「法正さん、法正さん。」
「ああ、どうかしましたか…そんなに何度も呼ばずとも、直ぐ側にいるでしょうに。」
首を少し上に向ければ、法正の右側の少し長い髪が視界に映る。ななしの頭に顎を乗せられ、腰にしっかりと逞しい腕が回って、胡座を掻いた脚の間に座っている何ともイチャついた状態。
どうしてこうなったのだろう、と考えて見れば、法正のいつもの癖だという事を思い出し、自問自答にてあっさり納得する。彼は普段あまり感情を見せないが、寂しい時は大抵こんな風に無言で後ろから抱き着いて暫く離れようとしないのだ。例え互いの携帯のメロディーが鳴り響こうとも、微動だにせず、ただ自分が満足するまでこうしている。
とはいえななし自身、それは嫌ではない。むしろ甘えてきてくれる方が何を考えているのか分かりやすくて安心する。
……しかし、
「あの……顎でつむじをグリグリ押さないでください……痛いです。」
「失礼、無意識でした。」
「とか言いながら強く押さないで………!」
「……いいじゃないですか。所詮は迷信、別に禿げたりしませんよ。」
「そういう問題じゃ……。」
渋々つむじを押していた顎が離れ、ほっと一息を吐くのも束の間、
「……………ふっ。」
「………わっ!…何するんですか…!」
耳に生温かい吐息が掛かり思わず身を捩らせる。擽るような感覚に肩をすぼめると、今度は耳朶をフニフニと噛み始めるではないか。
「んっ、や……法正さん……。」
「そんなに喘がないで頂きたい……外も暗いですし、そういう気持ちになってしまいますから。」
「喘いでません……!それに一度始めてしまったら歯止めが利かなくなるじゃないですか……!」
「そうですねえ……全く、俺の悪い癖です。」
「絶対反省してないですよね……。」
悪びれる様子はなく、法正は耳朶や耳輪辺りをそっと唇で挟んでは感触を楽しんでいる。その仕草がどうにも色っぽくななしは目のやり場に困ってしまう訳だが、ふとテレビの方を見るとプラネタリウムの特集が。
彼の行為を忘れる程にテレビに釘付けになり、気が付けば唇は離れて喉仏を触っていた。
「ね、法正さん、星。」
「………星?」
「このプラネタリウム見てたら、本物の星が見たくなりました。」
「………………。」
不意に沈黙が流れ、不思議に思ったななしは再び上を向くが、同じくテレビに視線を向けている法正。
「………星、ねえ………。」
「あの、もし良かったら、ここから少し離れているんですが、街全体が一望出来る丘があるんですけど……。」
「………見たい?」
見たい?と首を傾げて低い声で訊ねる法正が何だか可愛らしい。見たい!と嬉々と声を上げれば彼は名残惜しそうながらも離れて乱れた彼女の髪を整えた。
「じゃあ、行きましょう。」
と、靴を履いて外に出たと同時に感じる手の温もり。目を落とせば大きな手がすっぽりと自分の手を包んでいた。
「…………案内、頼みますよ。」
そう言って法正は少し照れくさそうに目を逸らす。
「………ごめんなさい、正直に言います、法正さんがとっても可愛いです。」
思った事を素直に告げれば、彼はげんなりして左の手で整えてくれたばかりの髪をくしゃりと乱した。
「折角直してくれたのに!」
「そっちの方がお似合いですよ。」
「む、ひどい………いいですよ、外もすっかり暗いですし、髪が少し乱れたくらいじゃ誰も気付きませんし。」
くるりと長い髪を指で巻いて拗ねるようにそっぽを向くが、それでも繋いだ右手を離さないようにしっかりと握り締めた。
「ここを上がれば、もうすぐそこです。」
長い階段を上りきった二人。丘ということもあって、思っていたよりも足が応えたようだ。
しかし伏せていた顔を上げると、眼下に広がる燦々と眩い数多の街灯り。それだけで既に圧巻されて言葉を失うのに、不意に法正が上を向いて空に向かって指をさす。
「真上を見ろななし、流星群。」
「え……!?」
言われて首を上に向ければ頭上を流れるように落ちていく星々。薄い雲の切れ間から覗かせる流星は闇夜を翔け抜けて遥か彼方へと消えていく。
「綺麗………今日がまさか流星群の見れる日だったなんて。」
「………………。」
「法正さん?」
返事がないので不思議に思ったななしは彼の方を見ると、何やら真剣な顔つきで星々を眺めている。
「……………願い。」
「願い?」
「あまり信じてはいませんが、願い事を託してみたんですよ。」
目を細くして僅かに笑みを見せる法正。そう言われて気付くのが定番である星に願いを、普段何も信じてなさそうな彼が珍しくそんな事を呟いたのだ。
「………法正さん、らしくなくてビックリです。」
「でしょうね。自分でも驚いてます。」
「………お願いごと、聞きたいな。」
「さて、何でしょう。」
「ん、沢山報復出来ますように。」
「物騒な願いだな。」
「いっぱい恩返しきますように。」
「星に願うか、それ。」
「えっと……じゃあ……。」
法正が願っている事は分かっている。これは単なる照れ隠しなのだ。ななしの目を真っ直ぐ見ている地点で、一体どの様な事を星に思っていたのか、自分から答えを教えてくれている。
言って欲しそうな眼差しが、とても温かい。
「…………私も、お願いごと。」
静かに瞼を閉じ、指を絡めて祈りを捧げた。彼女の細く長い黒髪が丘を吹き抜けていく風に靡き、まるで人間ではない、聖女のような優美さを刹那に見る。
ああ、このまま消え行く星に攫われそうだーーーそう思ったら、法正の身体は無意識に彼女に触れていた。
「………法正、さん?」
「…………行くな。」
「えっと……私、何処に行くんでしょう。」
「………………。」
ただ無言で抱く腕が、離さまいと引きつける。
「……………その、よく分かりませんけど、少なくとも法正さんの前からは消えたりしませんから。」
「………………ななし。」
「……はい。」
「貴女が堪らなく好きだ。こうして星に願うだけでは、満たされない程に。」
暗闇に消え入りそうな低い声はななしの耳元を掠める。その声色は不安を漂わせ、表情もよく伺えない。
しかし法正は訴えるように続ける。
「永遠を生きたいとは言わない。……ですが、一秒でも多く、貴女と共に過ごせたら、俺はそれだけで。」
「……ね、孝直さん。」
不意に下の名前を呼ばれ、肩に埋めていた顔を僅かながら上げる。指先に入れる力は彼女の背中にひしひしと伝わり、じんわりとその場に集まる熱。
「私も、一緒です。孝直さんの事が大好きで大好きで、最後まで一緒にいられたらいいなって。だからこうして、星に願いきれない程の大きな願いが募って、今も胸の中で燻っているんですよ。」
「ななし、」
「例え……この沢山の願いが届かなくても、ただ一つだけ………いつまでも、」
私がずっと貴方だけの私でいられるように。
上手く笑えているだろうか。光り輝く世界に魅了され、恍惚と見つめながら、ななしは法正の温かく大きい背中をそっと撫ぜた。
「………ふふ、こんな寂しがり屋な孝直さんも、凄く愛おしいです。」
「…………我ながら、弱くなったな。」
「時に弱い所も見せないと辛くなりますよ。そういう所を誰にも見せない人だから、余計に。」
「………………。」
「だから、これからも頼って下さい。恩返しなんて、要りません。貴方がいるだけで、私は、報われてます。」
「…………そうか、ななしだからこそ、本当の俺が出せるのか……ああ、そうか……。」
自分に言い聞かせるように呟くとゆっくり彼の身体は離れて、ふわりと全身が軽くなる。
それによって支えるバランスをなくし、ななしが一歩足を後ろに下げた瞬間
「ななし。」
はっきりとした低重音。鋭い目は真っ直ぐに蹌踉めく彼女を捉える。
「え、あ、孝直、さ」
「愛してる。」
強く腕と後頭部を掴まれて、引き寄せられるように互いの唇を重ね合う。口付け自体普段からしている事なのに、この時ばかりは少し違う、甘くてほろ苦い、恋焦がれる想いが込み上げた。
本当は、永遠があればいいと思っている。愛する者と寄り添う時間がいつまでも続けば、と。しかし、それは叶わない。星に願えど、神に願えど、それだけは誰にも成し得ないこの世の摂理。
それでも、ささやかな願いでもいい。彼の言う通り、短い時間の中で、喜びも悲しみも、全てを共有しあえたら。
「…………………。」
どのくらい唇を重ねていたのだろうか。それでも星は変わらず流れ消えゆく。
彼のシャツを握っていた手を緩め、微かに爪先立ちしていた足を地に下ろした。
「……………孝直、さん。」
吐息のかかる距離の中で彼の表情を伺えば、それはもう穏やかで、
「…………もう少し、こうしてましょうか。」
優しく髪を撫でる手に心地よさを感じながら、ななしは法正の肩に凭れ掛かった。
(神が天井に小さな裂け目を作り覗いてるから流れ星が出来るらしいですよ)
(だから、星に願う事は、直接神に願いを届けている事と同じだそうです)
(……ふ……そうだと、いいですね)