少女の夢想(1/2)


 場所は、地球近くのドルトコロニーの路地裏。クーデリアの他、被弾したフミタン、オルガら鉄華団のメンバーがいた。

「いい加減に、してくれ」

 手をあげられた訳でも、怒鳴られた訳でもない。けれど、クーデリアは身がすくんで声がでなかった。
 普段は涼しい右目が、明らかな苛立ちに染まっている。顔や体が痣だらけになっても弱音一つ吐かず何者も責めなかった彼女が、はっきりとクーデリアを睨んでいた。
 


 クーデリアは、火星の独立自治都市クリュセの代表の娘だ。富裕層の出身だが、ある思想家の影響を受けて火星独立運動の先頭にたち、十六歳という若さで独立運動家をまとめた実力者だ。
 その独立運動の一貫で、火星から地球へ向かうこととなった。火星のハーフメタルの貿易自由化を求め、アーブラウ首長と交渉を行うのだ。
 その警護を元CGS現鉄華団に依頼した。
 クーデリアは、カリスマ性と行動力を危険視されており、父親からも危惧されている。父親がギャラルホルンーー世界の治安維持をかかげる、強大な武装組織ーーに密告したことがきっかけで、鉄華団とギャラルホルンは敵対したのだ。
 クーデリアは火星で鉄華団と合流したときから、命を狙われ、戦闘を目にしてきた。鉄華団に護られながらギャラルホルンや海賊を退け、ようやく到着したのがドルトコロニーである。


 ドルトコロニーは、ドルトカンパニーの管理下にあるスペースコロニー群である。八基のコロニーから構成され、ドルト1からドルト8と呼ばれており、それぞれに特色がある。
 オルガたちがドルト2で積み荷をおろしている間、クーデリアはドルト3にて買い物をしていた。ドルト3は地球出身者や富裕層が多く住んでおり、商業施設が充実している。
 途中、ビスケットとアトラとロアとは別れた。彼らはビスケットの兄に会いに行くのだ。クーデリアはフミタンと三日月とともに、店を回ることになった。

「私、ロアさんに嫌われているのかしら……」

 三人の背中を思い出しながら呟く。鉄華団の制服ではなく小奇麗にしたロアは、アトラに手を引かれて歩いて行った。
 クーデリアは、ロアとあまり話したことがない。会話が続かない上、ロアからは事務的なことしか話しかけられないのだ。

「あまり、お喋りを好まないのでは?」

 フミタンの言うことも一理ある。ロアはいつもすました顔で、アトラが楽しそうに話しかけても、稀に微笑むくらいのものだ。女版三日月だと誰かが言っていたのを、聞いたこともある。
 その三日月は、呑気に火星ヤシを食べている。クーデリアの視線に気づくと、「なに」と首を傾げた。

「いえ、何でもありません」
「そう。次はどこに行くの」
「買い物は済みましたので、どこかで通信機を借りましょう。そろそろ、定時連絡の時間ですし」
「分かった」

 三人で、近くのホテルに向かう。三日月がPDAを持って通信設備の前に立ったので、クーデリアはフミタンとともにロビーのソファに腰を下ろした。荷物はドルト2に配送するよう手配しているので、身軽なものである。
 本当は今日、アトラやロアとも一緒に買い物を楽しみたかった。買い物の目的は宇宙艦の消耗品だが、洋服やアクセサリーを見る時間もあった。結局クーデリア一人で見て回ることになったが、アトラやロアもいればもっと楽しかっただろうに。特にロアは、歳星でクーデリアとアトラがショッピングをした時にはいなかったので、必要最低限の生活用品しか持っていないはずだ。

「せっかく、同年代の女の子がいるのに……」
「ロアさんは、いくつかお嬢様より年上では」
「でも少しだけでしょう?鉄華団は男性ばかりだから……女性って、私達以外だと、アトラさんとメリビットさんだけなんだもの。メリビットさんはもっと年上の女性だし……」
「確かに、メリビットさんよりは、お嬢様に近いですね」
「どうすれば、もっと仲良くなれるのかしら。今日着る服を押し付けたの、やっぱりまずかったかなあ」
「……断ることをしない方ですからね」
「そうなの。私もアトラさんもおめかしするから、折角だと思ったんだけど……」

 両肘をついて、ため息をこぼす。今回の買い物を機に、距離を縮めたかったのだが、もうそれも叶わない。
 三日月が、通信を終えて歩み寄ってくる。ドルト2にいるオルガたちのようすを問おうとして、しかし口を閉じた。
 三日月の表情が険しい。まるで戦闘前のような、張り詰めた空気だった。

「何かあったのですか」
「ロアとビスケットがさらわれた」
「え……?な、どうして!」
「俺は二人を探しに行く。ここにアトラが来るようになってるから、事情はアトラから聞いて」
「アトラさんは無事なのですね。どうして、別のコロニーにいる団長さんがそれを知っているのですか?」
「それもアトラから聞いて。あんた、クーデリアのことは頼んだよ」
「分かりました」

 フミタンが頷いたのを確認して、三日月はロビーを飛び出していった。オルガから、なにかアテを聞いているのだろう、走ることに迷いはなさそうだった。
 クーデリアは呆然とそれを見送り、すがるようにフミタンを見る。フミタンは冷静さを失っておらず、狼狽するクーデリアの背をなでた。

「空いている部屋をとりましょう。アトラさんと身を隠しておくべきです」
「でも、フミタン、私も二人を探しに」
「ご自分の立場をお忘れですか。護衛である鉄華団の状況がわからない以上、無闇に動いてはなりません。ここはもう地球圏なのです。今までのように、戦って勝てば良いという土地ではありません」
「っ……分かった。ごめんなさい、フミタン」
「いえ」

 なだめられてすっと頭が冷えていく。不安は消えないが、あの三日月が向かってくれたのだ。きっと大丈夫。
 フロントでフミタンが手続きをした後も、ロビーのソファにとどまった。ほどなくして、見慣れたセピアブロンドの髪が駆け込んできた。
 アトラは肩で息をしながら、クーデリアへ走り寄る。なぜかクーデリアの名前をどもり、あたふたと手を動かしていた。

「クーデ、あっえっと」
「アトラさん、一体何があったのですか」
「お嬢様、まずお部屋に移動しましょう」
「あ、そうね。行きましょう、アトラさん」
「うん」

 早足で部屋へと移動し、適当に腰掛ける。ずいぶん走ったらしいアトラに水を出すと、ぐいと飲み干していた。

「アトラさん、大丈夫ですか」
「うん、私は平気」
「ロアさんとビスケットさんが誘拐されたと聞きました。一体何があったのですか」
「……ロアさんが、クーデリアさんのふりをして、捕まってる」

 心臓を、わしづかみにされたような心地がした。




 ビスケットの兄・サバランとは無事に合流できた。再会を喜ぶビスケットとサバランだったが、アトラとロアという同行者を認めたサバランが、場所を変えようと提案したのだ。
 アトラは足取り軽く、兄弟の後ろを歩いていた。鉄華団で、身内がいる団員は非常に珍しい。つい先日、昭弘の弟が亡くなったばかりなのもあり、肉親と生きて再会出来ているという状況が、アトラにはとても嬉しかった。

「私にとっては、オルガさんや三日月が兄弟みたいなものかなあ」
「長い付き合いになるのですか?」
「うん。二人にはいっぱい助けてもらったの。ロアさんには、そういう人、いる?」
「……弟、ですね」
「あっアストンたち?」
「そんなところです」

 ブルワーズで、ヒューマン・デブリとして扱われていた少年たちのことだ。彼らはロアを姉貴と呼んでいる。ロアはその呼び名に複雑そうな顔をするが、可愛がってはいるのだろう。
 血は繋がっていないが、アトラにとって、オルガも三日月も鉄華団の皆も、家族なのだ。それを実感するたびに、心が暖かくなる。自分は役立たずではないのだと。信頼できる仲間がいるのだと。
 血縁のある家族なら、その繋がりはより強固だ。そう信じていたからこそ、アトラは、その後の展開に流されるままだった。

「すまん、ビスケット……!」

 サバランが絞りだすような声で言った途端、見知らぬ男たちに囲まれる。ギャラルホルンの制服を着たものも混じっており、アトラは体を小さくした。

「どういうことですか、兄さん!」
「っはやく、こいつらを捕まえてくれ!」
「サバラン兄さん!」

 ビスケットが大きな体でアトラとロアを背に隠すが、ビスケットは喧嘩に強いわけではない。アトラはあっという間に引き剥がされ、車へと引きずられる。必死にもがく中で、同じく拘束されるビスケットと――襲ってきた男を蹴り倒すロアを見た。
 ロアは男から銃を奪うと、自らのこめかみに銃口を押し当てる。
 血の気が引いた。意味がわからない。なぜかビスケットの兄に嵌められ、訳もわからず連れ去られようとしている場面で、ロアが自殺をほのめかしているのだ。

「クーデリア・藍那・バーンスタインは私です。凄惨な光景を見たくないのならば、今すぐに二人を解放しなさい」

 ロアの言葉に驚いたのは、この場にいる全員が同じだった。
 アトラを拘束する力が緩む。アトラは小さな体を活かして拘束を逃れ、大通りに向かって走りだす。迫った追手には、ビスケットが体当たりで攻撃していた。
 アトラが振り返ると、ビスケットとロアが取り押さえられていた。家族をおいて逃げるのか。そんな思いが走る速度にブレーキをかけるが、

「"アトラ"!止まらないで!」

 アトラは決して馬鹿ではない。珍しいロアの大声に、唇を噛んで走った。




「――その後、労働組合の方が力を貸してくれたんです。ドルト3にいる組合長に連絡を取ってくれて……そうしたら、たまたまそこにオルガさんたちが」
「ろ、労働組合?」
「うん。あのねクーデリアさん、ここの労働組合の人たちは、クーデターを計画してるんです。そのための武器が、鉄華団の運んできた荷物だったの。そして、その武器を手配したのが、クーデリアさんってことになってます」
「わ、私?」
「サバランさんはクーデターを防ぐために、ギャラルホルンと協力してクーデリアさんを捕まえて、クーデターの作戦を聞こうとしてる。サバランさんは同時に、労働組合が議会と交渉できるようにはたらきかけてて……クーデターを食い止めようとしてるみたいです。労働組合の人は、クーデリアさんに賛同してるから、積み荷が武器だったことでギャラルホルンに目を付けられたオルガさんたちを、かくまってくれているんです」
「私の名前を騙った者に、目星は付いているのですか」
「オルガさんは、"ノブリス商会"って」
「!?」

 ノブリス商会のトップ、ノブリス・ゴルドンは、クーデリアの支援者であるはずだ。
 裏切られたのか。いや、ノブリス・ゴルドンにとって、この展開のほうが金になると判断したのだろう。
 武器を得た労働組合側とギャラルホルンがぶつかれば、被害は甚大だ。近くにいるクーデリアが巻き込まれない保証はない。――この混乱に乗じて、殺すつもりなのだ。
 目眩がした。自分の知らないところで名前が使われ、クーデターに発展しようとしてる。おまけに、そのせいで仲間が浚われたのだ。
 はた、と。クーデリアは浮かんだ疑問を口にした。

「どうしてロアさんは、私が探されていることを知っていたのでしょうか」
「それは、分からないけど……」
「……おそらくですが、ギャラルホルンの者を見て、お嬢様が狙われているとあたりをつけたのではないでしょうか。お嬢様は今までにも命を狙われていますから。けれど彼らは、お嬢様の顔を知らなかったのでしょう」

 クーデリアは、きつく手を握りしめた。嫌われているとか避けられているとか悩んでいる間に、当のロアは、クーデリアを庇うために身を危険にさらしていたという。
 これではますますロアに合わせる顔がない。

「それで、団長さんは何と?」
「あ、えっと、すぐにドルト2に来るって言ってました。三日月と合流して二人を助けてから、このホテルに」
「……待機すべき、なのですね」
「うん。もどかしいけど、ここに隠れてなきゃいけないんです。大丈夫!クーデリアさんは私が守りますから」

 クーデリアを励ますように、アトラがにっこり笑ってくれる。アトラも不安なはずなのに、それを隠して。
 クーデリアは、頑張って笑顔を作って頷いた。




 部屋のチャイムが鳴らされ、オルガたちかと思い急いで出ると、そこにいたのは仮面の男。
 見たこともない男だ。クーデリアを守るようにフミタンが前に立った。

「クーデリア・藍那・バーンスタイン、君はここで死ぬべき人ではない。すぐにここを発ったほうが良い。時期にここは、労働者による武装蜂起で荒れるだろう」
「あなた、一体……」
「そのための武器を、鉄華団に運ばせたのは誰だと思う?」
「っノブリス・ゴルドン……」

 容赦なく傷をえぐってくる、仮面の男。
 クーデリアは、背を向けているフミタンの体が強張っていることに気付いた。何か、様子がおかしい。嫌な予感がしてフミタンのベストの裾をつかんだ。

「おや、知っていたか」
「ええ……」
「あれは、貴女を利用するために、自らの手のものを傍に潜り込ませているような男だよ」
「何が言いたいのですか!」
「微塵も疑ったことはないか?」

 仮面の男の声が、自分やアトラではなく、フミタンに向かっていると直感した。
 仮面の男が、嘲笑をにじませる。自分の大事な家族を侮辱するつもりか、とクーデリアが食って掛かる前に、フミタンが静かに口にした。

「その男の言葉は、本当です」

 聞こえた言葉を、一瞬、理解できなかった。フミタンは、クーデリアが姉のように慕ってきた人物だ。
 たちの悪い冗談だと思いたかったが、フミタンが冗談を言ったことなどない。フミタンはいつでも、クーデリアに対して誠実だった。誠実だった、はずなのだ。
 自分の立つ地面が崩れていくような錯覚。絞り出した声は、情けなく震えていた。

「嘘、嘘よね、フミタン……どうして」
「フミタンさん、なんで?本当に……クーデリアさんのこと、騙してたんですか?」

 仮面の男が小さく笑ったのが分かった。フミタンはクーデリアやアトラの言葉に応えず、一歩、部屋の外に出た。

「待って、フミタン!」

 クーデリアの呼びかけも虚しく、部屋のドアが閉まる。鍵の閉まっていないドアに飛びついたが、廊下に出ようとしたクーデリアを、後ろからアトラが抱きしめる。ドアから引き剥がすようにするアトラに、クーデリアは少なからず苛立ってしまった。

「離してください、アトラさん!私は、フミタンを追いかけなくては!」
「ダメです!クーデリアさんが、クーデリアさんだってばれちゃうと、ロアさんが殺されるかもしれない!」
「っでもフミタンが!」
「クーデリアさん!!」

 踏ん張りが効かず、アトラと一緒に床に倒れこんだ。
 クーデリアはしたたかに頭を打ち付け、その痛みで冷静さを取り戻す。自分の軽率な行動が、仲間の命も危険に晒すのだ。
 クーデリアは力なく床に座り込んだまま、膝を抱えた。
 
「クーデリアさん……き、きっと大丈夫です。ロアさんは三日月たちが見つけてくれるし、合流したら、フミタンさんを探しましょう」
「そう、ですね。……すみません」

 ほんの一瞬でも、仲間の命を天秤にかけた自分が許せなかった。
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