定員二名につき



零side


何かが近付いて来る気配を感じて、沈んでいた意識が浮上を始める。元々熟睡していた訳でもなかったからか、感覚が戻るのは早かった。

少し遠くで、生徒や教師の話し声、馬のいななき、蹄(ひづめ)の音が聞こえている。近くでは、木の葉が揺れる音と控え目な足音。足音が止むと、何やら座る気配がした。

寝ている俺に平気で近付き、傍で腰を下ろすクラスメイトは、二人しかいない。叩き起こされない事を考えれば、誰であるかは容易に分かった。

「……サボりか」
「あ、休憩。起きてたの?」
「まあな」

目を開くと、乗馬服の美夜がふわりと笑って俺を見下ろしていた。優姫が乗馬中で暇だからとか、そういう理由で来たんだろうけど、悪い気はしない。

「もう一眠りする?」
「いや……」

言いつつ、日光の眩しさに目を細める。寝始めはきっちり陰に入っていたのだが。生憎人でない俺に、日光は嬉しくない。

陰に入っている美夜の方へ寄って、体勢を落ち着けた。

「……そういえば、美夜はリリィと相性良いんだってな」
「何でなのか分からないけどねぇ……専用馬みたいになっちゃった。皆、私をリリィの方に誘導するの」

怒っているような口調だが、その表情は柔らかい。人を落ち着けさせるような美夜の空気は、動物にまで影響を与えるのだろうか。俺以外でリリィに乗れるのはこいつだけだ。

「他の奴らが乗っても、落とされるか蹴られるかがオチだからな」
「リリィ背が高いから、落馬はかなり痛そう……」
「動物に好かれる性質か?」
「んー……どうかな。<レベル:U>効果かも」

予想外だった返事に、俺は眉を寄せた。美夜は馬場を眺めて、さも当然のように続けた。

「人間より吸血鬼(あちらさん)に影響出るから……本能の鋭い動物にも、影響あるのかも」
「…………美夜、そんな言い方するな」

少し低くなってしまった声に、きょとんと美夜が見下ろして来た。俺の機嫌を損ねたとすぐに気付き、だが理由が分からないらしく、微かな困惑を滲ませて頷いた。

「うん……ごめん」

面倒見の良い美夜を慕う普通科生は少なくないし、夜間部生にも気に入られているのは見れば分かる。そう言う俺も例外じゃ無い訳で……。今の美夜の言い方だと、俺たちは皆、美夜の体質に惑わされているみたいに聞こえた。

謝って欲しかった訳じゃないから、俺は寝転んだ体勢のままで美夜に手を伸ばす。

「……美夜の言う通りだとしても」
「うん」
「"美夜"だから、良いんだよ」

<レベル:U>だから落ち着くんじゃなくて、美夜だから。言っている事は大して変わらないのかもしれないが、それでも、全てを体質のせいだと言うのは嫌だった。

伸ばした手の甲で美夜の頬を軽く叩く。俺の言葉は不意を突いていたのか、美夜は数度瞬きをして再び頷いた。

「……うん。気を付ける」
「……不服か?」
「何というか……私は自分の体質を有効活用するように考えてるから」
「それが当たり前、か」
「うん。……でも、零がそう言うなら、気を付ける」

上げたままの俺の手に、美夜が少し頬を寄せて来た。ちょっと嬉しかったよ、と小声で言って笑うから、俺もつられて少し笑う。

有効活用って言葉に引っかかったが、身を売るような意味ではなさそうなので追及しなかった。

腕を下ろすと、今度は美夜が俺の方に手を伸ばして来る。髪を梳くように動かすので、子供扱いかと思うと眉が寄るが、美夜が髪を触るのは珍しくないので好きにさせた。

「女顔負けのさらっさら……」
「…………」
「……ちゃんと手は洗ったんだけど」
「別に馬の臭いじゃない」
「なら良かった」

俺は女じゃないんだから、髪を褒められてどう返せって言うんだ。内心溜め息を吐くが、残っていた眠気と心地良いようなくすぐったいような感触に、軽く目を伏せる。

「……止めろって言わないんだ」

ぽつり、と降って来た言葉に目を開けた。前髪を弄んだままの美夜が少し意外そうに、立てた膝に顔を乗せていた。

お前、教室で伏せってるーー寝てる時も起きてる時もあるがーー俺の髪よくいじってるだろ。今更それを聞くのか、と呆れつつ。

「……お前に触られるのは、別に嫌じゃない」

嫌味なくらい晴れ渡った空を見て答えれば、動いていた手が僅かに止まる。しかし、すぐに動きを再開した。

「……そっか」
「ああ」

笑みを含んだような声音に、俺も僅かに口の端を上げた。


fin
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