影と月2


〜結里菜side〜

美夜が去った後、私達は零の布団に潜り込んだ。しかし寝ることはせずに、ただ抱き締め合っている。


「…結里菜。」


名を呼ばれて、私の体がピクリと揺れた。
零はそれに優しい声で、どうしたと問う。


「……寝れなく、て…。」


言葉と同時に、ポロリと涙が零れた。次々と溢れ零れる涙の様に言葉もどんどん零れる。


「寝たら、錐生に撃たれた夢を見そうで…恐くて。あれは錐生であって零じゃないって解ってるんだけど、解ってるんだけど恐くて。
でも夢の中では零かもしれなくて。私、私あんな風に零に撃たれたりなんかしたらッ…!」


解ってる。零はあんなことしないって。
解ってる。ただの杞憂だって。
解ってる。面倒くさい女だって。

それでも、あんな風になるのが恐くて。不安に押し潰されそうで。
こうして、しょうもない事で泣く。


「恐くて恐くて、狂ってしまいそうで…寝れないの…ッ」

「…そうか。あっちの世界の俺だと頭で理解していても、俺と同じ顔に体、声、匂いを持つアイツに撃たれたのがショックだったんだな…。頭から離れないんだな…。」


カタカタと震える私を強く抱き締める零。
優しい声が鼓膜を震わす。


「恐かったな、恐いな…。
大丈夫、俺はお前を憎悪の視線では見ない。絶対に。」

「ぅ、っ…ごめ、なさ…っ…面倒くさい、って解ってる、んだけど…っ」


私の言葉に緩く首を横に振った零は私の目尻に口付けを落としてコツリと額同士をくっ付ける。
泣いている私の体温は高く、ひんやりと零の体温が伝わって気持ちいい。それにホッと息を吐く。


「面倒臭いなんて思うわけ無いだろ。お前は普段頼ってくれないから、こうして俺の所に来てくれたのは寧ろ嬉しい。
言ったろ、もっと頼れって。お前は一人で抱えすぎだし、他の奴の事を考えすぎだ。もう少しは自分中心に考えろ。」

「…う、ん。ごめん、ね…。」

「だーかーら…謝るなっての。」

「ごめ、……ありが、とう…。」

「ん。」


満足げに笑って私の背中を摩る零。
こういう時、じんわりと胸の辺りから温かいのが全身に広がるのだ。素直に、甘えたくなる。

私は意を決して、少しだけ下にずれて零の胸に顔をうずめてみた。
トクリ、トクリと伝わる鼓動。しかし零の反応は無く、ドキドキしながら恐る恐る見上げてみれば…何故か片手で顔を覆っていた。


「?」

「…いや、気にするな…。
それよりも、お前は枕に頭を預けずに寝るつもりか。」

「零の心音があれば眠れるよ?」


キョトリとすれば、それは俺がもたないからやめてくれと言われた。
もたない…。
その言葉に思わず笑えば、零は不満そうに私を見つめる。


「ふふ、じゃあ腕枕…頼めないかな?」

「…今日は随分と積極的だな。」

「…何だか、甘えたくて。甘えるって…こういうので合ってるよね?」


不意に心配になって尋ねれば、頷かれる。
それに良かったと笑った私は零が伸ばしてくれた腕に頭を預けた。
鍛えられて固いけれど、これが一番安心して頭を預けられるのだ。私の一番大好きな枕。


「ありがとう…、」


ほら、礼を言ったそばから眠くなる。

瞼が重くなり、ゆっくりと下りてゆく。そんな私を見て零は、おやすみと返して私の額に口付けた。
私はそれにふにゃりとした笑みを返して眠りにつく。

直ぐに聞こえる穏やかな寝息。


「…反則だろ、最後の。」


何かを堪えるような声は眠ってしまった私の耳には届かなかった。

〜美夜〜

美夜は結里菜の自室に向かっている途中だが、ポフンと誰かにぶつかる。慌てて謝るも名を呼ばれて顔を上げれば、暗闇に慣れてきた目でも輪郭ぐらいしか見えないが名を呼んだ人物が零だということが分かった。
あ、と声を漏らすとそっと抱き寄せられる。


「…走り回ってたみたいだな。」

「ごめん…起こしちゃったよね。」


項垂れた美夜に零は苦笑して、起きてたと言う。


「お前らの部屋に結里菜って女の気配が無かっけど…捜してたのか?」

「うん。何か数時間前から居なかったみたいで、零くんの所に居た。」


で?
零が続きを促す。それに美夜は僅かに驚くも鋭い零が自分の感情の変化に気付かない筈がないと思い、口を開く。


(零には、お見通しだね。)
「結里菜さん寝れないらしくて零くんと一緒に居てね、リビングでは恥ずかしがってあまり零くんとくっついてなかったけど…さっきは私が居るのに零くんに抱きついてね。
でもそれが嫌だったとかじゃなくて、何だか…結里菜さんの目がとても悲しそうで恐がってて。
だから、零くんの所に行ったのかなって…。音も立てずに気配を消して、何も告げずに。」


寂しそうに言う美夜を、零は少し強めに抱き締めた。美夜は抵抗しない。


「アイツなりの、配慮だったのかもしれないな。きっとお前を起こしたくなかったんだろ、疲れてるだろうと思って。」


それに、と零す零は申し訳なさそうに目を伏せる。


「多分アイツが恐がってたのは…俺だ。」


零の言葉に目を剥く美夜。

結里菜は零に気にするなと言った上にその時には恐怖の色は見えなかった。
ただ隠していただけかもしれないが、それでも微塵も恐怖の色は見えなかったのだ。

だから、美夜には何故零が自分のせいだと言うのかが解らない。


「アイツと初めて会った時…お前はアイツの後ろに居て見えなかっただろうけど、俺を見た途端アイツは俺に嬉しそうに…愛おしそうに微笑んだんだ。多分、こっちの俺だと思ったんだろうな…。
だけど、俺はそれを知らずに撃った。」

「でも結里菜さんは零を許したし撃たれたのは零のせいじゃないって…。」

「そう思ってくれてるんだろ、実際に。でもな美夜…一度焼き付いた光景は中々消えないんだ…。」


悲しそうな、零の声。まるで自身の事を話しているような。


「夢で見てしまえば、真実は歪められる。
アイツは俺がこっちの俺にすり代わるのを恐れて、寝れなかったんだろ…。恐くて我慢できなくて、こっちの俺に助けを求めたんだ。」

「…零も?」

「…。」


美夜の問いに零は緩く首を横に振り、美夜の頭に頬を乗せた。昔は、と呟いて。


「…結里菜さんって、強い女性に見えるけど…。」

「戦ったら強いだろうな、アイツは。でも、不安定だ。」
(まるで、お前みたいにな…。)

「うん…。」


その後美夜は零に部屋まで送ってもらい、眠りについた。



〜翌日、結里菜side〜

目が覚めて時計を見れば、もう十時を回っている。
最初はぼんやりと見ていたが、頭が覚醒したお陰で私は飛び起きた。

寝すぎた。
そう思って急いで顔を洗ってから口を濯ぎ、私はリビングに駆け込む。
そこには驚いた顔をした皆が居り、私が一番最後だということを物語っていて。

客より遅くに起きるとか、ここに住んでいる者としてどうなのだろう。


「…ごめん…寝坊した…。」


沈んだ声で謝罪をすれば美夜と錐生に、気にするなと返され、零には頭を撫で付けられる。寝癖がついているのかと思うも、首を横に振られたのでそうではないらしい。


「はよ。」

「おはよ。」


頭を撫で続ける零にはにかんで挨拶を返すと零の顔が近付いたかと思えばちゅ、とリップ音が聞こえた。しかも唇に、…感触あった。


「…ぇ、な……!?」


言葉にならない声を上げると零はクツリと喉を鳴らしてから、チラリと錐生に視線をやる。しかし私は抱き寄せられてしまったためにそれは気付けない。
錐生は眉根を寄せた。


(…喧嘩売ってやがる…、俺が美夜に手を出せないと知っていながら…。)


そんな中美夜は小さく黄色い声を漏らしながら口元を押さえる。
しかしそれはしっかりと私の耳に届いていて。


「ぁ、ぅ、も、うっ…着替えてくるッ」


私は頬に熱が集まるのを感じながら踵を返して部屋を飛び出し、いつぞやの英の様にズンズンと廊下を進んでゆく。

信じられない信じられないっ!
あれ程人前は嫌だって言ったのにっ!
人のことおちょくって笑ってッ!!


「零のバカッ」


でも…。

私は進む脚を徐徐に遅くし、終いには止める。
そしてそっと、指先で唇に触れた。

まだ、感触が残ってる。
優しくて、柔らかかった。


「…っ〜〜…。」


そう考えると何だか恥ずかしくてしゃがみこむ。

別にキス自体が初めてなわけではない。幾度もした。
けれど人前は…っ

そこへ、飛び出した私を心配してか美夜が駆け寄ってくるが、私は拒む。


「ッ来るな!」


鋭い声に脚を止める美夜。


「…来るな……。絶対、顔…赤いから……っ」


しかし、そう呻けば美夜が小さく吹き出して肩を揺らす。

何故笑う。

じと目で見つめると私の視線に気付いた美夜は笑いで目に浮かんだ涙を拭い、私にそっと手を伸ばした。
今度は、拒まない。
美夜の手が頭に触れる。


「結里菜さん、貴女はやっぱり可愛いです。」

「……複雑。」


ポツリと正直に感想を述べれば、また笑われた。



〜零と錐生〜

零は廊下から聞こえた声に小さく吹き出す。それを見て錐生は溜め息をついた。


「…アンタ、あの女がああいう反応するって解っててしただろ。」

「さぁ、何のことだか。」


クスリと笑った零に錐生が思わず、性格悪と零したのは無理もない。
それをしっかりと聞き取った零は差して気にする様子もなく、ただ廊下の方に視線をやるばかり。


「お前は、晃咲に好意を寄せてるんだろ。
案外押してみればすんなり落ちるんじゃねーの。」

「他人事のように…。」

「実際他人事だろ、俺とお前は姿は同じであれ違う道を歩いてる。」


お前、閑の血を飲んだろ。
不意に寄越された視線と言葉に錐生は目を見開く。それを見て零は笑みを零した。

「晃咲に助けてもらったんだろ。」

「…だったら何だ。同じ憎悪を抱く筈なのに閑の血を飲んだことを咎めるか。」


開き直り気味の錐生。しかし零は、まさかと言ってテーブルに置いてある二人分の珈琲の内一つのマグカップを手に取る。


「お前はもう狂気に堕ちる心配は無いんだろ、俺だって堕ちることは無い。」

「…は…? 何を、言って…。」


お前からは元人間の気配がする。
錐生がそう言うが、零は目を細めて珈琲を啜りコトリとテーブルに戻したかと思えばポケットから血液錠剤を取り出した。瞬間、それは炎を吹き出して…燃え尽きる。
錐生は驚愕の表情でそれを見つめる。


「…俺は、俺とお前が最も憎む純血種になった。結里菜の力を借りて。」


“純血種”
その言葉を聞いて錐生は椅子が倒れてしまう程に勢いよく立ち上がり、零を睨み付ける。零も真剣な目で錐生を見つめ、逸らさない。
それを見てか、それとも納得したのか錐生は息をゆっくりと吐き出しながら椅子を立て直して腰を掛け、腕を組む。


「…何故、…と聞いていいか。」


静かな声に零は頷いた。


「結里菜を護る力と、一緒の時を生きる命が欲しかった。ただそれだけだ。」

「…アンタは、ヴァンパイアを愛したのか…。」

「ヴァンパイアを愛したんじゃない、結里菜を愛したんだ。
…結里菜は五年前…まだ俺が両親を殺されたばかりの頃、俺に“護る”と言った。何も失わせないと、そう…決意のこもった声で。」

(…五年前?)

「その時はアイツ自身護って欲しかっただろうに、アイツはそんな事四年間…俺が来る前を合わせたら十年間言わなくて身も心もボロボロだった。」


時間の違いに内心首を傾げた錐生は零に手で待ったをかけ、話を遮る。それに対して零は嫌な顔一つせず、寧ろ予想してたとでも言うような表情だ。
そのため錐生より先に口を開く。


「ここはお前らの世界より一年早い。だから俺は今十八だ。」

「…一年後…。」

「そうだな。」

「…アンタが純血種になったのはいつだ。」

「去年の長期休暇中。」


頷いた錐生。どのようにして零を純血種にしたのかは些か疑問のようだが、問うつもりは無いらしい。

話を遮って悪い、と言った錐生は視線を零へと戻し、それに零が気にするなと言う。
話を促す辺り、続きを聞きたいらしい。それは美夜を落とす参考にするためか、それとも結里菜に美夜との共通点を見つけたからなのか。


「結里菜に護ると言われた時、俺は静かにアイツの腕の中で泣いた。両親を殺された憎しみ、悲しみ、苦しみがごっちゃになって抑えきれなかったけど、結里菜はただ静かに俺を受け止めてくれた。」

「…なら、アンタが先に落ちたのか。」


錐生の言葉に目を伏せて笑む零は、さぁなと答える。
そこは濁すのかよ、と内心突っ込んだ錐生だが口には出さない。


「まぁでも…所謂一目惚れだったな。さすがに出会った日には自覚しなかったけど、何かしら抱えてるアイツを護ってやりたいと…笑顔を見たいと思った。
大切にしたくて愛しくて、いずれはレベル:Eに堕ちるからその気持ちを抑え込んでた筈なんだけどな…。」


困った様な、それでも愛おしそうに目を開く零はまた一口珈琲を啜る。


「俺が結里菜を初めて咬んでしまった翌日、学園を出ていこうとした俺をあまりにも必死に引き止めて涙を流すアイツを見て…抑えきれなかった。
愛しさばかりが込み上げてどうしようもない、抑えきれないと気付いた時にはもう既に口付けてたんだ。」


お前も、共感できる所はあるだろ?
穏やかに問う零に言葉無く頷いた錐生は少し温くなってしまった珈琲を口にする。

結里菜と一緒に居るこっちの俺は、こんなにも幸せそうに穏やかに笑うのか。
思わずそう考えてしまった錐生だが、自身だって美夜と一緒に居れば同じ様な表情をすることを知らない。しかしそれに気付いている零はこっそりと笑った。

そこへ、結里菜と美夜が戻ってくる。
寝間着から私服へ着替えた結里菜は悪くない二人の雰囲気に笑みを零して美夜と自分の分の珈琲を用意をしにキッチンへと入った。
暫くして二つのマグカップを持って戻り一つは美夜に渡し、もう一つは持ったまま零の横に腰掛ける。
先程部屋を飛び出す程の事をされたのを忘れているわけではないようだが、言ったら言ったで機嫌を損ねてしまいそうなので零達はそれに関しては口を開かない。


「随分と打ち解けたみたいだね、同じ“錐生零”という存在であるだけに。」

「…それにしては気配が違うけどな。」


口を挟んだ錐生。
それに眉根を寄せた結里菜は零をじっと見つめてから錐生に視線を寄越す。


「零から聞いたんだろ、それ。私が術式を解かない限り純血種の気配を感じることは無い。」


男らしい口調に少々訝しげな表情をした錐生だが結里菜の視線からは逃げずに睨み返し、この場に不穏な雰囲気が漂う。

本来、気が合わないわけではないのだろう。
ただ結里菜は錐生が嫌みとも取れる発言をしてしまったから、錐生に鋭い視線を向けているのだ。
結里菜は零を誰よりも大切にし、誰よりも深く愛し、誰よりも求める。もし誰かが零を傷つければ、迷うこと無く言葉通り切り捨てるだろう。

僅かな殺気に零は結里菜の肩を抱き、落ち着かせる。


「結里菜、いい。大丈夫だから。」

「…でも、零が純血種になったのは、」

「アイツも解ってるから。
別に俺に嫌みを言ったわけじゃない。確かめたんだろ。」


零の言葉に口を噤んだ結里菜は錐生から気まずそうに視線を逸らして零にすり寄った。
悪いことをしたと思っているらしい。

自分の非を認めたところは素直と言うか何と言うか…。

無意識とはいえ可愛らしい行動を見せる結里菜に思わず笑った零は美夜に座るよう目配せし、それに従って美夜が錐生の隣に腰掛ける。
瞬間結里菜はハッとしたように零に委ねた上体を元の位置に戻そうとするが、肩に回された零の手のせいでそれは叶わず。恥ずかしそうに視線をさ迷わせてから頬を染めて俯き、観念したのか手にしていたマグカップをテーブルに置いて体の力を抜いた。


「悪いな。」


零の苦笑の謝罪に首を横に振って、俺も悪かったと謝罪をする錐生。
美夜はその間零のことを見つめていたが、二人のやり取りが終われば直ぐに視線を外した。


(零くん、今の零より表情が柔らかいかも。
…何だか悪戯じみてるけど。主に結里菜さんが絡むと。)


そこへ結里菜から助けを求める視線を受けるが、助けたら助けたで零の機嫌を損ねそうなので眉尻を下げて目だけで謝罪をする。
それに少しの涙を目に滲ませた結里菜はとうとう目だけの訴えもやめた。


(あ、あれ…?)


落ち込んでしまったのか、ずっと俯いている結里菜。俯いたことで前髪が垂れて顔はあまり見えないが、耳が赤いことは分かる。そうとう恥ずかしいらしい。
少し可哀想だと思う美夜だが、行動にはうつさない。


(ごめんなさい結里菜さん…。)


だが、助け船は出せる。


「そういえば結里菜さん、お腹はすきませんか?」


美夜の言葉に零が結里菜の肩から手を離して立ち上がった。
何か朝食となる物を持ってくるつもりらしい。
しかし結里菜はあー…と声を漏らして首を横に振った。


「しょ…すいてないからいいや。」

「アンタ今食欲無いって言うつもりだっただろ。」

「噛んだだけだから。」


錐生の鋭い突っ込みに表情を変えずに否定した結里菜だが、零に食えと言われる。

「いいって。」

「お粥でもいいから。」

「ヤだよ病人じゃあるまいし。」

「ならリゾットでも食え。」


拒否ってもしつこく言ってくる零に溜め息をついた結里菜は渋々とリゾットで承諾し、零がキッチンに消える。
それとに同時結里菜が美夜に向いた。


「…ありがと、助かった…。」

「あ、はい…助けになれて良かったです。」

「助け船を出してくれて良かった……。でもまぁ…食事は、ね。」


乾いた笑みを零した美夜は手伝ってきます、と残してキッチンへ向かう。
結里菜と錐生は二人きりになった。


「…何?」


じっと見つめられた結里菜が首を傾げれば錐生は息を吐く。


「…傷の具合は。」

「もう塞がったよ、気にするなって言ったと思うんだけど。」

「……そうも、いくわけないだろ。食欲だって。」


悪かった。
顔を俯けてそう呟く錐生に、一瞬だけ僅かに目を剥いた結里菜は自分の前髪をクシャリと掻き混ぜて椅子の背凭れに背を預ける。
ギ、と背凭れが鳴く。


「…美夜から聞いたんだね、その話。
それは本当に、アンタのせいじゃないよ。ただ私がしっかりしてなかったせいだし、結果零の所に行ってなんとかなったし。
アンタは、美夜を落とすことに専念しなよ。」


瞬間、錐生が勢いよく噎せた。まさか結里菜に指摘されるとは思わなかったのだろう。
そんな錐生を見て楽しそうに笑う結里菜は、当然錐生に睨み付けられた。


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