暗いままでいいよ
美夜side
風紀委員業務を終えて、私は着替えを持って寮から居住区へ向かっていた。この地域には珍しい大雨の今夜、月の光は窺えなかった。
ゴロゴロ、と雷鳴が聞こえ始める。雷が苦手という訳ではないので、それ自体はどうってことない。稲妻が綺麗に見えたら感心もする。
バスルームに着いて服を脱ぎ、中の優姫に声を掛けた。
「優姫ー?入るね」
「うん、おかえりー」
湯船に浸かっている優姫がパシャパシャと湯を波立てる。私はシャワーを浴びながら、恐らくもうすぐあがるであろう優姫に言った。
「外、雨酷くなってる。先に戻っててもいいよ」
「そっか。じゃあ……リビングでテレビでも見てるよ」
「いいの?」
「いいのいいの。一緒に戻ろう」
「ありがと」
程なくして、それじゃあお先に、と言って優姫が湯船からあがる。私も早く済ませないとな、優姫が湯冷めしてしまう。シャワーの音がよく響く浴室で、急ぎ髪を洗い終わり、タオルでまとめた直後だった。
「お」
床から、僅かな揺れを感じた。シャワーの音に混じってドン、と鈍い音も聞こえた。地震かと一瞬身構えたけど、揺れはすぐに止む。気のせいかと安堵した直後、次は視界が真っ暗になった。
「お?」
目を開いても閉じても暗い。停電か。
「何も見えない……」
少しでも光があれば、物の大まかな位置くらいは分かるのだが、ここはバスルームで窓がないし、あったとしても、分厚い雲で光は届かないだろう。
私は数秒硬直して、溜め息を吐いて動き出した。
* * *
零side
キッチンで茶を飲んでいると、一際大きな雷鳴があった。床から振動が伝わって、学園の木にでも落ちたんだろう。
次いで電気が落ちる。だが俺は人間と違い、今となっては本来夜行性の存在だ。光が全くなくても、不思議と不便は感じない。
「…………」
俺は空になったコップを置いて、妙に静かであることに首を捻った。リビングで優姫がテレビを見ていたので、リビングにいるのは確かだが、優姫本人の声がしない。俺がいるのを知ってるから、懐中電灯でも要求してきそうなものだが。
リビングを覗くと、案の定、真っ暗な部屋で優姫が寝ていた。
「……美夜は、風呂か?」
雷が苦手だとは聞いてないが、大丈夫だろうか。あがっていればいいが、滑って転んでは笑えない。俺は寝ている優姫をそのままに、バスルームへと足を向けた。
歩いていると、ゆっくりとした足音が聞こえた。美夜であることはすぐに分かったので、俺は歩く速度を上げる。そうして廊下の曲がりに差し掛かった時だった。
「わっ」
「あ、悪い」
俺は自分が見えるから、暗闇であることを失念していた。美夜も気付くだろうと思っていたが、当然そういうこともなく、俺に衝突してふらついた美夜を支える。
「あ、零?」
「ああ。大丈夫か」
「うん」
胸の辺りに冷たさを感じたのは、いつものように乾き切っていない美夜の髪が当たったからだろう。ごくごく稀にドライヤーで乾かしている日もあるが、今まで習慣にしなかったことは中々馴染まないらしい。
体勢を立て直した美夜は、片手を壁に這わせ、片手を俺の腕に添えた。暗いせいで俺との距離感も掴みにくいようだ。
「急に電気落ちたからびっくりしたよ」
「風呂は大丈夫だったのか?」
「手探りでなんとか。優姫は?」
「リビングで寝てる」
そっか、と美夜は小さく笑う。普段なら後退りしそうな程近いのに狼狽える様子がなく、少し得した気分だ。俺はちゃんと見えているのだから。
俺は腕に添えられている美夜の手を取ると、軽く引く。それだけで通じたのか、美夜は止まっていた足を僅かにずらす。俺は体の向きを変えると、ゆっくりとした足取りでリビングに向かった。
「見えないって不便だね……」
「だろうな」
手を繋いだまま、美夜は腕全体を俺にくっつけていた。普段ならまずない。無意識の産物なのだろうが、俺は自然と口の端が上がった。
「……悪くないな」
「うん?」
その時、唐突に窓から鋭い光が入る。眩しさに目を一瞬閉じ再び開くと、さっきより見えにくい。二人して思わず足を止めてしまい、俺は美夜を窺った。
「光ったね……」
「だな。……あ、鳴ったな」
ゴロゴロというよりもドガシャンとかそういう音が聞こえて揺れを感じる。美夜に怯えた様子は一切ないが、稲光が目に残っているのか、握った手で目を擦っていた。なんか小動物っぽい。
無言で歩き始め、美夜がさっきよりも体重を掛けてきているのに気が付いた。
「目、擦ったら眠くなってきた……」
「何だそれ。……リビングの方に懐中電灯あるから、優姫起こして早く寮に帰れよ」
「うん」
美夜の体が触れている部分が温かい。俺はリビングまでの短い道のりを、更にゆっくりとした足取りで、やや上機嫌に、真っ暗な廊下を美夜と歩いた。僅かに緩みかけた口元を引き締めようとして、だが美夜に見えていないならいいかとそのままにした。
fin
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