あだ名は返上


夜刈さんお相手

ハンター協会本部にある射撃場にて、あたしは銃の引き金をひたすら引いていた。絶え間無く響く銃声は慣れたもので、耳栓も必要ない。

吸血鬼ハンターは、仕事の危険性から銃を扱う人が多く、あたしもその一人。銃は、銃身そのものに対吸血鬼効果があるものもあるが、それは少数で、普通の銃に、対吸血鬼の術式を施した弾丸を使うハンターの方が多い。

あたしは後者だ。だから任務中、弾丸の無駄遣いは出来ない。ちなみに射撃訓練の今は普通の弾丸を使っているから、気兼ねなく撃てる。

装填の為に撃つのを止めると、狙ったかのようにーー実際狙ったんだろうけどーー声がかかった。

「おい、」
「あ、夜刈さんっ!」
「……そうだ。おい、銃口を向けるな」
「おっとすみません」

夜刈さんはライフルを使用するハンターだ。あたしの腕を認めてくれてから、一緒に任務に行くことが多い。次期協会長とも噂される、憧れのNO.1ハンターとペアを組めるのは嬉しいことだ。

他にも射撃訓練中のハンターがいるから、お互い声は張り気味だ。

「緊急任務。俺と早撃ちで、子供攫ってるらしい<一般>三人の粛正だ」
「……。夜刈さんと二人でデートは久しぶりですね!錐生の双子と鷹宮の修行ばっかり観てるから」
「仕事って言え。早撃ちもそろそろ弟子がつくんじゃねぇか?」
「……。嫌ですよ、面倒そうだし。命令なら逆らえませんけど」
「俺だって面倒に決まってんだろ。今度、早撃ちも俺の弟子の修行観るか」
「……。夜刈さんがいるのに、あたしが教える事なんてありませんよ」
「あ?早撃ちは早撃ちでも教えてやれ」
「…………すみません、毎回言ってますよね?世利です。いい加減"早撃ち"って呼ぶの止めて下さい」

キリがいいからと片付けながら、我慢出来なくて突っ込んだ。確かに早撃ちは得意だ。夜刈さんと初対面の時に、『特技は早撃ちです!』とか言った覚えもある。けど、それで呼ぶってどうなの。初めは名前だったはずなのに。

「細けぇな」
「いやいやいやいや。弟子は名前で呼んでるじゃないですか」
「双子だぞ、当然だろ」
「鷹宮は?海斗って呼んでましたよね?」
「早撃ちは不満か……。苗字だと、早撃ちの親呼んでるみたいだろ」
「名前呼びを希望します」

世利って名前の何が不満ですか!と言いながら、射撃場を出る夜刈さんを追いかける。華麗なスルーをしてくれる夜刈さんは、適当な場所で立ち止まると、あたしに指令書を渡した。


「明後日の朝にこの街で合流でいいな?」
「了解です。標的は潜伏中ですか?」
「ああ。しばらくこの街にいるのは確からしいが、期間と詳しい場所は不明だとよ」

ふむふむ……って名前!いつもこういう流れでうやむやにされる。しかし今日は違うぞ、とあたしは立ち去りかけた夜刈さんの腕を掴んだ。

「待って下さい。一回、世利って言ってみて下さいよ」
「はあ?早撃ちは早撃ちだろうが」
「何でそんなに嫌なんですか!あたしの事嫌いですか!」
「嫌いだったら、緊急任務のペアにお前誘ったりするか」
「は…………そう、ですか」

そうですか……それは嬉しいですけど。じゃあ何で名前を呼んでくれないのだろうか、この人は。

「あたしの腕を認めてくれてるのは嬉しいですけど……」
「世利」
「!はいっ」
「……はあ」

呼んでくれた!と満面の笑みで返事をすると、夜刈さんは溜め息をつく。え、なんですかそれ。

「溜め息……」
「もういいだろ」
「良くないです……」

そっぽを向いた夜刈さんに口を尖らせる。呼んでくれたと思った途端の溜め息とは、あたしもちょっと凹む。嫌いじゃないなら、名前呼びでもいいじゃない、早撃ちじゃなくて。

今回こそは諦めないつもりだったけど、掴んでいた腕をするりと離す。あたしは夜刈さんにとって、そこそこ役に立つハンターというだけなのだろう。

「はあ……もういいです。"早撃ち"でいいですよ」
「……お前が、」

家に戻って出発の準備でもしようかと、その場を動きかけた時だった。居心地悪そうに頭をかいた夜刈さんが、不自然に言葉を切る。

「名前呼んだ時……お前が、もうちょっとマシな反応するなら、考えてやる」

「マシな反応」?あたし、そんな酷い顔して夜刈さんを見てたかな。ならばどうすれば正解なのだろうと首を捻って夜刈さんを見上げる。

「……どういうことですか」
「自分で考えろ、早撃ち」

壁を見ていた夜刈さんは、ちらりとあたしを見下ろす。微かにシワの刻まれたあたしの眉間を指で弾いた。しかも結構な力で。

パシンっていった!小気味好い音がした!

「いっ?!」
「じゃーまたな。七時に来い、標的探すから」

眉間をさすって混乱中のあたしを放って、夜刈さんは歩き出す。何故か楽しそうな笑みを刻んでいる夜刈さんに、あたしの混乱は深まるばかりだ。

「……もっと冷淡に返事すればいいのかな」

家路につきながらそう考えていたけれど、やはり正解は分からない。それでも名前呼びの可能性があるのは確からしいので、あたしはやや上機嫌に指令書を眺めた。


fin
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