隠し味は愛情ってことで
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授業で使う資料運びの手伝いに、職員室に行った時だった。いつも割と穏やかな職員室が少し騒がしく感じた。
先生から資料の束を受け取って教室に戻ろうとした時、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
「あ、美夜ちゃん!」
「理事長。こんにちは」
「うん、こんにちは。実は急な来客があってね、晩ご飯の準備が間に合わないかもなんだ。優姫や錐生くんにも、悪いけど寮の食堂で済ませるように伝えてくれないかい?」
早口で言われることを聞き逃さないようにしながら、分かりましたと頷く。黒主学園は上流階級の生徒が多かったりするので、来客もかなり偉い人であることがあるのだ。
大変そうだなあ、と思いながら職員室を出ようとし、ふと思い付いて理事長に駆け寄った。
「理事長!あの、食材はあるんですよね」
「え、うん」
「良かったら、私に作らせてもらえませんか?いつもよくしてもらってるし……あ、レシピは借りたいんですけど」
提案すると理事長は目を見開いていたけれど、すぐに笑顔で頷いてくれた。
「助かるよ。レシピは放課後までに居住区の……ダイニングにでも何冊か置いとくね」
「はい、ありがとうございます」
「美夜ちゃんの手料理、楽しみにしてるから!」
にっこり笑う理事長に、なんだか少しハードルを上げてしまった気がする。私は気合いを入れつつも、何となく久々の料理をちょっと楽しみにしながら、職員室を後にした。
* * *
私の前には、ダイニングテーブルに置かれた四冊のレシピ本。冷蔵庫の中身は確認済みで、大概のものは作れるだけの食材があった。
「なーにしようかな」
申し出ておいて今更だけど、自分の腕前はわきまえているつもりなのであくまでもレシピに忠実に。さあ、何作ろうか。
レシピ本をパラパラめくったり睨んだりすること三十分。宙を見て頭を動かすこと十分。合計四十分で、何を作るのか、どんな手順で行うのかの計画を立てた。
計画が組み上がった所で、私はレシピ本を閉じて立ち上がる。エプロンは持ってないので、腕まくりだけをして冷蔵庫に向かう。沢山ある食材の中から最初に取り出すものを持って。
「……美夜?」
食材を置きながら顔を上げると、怪訝そうにした零がいた。
「あ、零だ」
「ああ」
理事長はどうした?と零の顔が言っている。表情の乏しい中にもちゃんとくみ取れるものがあって、それが出来ている自分に、私は密かに嬉しくなった。
「急なお客さんで晩ご飯の用意出来そうにないって聞いたから、私が作ろうと思って」
「へえ」
相槌を打った零が、服の袖をまくり上げてキッチンに入って来る。ああ、きっとこれは手伝ってくれるっていう意味。私がありがとうと言うと、ああ、と零は僅かに口角を上げた。
「で、メニューは?」
「えっと……塩麹鶏のトマトソース煮込み、シーフードサラダとフレンチドレッシング、コンソメスープ。デザートに桃のソルベでもいかがでしょう」
「いいんじゃないか」
「桃大丈夫?シャーベットだから、あんまり甘くないとは思うんだけど」
「大丈夫」
料理が得意な零が手伝ってくれるならのんびり準備しても間に合いそうだ。私は少し力を抜いた。
「あ、そうだ」
「何?」
「日頃のお礼も兼ねてるから、やりすぎないでね」
「じゃあ、俺は指示待ちにするから」
よろしく、と笑って念押し。じゃないと零ってば手際が良いから私の出る幕がなさそうだから。
まな板と包丁を出して並べ、私は桃をまず手に取った。凍らせないといけないから、桃から取り掛かる予定だった。
「俺は?」
「えっと……鶏肉か玉ねぎかトマト切ってくれる?」
「了解」
……個人的には玉ねぎを切ってほしいなあ。零でも泣くんだろうか。
「……お前今なんか変なこと考えてたろ」
「全然。桃美味しいよねって」
手早く桃の皮をむいて切り、ボールに入れてスプーンで潰す。フードプロセッサーの場所が分からなかっーーああ、零に聞けばよかったかも。……次は、レモン汁と水で、牛乳だっけ。
「大さじ二杯と200ccとーー」
「全部覚えてるのか?」
「うん、さっき覚えた。でも頻繁に作るわけじゃないから、作り終わったら多分忘れてるんだけど」
「よく出来た頭だな……」
「そうかな。あ、鶏肉とトマトありがとう」
玉ねぎは後回しにしてることにちょっと笑う。私はジュース状になったものを容器に移して冷凍庫へと運び、時間をおいて混ぜるということを忘れないようにしつつ。零は眉を寄せて、玉ねぎを自分のまな板に置いていた。
「玉ねぎは私がするよ」
「しみるだろ」
「零もでしょ。玉ねぎ切るのが好きなら頼むけど」
「好きなわけねーだろ」
「ふふ、私がやるってば。晩ご飯作るの引き受けたんだし。零は他の切ってくれる?零がいてくれるから、コンソメスープと鶏、同時進行でしようと思ってさ」
実は。コンソメスープは固形コンソメを使わない本格的なものを作ろうとしている私。だからスープと鶏が同時に作れるのはありがたい。
まな板と包丁を一度洗って、玉ねぎと対峙する。初めて玉ねぎを調理した時は、溢れてくる涙に困惑したものだ。
「あー早速しみてきた……」
「ファイト」
「うん。あ、涙が」
視界が滲んでくる。まくっている袖で涙を拭って再開。
「ゴーグルとか鼻栓すればいいらしいけどな」
「やだよ……ぐすっ。しみる」
「……お前、それでこっち見んなよ」
「え、泣き顔が汚いってこと?っすん、確かに見せるようなものじゃないけど」
「別にそうじゃない。……俺の為だと思えって」
「よくわかんない。ってあれ、何で零まで泣いてるの?」
隣で作業してるせいで零も被害に遭ったらしい。睨まれても迫力がない。だって目がうるうるしてるんだもの。
「泣いてるー」
「お前もな」
「泣き顔見られたくなかったんだ?」
「違……いや、もうそれでいい。ほらさっさと玉ねぎ(そいつ)片付けろって」
「あい」
零が腕を伸ばしてきて、袖で涙を拭われた。零の言う通り、私の優先事項は玉ねぎ(敵)を調理(殲滅)することなので、涙ながらに笑って玉ねぎ(敵)に向き直った。
* * *
零side
晩飯の時間はいつもよりやや遅くなったが、理事長も間に合っていつも通りの面々でテーブルを囲った。
「ありがとう美夜ちゃん!」
「いえいえ、零と一緒に」
美味しいと早速箸を進める理事長や優姫を見て、美夜は嬉しそうに笑っている。コンソメスープをコンソメの素無しで作り始めた時には驚いたが、「レシピ通りすれば出来るんじゃない?」との言葉通りやってのけた美夜は素直にすごいと思った。
「私も料理得意だったら手伝えたのになあ」
「一緒に料理出来たらいいね」
優姫が料理なんて一生ないんじゃないか、と呟くのは心の中でだけだ。言ったが最後、美夜は優姫をべた褒めにかかる。それは面白くない。
「美夜ちゃん、このスープ、コンソメだよね?なんとなく僕がするのと味違う?」
「それ、美夜は固形コンソメ使ってないからな」
「え?!何それ料理人?!」
「レシピがあったので……」
少し照れたように笑う美夜。調理中、玉ねぎによる涙に気持ちが昂ぶりかけたのは秘密だ。俺が包丁持っていてよかったと思った。手が空いてたら何するか分かったもんじゃない。
……しかしあれは夢に出てきそうで困る。
「すごいよ美夜!全部美味しいし。ねー零」
「ああ」
「やっぱり美夜が作ると褒めるんだ……!」
「……美味いのは事実だろ」
「確かにねっ」
やっぱりって何だよやっぱりって。美夜の作るものが不味い訳ないだろ。
へらへらする優姫を一瞥して鶏の最後の一口を放り込む。それとほぼ同時、美夜が早口で断りを入れて席を立ち、長髪を揺らしながら部屋を出て行った。
「……美夜、どうかしたのかな」
「お手洗い?」
首を捻って呟く優姫と理事長に、俺は箸を置きながら告げた。
「デザートの様子見ですよ」
鶏やスープの調理中にも時間をみて、冷凍庫を開けてシャーベットを作る為に混ぜていたのだ。俺が甘い物苦手だからと、俺に味見もさせていた桃のソルベ。
「デザートまであるんだ」
優姫が楽しみだなと笑う。多分これが最後の様子見で、晩飯の片付けを終えたくらいに出てくるだろう。
俺が食べられるようにと甘さを控えて作られたそれ。俺の為に味を調節してくれたんだと思っても、別に自惚れじゃないはずだ。
fin
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