千年先も、その先も


世利side


屋敷の廊下を歩いていると、窓から、テラスで李土お兄様と樹里お姉様がお茶をしているのが見えた。

「むー……」

ただの家族のティータイムと言ってしまえばそれまでだ。しかしまあ面白いものではない。二人だから。李土お兄様と樹里お姉様の、二人、だから。

正直な所邪魔したい。でも楽しそうだし。

「世利?どうかした?」
「悠お兄様……あれ」

通りかかった悠お兄様に窓の外を示した。表情は穏やかだけど、その心中は私と同じはず。

樹里お姉様は悠お兄様の婚約者。李土お兄様は私の婚約者。年齢順でいけば、李土お兄様と樹里お姉様で、悠お兄様と私になるのだろうけど、そういう形で私たち兄弟姉妹は落ち着いている。

で、私たちは皆が皆、独占欲が強い。

「お兄様」
「うん?」
「共同戦線でも張りませんか」
「いいね」

別に戦いはしないのだけど、悠お兄様は実に良い笑顔で頷いた。


* * *


所変わって、屋敷にいくつかあるリビングの一つに、李土お兄様と私。並んでカウチに腰掛けると、李土お兄様が呆れたように言った。

「世利も良い性格になったな……」
「?」
「悠と腕を組んで現れるあたりが」
「……だってお姉様と楽しそうにしてたから」

李土お兄様は私が生まれる前までは、樹里お姉様の事が好きだったらしい。今はそんな気持ちなどない、と言ってくれるけれど、乙女はいつだって不安になる訳で。

むすっとして左右色違いの目を見つめると、お兄様は楽しげに口の端を上げる。

「世利は僕を信用していないのか?」
「違いますけど……」
「何度愛してると言えば、世利は安心するんだろうな……」

抱き寄せられ額にキスを落とされて、私はみるみる機嫌を治す。現金な私。

「……悠と腕を組むなんて、もうしないでくれ」
「はーい」
「屋敷が無くなりかねない……」

冗談に聞こえなくて笑ってしまった。実際、お兄様は大真面目に言っているんだろう。言葉自体は不穏なのだけど嬉しくて、私は体をお兄様に擦り寄った。

「好きです、お兄様」
「当然だろう。離れたいと言っても離してやらないからな」
「言いません、そんなの」

身長が高いお兄様はもちろん座高も高い。お返しにキスを贈りたいなと思っても届かない。だからお行儀は悪いけれど、カウチに少し膝を付いて腰を浮かして、お兄様の頬に口付けた。

「……今日は、積極的だな?」

お兄様と樹里お姉様が絵になるのが悪いんです、とは言わなかった。でも多分お見通しで、私が嫉妬したことでお兄様はご機嫌な様子だった。

ひょいっと膝の上に乗せられたので、自分の欲を出してみる。お兄様はそれに気付くと、満足気に笑った。

「いいぞ」
「ん」

お兄様の首に腕を回して、血脈を探すようにその首を舌で舐めた。牙を突き立てると、すぐにお兄様の血を飲み下す。その甘さに嬉しくなりながら、二回ほど嚥下して牙を抜いた。

「ご馳走様です」

牙を刺したまま、溢れてくる血を飲み下すというのは、実は中々難しい。一切零さないというのは至難の技だ。

あっという間に塞がった傷口の周りの血を丁寧に舐めとった。

「……なら、僕も貰おうか」
「はい」

妖艶に笑うお兄様が、私に牙を穿つ。吸血は私達吸血鬼にとって重要な生命維持活動であるけれど、愛し慕う者とのそれは、一種の愛情表現となる。

牙で与えられる痛みも、血を啜られる感覚も、お兄様にされると快感に変わる。

「っ……ふぁ」

牙が抜かれて思わず声を漏らすと、お兄様が耳元で小さく笑った。

「……可愛いな、世利は」
「もう」

結構血を抜かれた気がする。くたりとお兄様に凭れかかり、頬を擦り寄せていると不意に身体が浮いた。

「お兄様っ?」
「僕の部屋に行くぞ。あいつらに邪魔をされたくないからな」

ごく近い距離でお兄様が笑った。はっきりとは言わないけれど、部屋に行く意図が容易に分かり、私は顔が熱くなるのを感じる。

お兄様の目の奥に、欲が揺らめいているのが見えた。

「……お手柔らかに、お願いします」
「別に、明日立てなくても支障はないだろう?」
「…………」

私がそれに言葉を返せずにいると、お兄様はまた妖艶に笑った。


fin

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