それはカメラの前限定


世利side


支葵千里。今を輝くトップモデルの名前。そして私の今回の仕事相手。私も一応モデルをやっていて、彼程ではないけれど、それなりに名前は知られている。

でも今回支葵さんとの仕事は、雑誌とかの撮影ではなくて、とある歌手の新曲のプロモーションビデオの撮影だった。普段とは違って動画の撮影。何となくやりにくいけれど、大丈夫でしょ。

「同い年の仲良しカップル……ようはバカップル。無邪気な彼女と大人っぽい彼氏。街中デート後お家で晩ご飯」

撮影のメニューはそんな感じ。私はもう準備が終わって、今は現場で支葵さん待ち。挨拶に行った時は「……よろしく」ととっても素っ気なく返されて終わった。仕事柄イケメンは見慣れてるけど、あんなに素っ気ない人は中々いない。下手をすれば失礼にあたる。

私、あの人とバカップル出来るの?いや、やってみせてこそプロ。

よしと頷いて気合いを入れると、支葵さんの準備が整ったとの声が。見ると、支葵さんが首を回しながら歩いて来た。

「あ、よろしくお願いします」
「どうも……」

え、やりにくい。でも支葵さんもプロだから、カメラ回ったらそれっぽくなってくれるのだろう。しかし監督からの指示は、全くの予想外だった。

『交通規制している街中を、止めるまでデートして下さい。雰囲気を見てカメラを回します』

そう言われ、放置された私達。

「……じゃあ、デートする?彼女さん」

支葵さんが眠たそうに聞いてきた。ええ、しましょうしますとも。控えるスタッフの視線を感じつつ、私は腹を括った。

私は彼と同い年で無邪気な彼女。

「世利でいいですよ。同い年の設定らしいので、とりあえず支葵君と呼んでいいですか?あとタメ口」
「ん。いいよ、なんでも」

支葵さんが頷いたのを確認して、私はその手を握って引っ張った。少し驚いた様子の支葵さんを振り返って、満面の笑みを浮かべる。

「行こ!支葵君っ」
「……うん、そうだね」

微かな笑みを浮かべた支葵さんに笑いかけ、早く早くと急かすように歩き出す。通りを見回して惹かれる店を探していると、支葵さんの手を握っている方の手が引かれた。

「世利、転ぶよ?時間はあるから」
「うん。じゃあ、あそこ行ってもいい?」
「ああ」

支葵さんはちょっと口の端をあげるくらいだけど、私は無駄なくらい笑いかける。多分これくらいが丁度いいんだろう。


最初に入ったのは、小さなアクセサリーショップ。私達の年代向けのお手ごろ価格なお店。話を聞いているとは言え落ち着きのない店員は気にせず、私はネックレスや髪飾りを眺める。

「気に入るのあった?」
「迷ってる……あ」

私は吟味していた品を放置して、たまたま視界に入った伊達メガネを取った。それをそのまま支葵さんに装着してみる。うん、モデルだもんな、似合う似合う。

「支葵君メガネも似合うねー」
「そう?じゃあ世利はこれかな」

メガネをかけたまま、支葵さんは私の頭にカチューシャをつけた。そして支葵さんは満足気に笑う。

「……ん、可愛い」
「もう、支葵君ってば」

メガネとカチューシャをご購入。私達はそれらをつけたまま店を出て、次はどうしようかと、貝殻つなぎで歩き出した。


* * *


撮影の為に用意された部屋。指示は街中と同じで、雰囲気が良くなったらカメラを回すらしい。私は用意されていた料理をテーブルに運び、支葵さんの前に腰掛けた。

「いただきます」
「……いただきます」

"私"は料理上手な彼女なのか、品数も多くバランスもいい。

始めはどうしようかと思ったけど、撮影は上手くいっていると思う。私自身、なんか楽しかったし。

「料理得意?」
「ふふ、そうみたい」

恋人らしい他愛ない会話を交わしながらの食事。しかしふとよぎった寂しさに、無意識に支葵さんを見つめていた。すぐにはっとして切り替えたけれど、支葵さんは気付いたらしく、首を傾けた。

「世利、どうかした?」
「ううん、何でもないよ?」
「……ほんとに?」
「うん……ただ、今日は楽しかったなあって」

現実と撮影を混同しかけました、なんて情けなくて言えないわ。新人ならまだしも、私も支葵さんもそれなりに長い。支葵さんなんて超人気モデルだし。

支葵さんは微かに笑んで、俺もだよ、と言った。最初に会った時の反応が嘘のような、見事な"彼氏"っぷり。

「……またどこか行こうよ、今度は俺と世利で」
「うん!……うん?」

何だ、この含みのある言い方は。一度は頷いたものの眉を寄せると、支葵さんは悪戯っ子のように笑う。

「"設定"じゃなくて、俺と世利でね」
「……え、ちょ、それって」
「この仕事もさ……ちょっと上にお願いして、相手を世利にしてもらったんだけど」

支葵さんは"彼氏"の顔のまま、私の予想外のことばかり言う。プロモーションビデオの撮影だから音声入らないし、何言ってもいいといえばいいんだけど。

「俺は、本当の世利とデートしたいな」

スタッフに聞こえてるんじゃ、と思うが意識は支葵さんに向いたまま。仕事中なのに、私の心臓が騒がしくなってきた。

「ね?」

支葵さんが、デザートのロールケーキを一口分、フォークに刺して私に向ける。

「よ、よろしくお願いします……」
「うん」

パクリと刺さったそれを食べると、支葵さんは目を細める。私は熱を冷まそうと、視線を逸らして紅茶に口をつけた。


fin
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