「……何だか他人行儀みたいな気がして、恋人らしくない。」
そう言って書き終わった紙をフロントの方に見せる横顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
申し訳ない気持ちになったななしは空いている左手を控えめに握り締めた。
「……ななし?」
「せ、折角二人きりで旅行に来たんだから、ゆっくりしていこうね……高、虎……!」
さん、を何とか付けないで唇をキュッと結んだ姿が愛らしい。嬉し気分になった高虎はななしの頭を数回撫でて繋いだ左手を握り返した。
案内された部屋に辿り着き見渡せば、まるで時代劇に出てきそうな程に風流ある座敷。窓から見える景色も季節に応じて色とりどりの植物を魅せ、一本の大きな木が白い花弁を風に踊らせて幻想的な世界を作り上げていた。
圧巻され、言葉を失うななし。高虎もまた目を洗われる思いでその桜の木を見つめていた。
「………ここ、そんなに高い所じゃないだろう。」
「えっと、普通の値段です、よ。」
「凄いな、まるで武将か何かになった気分だ。」
「あ、本当!高虎さ……高虎は、どこか武将みたいですよね!それらしい風格を持ち合わせていると言いますか……。」
「そうか?……そういうあんたこそ、姫様みたいな感じだがな。」
「ひ、姫……私、そんな上品な女性には程遠い存在なんですけれど……。」
「いいや、少なくとも、俺にとってななしはそういう存在だ。……なぁ、ななし姫?」
そう言って悪戯に目を細める高虎。そう言われてしまったら返す言葉もない。
「うう……高虎の意地悪。」
「悪い悪い、それよりも、だ。」
荷物を置いて襖を開くと、そこにあるのは館内用の浴衣。
「まずは風呂に行くか。さっさと疲れを取ってこの素晴らしい部屋でゆっくり過ごすとしよう。」
「はい!」
爛々と目を輝かせてななしは可愛らしい花柄の浴衣に袖を通した。
「熱い…………。」
風呂の温度が想像以上の熱さな為に膝まで入れるのがやっとである。季節が夏というのもあって源泉掛け流しの温度も自然に高くなっているのだろう。ななしは何とか熱さに身体を慣らしながらゆっくりと浸かる。
「ふう………早く宿に着いたから、誰もいない。」
辺り一面緑に囲まれた景色で、清らかな鳥の囀りと蜩の鳴き声だけが広々とした露天に木霊する。そんな心地よさに瞼をゆるりと閉ざしていると、
「ななし、一人か?」
と、隣にいる高虎が声を上げた。
「はい、こっちは誰もいませんよ。そっちの方もいないんですか?」
「ああ、どうやら俺達が一番乗りらしいな。」
「ふふ、なんだか得した気分かも。」
やけに近く聞こえる彼の声は、まるで隣にいるような雰囲気にさせて身体が違う意味で火照っていく。幸いにも大きな壁がある為にその姿は相手に見られないのが唯一の救いだが。
「…………なぁ。」
「はい、何でしょうか。」
「………いや、何でもない。」
すると立ち上がる水音がして、水に濡れた足音で何やら露天から遠ざかっていく。不安になったななしが引きとめようと口を開いた直後
「………覚悟しておけ。」
と、意味不明な言葉を呟いてそのまま中に入ってしまった。その言葉の意味が分からないななしは、とりあえず出て行くのを確認した後、自分もまた身体を洗いに中へと静かに赴いた。
「美味そう。」
「え、お土産のお饅頭?」
「馬鹿、料理がだ。」
廊下で度々すれ違うカートに並んだ料理が空腹感を刺激して目に毒である。
「この土地の料理っぽいですよね、見た事のない魚もありますし。」
「ああ、俺達の所にもそろそろ来る頃だろう。早く帰ろう。」
足早に歩く高虎に付いていこうと彼女もまたカランコロンと慣れない下駄を鳴らす。時々躓きそうになればそれに気付いた高虎が手を引いて歩く速度を遅めてくれるから、嬉しくなってつい指を絡めた。
「お待たせ致しました。こちらが本日……。」
料理の説明を受ける他所で目を爛々と輝かせるななし。既にその手には箸があり、今にも食いつきそうな勢いだ。
「全く、食い意地だけは一丁前だな。」
「あっ………いや、その、つい……ごめんなさい。」
「なんで謝るんだ。……ほら、口開けろ。」
口?と首を傾げるが、高虎が箸で掴んだ煮物をこちらに向けていると分かったと同時に嬉々と口を大きく開けた。
「……餌付けしてる気分だ。」
「……もう!」
「はは、すまん。」
「だったら私だって……あーん!」
「待て、そんなデカい具を俺の口に押し込む気か……!」
「あの……これで以上になります。ではごゆっくり……。」
気まずそうに苦笑いをした仲居に気付いた二人は、気恥ずかしそうに軽く会釈をして暫く押し黙った。鍋を煮る音だけが沈黙する部屋に異様に響き渡る。
「……………とりあえず、食うか。」
「そ、そうですね、冷めてしまったら、勿体無いですし。」
と、箸を取り直すと二人は一斉に笑い合い、料理が美味しく片付くまで他愛ない話で過ごした。
しかし、覚悟しておけ、その言葉の真実を知るのはこの直後ーーー
「わぁ、夜の景色も幻想的。」
夜は夜で月に照らされる闇色の景観が愛でる程に美しい。時々淡く光る蛍がより一層魅力的であり、まるで夢現のようだと賛嘆した。
「そうだな、水面に映る月を捉えたくなった。」
「あ、それって有名な話ですよね。ある詩人が酒に酔って月を捉えようとして舟から落ちた話。」
「ああ、まぁ伝説に過ぎないが……それくらい魅せられた、という事だ。」
「ああ……本当に………綺麗な月………。」
「………なんだ、姫は月に帰りたくなったのか。」
「またその話ですか……!しかもかぐや姫ですし。色々な話が混ぜこぜ過ぎて、も、う……。」
ーー目の前は暗い。夜の深さの問題ではなく、眼前にある者の問題だ。
今自分の状況はどうなっているのか、それに気付いた時には既に高虎の腕の中だった。
「あ………高、虎………。」
「…………俺だけを見てくれ。」
「…………月に、妬いたんです、か。」
「かもしれない……が、らしくもないな。」
「………ふふ、でも先に話をしたのは高虎からですよ。」
「ああ、そうだな、でも……」
焦がれる想いは止められない。
「………あの……………高虎……?」
「なんだ。」
「………その、まさか………今、するんですか。」
「俺を生殺しにする気か。そんな開けた浴衣で密着して。」
「そ、それは貴方が……っ、ひぁ!」
胸の谷間にするりと忍ばせた指が冷たく、思わず可笑しな声が上がる。逃げようにも腰をしっかりと掴まれて攀じる事でしか抵抗にならない。ななしは中で蠢く指遣いに根負けし、高虎の耳元で甘い吐息を漏らしては昂ぶる感情を更に燻った。
あまり見る事のない、後ろに立てた髪はすっかり下ろされて、色気溢れた逞しい胸板を浴衣から覗かせている。目を泳がせている内にそちらに目が釘付けになってしまい、ななしの気持ちも次第に欲情的へと変わった。
鋭い目が彼女の瞳を捉えて離さないーーー乱れた浴衣から投げ出した太腿に手を這わせ、上へと指を滑らせては先程穿いたばかりの下着に手を掛ける。
「やぁっ………高虎………あっ……。」
呆気無く膝まで下着はずり落ち、曝された秘所を指で押し広げては容赦なく秘豆を弄っていく。膨れて主張する豆を摘んで捏ねれば、より甲高い声が響いて、高虎も堪らず口角を上げた。
「気持ちいいか……。」
「あぁ……っ、それ、駄目、ぇ……!」
「駄目、なのか。」
絶頂に導かんと速度を速めれば、彼女はあっという間に昇り詰めて全身をぶるりと震わせた。しかし休みはない、荒くなる息遣いに追い打ちをかけるように唇を塞いで谷間に突っ込んだ手で胸を執拗に揉みしだく。吸い付くような柔らかさに酔い痴れ、彼の下腹部は痛い程に押し上げた。
「………ったく、その気にさせるのが上手いな、あんた。」
「わたしっ……じゃ、な……んっ!」
「そうか……じゃあ無意識にそうさせているのか。」
既に濡れそぼつ蜜壺に指を挿れ、含羞の色を浮かべる様子をくつくつ愉しむ。激しく主張する己を抑えつつ、彼女の喘ぐ声を精一杯部屋に木霊させた。
「た、か……とら、ぁ………もう、私………。」
「ああ、分かってる。俺だって辛い。だが、ギリギリまで愉しみたいとも思ってる。」
まぁ、それもここまでか。薄ら笑みを浮かべて高虎は浴衣をずらすと一気に陰根を再奥まで突き上げ、その衝撃にななしは瞠目させて艶めかしく声を張り上げた。
「くっ、反則だろ……その声。」
「やっ、……ちが、あぁ……ん!」
「馬鹿野郎……俺の理性をぶち壊す気か。」
清楚な乙女はいとも容易く色気のある女性へと変貌し、涼やかで端正な顔立ちをした青年はあっという間に獲物に食らいつく獣のような男性へと変貌する。
高虎は彼女の身体を押し倒して両脚を自分の肩に掛け、更に奥へと入り込むように深く腰を揺らす。鍛えぬかれた腹筋が律動によって僅かに揺れ、夏の暑さによって額からはじんわりと汗が滲んで色っぽい姿を曝け出した。
「…………きつ、」
快感から生まれる無意識の締め付けは想像以上に高虎の絶頂を早める。少しでも気を紛らわそうと、ななしの開いた唇を荒々しく塞いで舌を熱い口内に送り出すと、貪り食らうようにねっとり舌を掻き回し、甘い幻覚を齎す混ざり合った唾液は喉仏をゴクリと鳴らして飲み干した。
酸素を求めて唇を離せば、光ってゆっくりと途切れる互いを繋いだ銀糸。
「………っは、………ななし……。」
霞んだ視界の中で鋭く目を細めれば、組み敷く下で月明かりに照らされたななしの姿。その姿があまりにも艷やかで、思わず惹かれて心を奪われた。
水面に浮かぶ幻影な月とは違い、手を伸ばせばすぐそこに在る愛しき者。
「あぁ……っ、高虎……ぁ、好き、大好、き……です……。」
足りなくなった酸素を吸い出すどころか、最高潮に興奮気味なななし。高虎も胸板を上下に揺らして妖しく笑むと、腰を掴んでいた手を彼女の頬に添えて
「…………俺は、愛してる……っ………朝まで、抱いて壊れるくらいに、な……!」
「ーーーー、あーーーー」
愛してる、と言いかけたその直後、奥へと穿つような勢いと白濁液の放出に目の前が真っ白になる。細い腰を弓なりに反らし、口をぱっくり開けて全身を痙攣させた。
どくどくと脈を打っては彼女に流れ込む欲液。すぅ、と息を吐いて抜き取れば入りきらない混合液が勢い良く布団を汚した。
「……………さすがに不味いか。」
今更言っても遅い。白い布に染み込んだ液は薄く色を変えて最深部へと姿を消していく。
…未だ余韻に浸る彼女には分かっていないようだ。ああ、いっそ思い切って全部塗り替えてしまおうか。
「なぁ、ななし。」
「………………ん…………。」
「俺の子を、作ってくれ。」
手の甲で頬を優しく撫ぜれば、遠い意識の中でもななしは微笑んで高虎の唇に口付けた。
「……………ああ……………。」
目を覚ますと、案の定目に飛び込んできたのは後始末が間に合わず寝てしまった後の惨状。余程疲れたのか、隣で肌を晒す高虎も爆睡して布団の擦れる音にすら気付かない。ななしは薄い布を身に纏い立ち上がると、窓から射し込む朝日に目を眩ませた。
「ん………綺麗。」
月はすっかり裏側に隠れて陽の光が暖かく身体を包み込む。日向ぼっこに丁度いい、なんて考えているのも束の間
「ななし…?」
と、寝返りを打って眠たそうに瞼を開く高虎。
「あ、おはよう。」
「ん。」
「………もう、頑張り過ぎです。これじゃあ何の為に休みに来たのか分かりませんよ。」
「………すまん、抑え切れなかった。」
「その分、チェックアウトまで私はゆっくり源泉湯に浸かりますからね。」
む、と顔を顰める高虎を他所に、にっこりと笑うななし。
「……そうだ、ここ、混浴もあるみたいなので……どうですか?一緒に。」
「…………………。」
静かに起き上がると、乱れた浴衣を直して
「休めればいいな、ゆっくり。」
と、企みの笑みを浮かべる高虎だった。
(朝に入る温泉もいいですね)
(ああ、本当に、気持ちがいい)
(…ん…どこ触ってるんですか…)