愛を知りたかったひと(2/2)


 マクギリスがロアと直接顔を合わせたのは、ガエリオの説得からおよそ二年後のことだった。
 マクギリスは地球外縁軌道統制統合艦隊を率いる立場となり、特務三佐から准将へと肩書を変えていた。
 それまでも鉄華団とは関わっていたが、マクギリスがディスプレイ越しに対面するのはもっぱらオルガで、船医であるロアが会議に呼ばれることはない。アイン・ダルトンの件をオルガらに伏せている以上、マクギリスからロアを指名することもなかった。
 鉄華団は二年前の地球(エドモントン)での戦闘後、経済圏の一つであるアーブラウの軍事顧問に就任し、地球支部を開設するに至っている。その鉄華団地球支部とアーブラウ防衛軍が、アーブラウと同じく地球経済圏の一つであるSAUと、不可解な戦闘を始めていた。
 互いの目的も不透明、戦闘は長引くばかり。SAUから調停を依頼されたマクギリスは、自らが出撃することも視野に入れて戦況をうかがっていた。




 執務室のマクギリスへ、部下の石動(いするぎ)が困惑した声で通信を寄越した。

『……准将にどうしてもお目通りしたいという少年がおりまして』
「誰だ?」
『それが名乗らないのです。巡回に出ていた者が私に報告してきたのですが、准将はご存知なので名乗る必要はないと』
「追い返せない理由は」

 石動は有能な人間だ。わざわざマクギリスに確認を取るまでもなく、不審人物をあしらうだろう。それが出来ないというのは、相応の理由があるはずだ。
 何かマクギリスの弱味でも握っているか、亡命中の要人か、もしくは。

『申し訳ありません。疑わしいならば准将に連絡を取り、確認すればいいと』
「その少年は何と?」
『……"弟がお世話になりました"と、それで准将はお分かりになるはずだと……』

 マクギリスは前髪を指先でいじり、表情を和らげた。
 このような回りくどい手段で接触を試み、マクギリスに弟の話題を出す人物など、一人しか思い当たらない。その人物は少年ではなく成人女性だが、カモフラージュしているのだろう。それに石動はじめギャラルホルンの数人は騙されてしまっているようだ。
 マクギリスは石動に、その不審人物に会うと告げた。石動は困惑した様子だが、すぐに了承する。

「しかし、ギャラルホルン本部へ来るのは好ましくないな……。近くの、安価なホテルを押さえてもらう。後で私が払うからくれぐれも経費で落とさないように」
『分かりました』
「今夜そこを訪ねることにすると、その少年に伝えてくれ」
『少年も、それで構わないとのことです』
「では、後は頼む」
『はい』

 マクギリスは通信を切り、頭のなかで自身の予定を見直しながら仕事を再開する。
 タイミングを考えると、彼女の用件も予想がつく。なぜ少年に扮してまで彼女がマクギリスに接触したのかは、本人に聞けば解決する。

「恨み言を言うため、か……」

 それ以外にあり得ない。
 マクギリスは彼女に、弟が亡くなったことを知らせていないのだが、彼と対峙したのは三日月だ。三日月から何かを聞いて、察しているだろう。
 あのMSは通常よりも大きく、阿頼耶識システムを採用していないギャラルホルンのMSと比較しても格段に強かった。三日月の相手と弟が結びつくのは、難しい話ではない。
 マクギリスはそっと自嘲した。





 マクギリスは石動を連れて、ホテルを訪ねた。町の片隅にある、少しばかり廃れたホテルだ。マクギリスと石動はもちろんギャラルホルンの制服を脱ぎ、ラフな格好での訪問となった。
 マクギリスは、石動から聞いていた部屋番号をノックする。すぐに中から鍵が開いた。
 身を隠すように部屋に入り、鍵を閉める。ベッドしかない質素な部屋で、マクギリスはベッドに座るようすすめられた。
 マクギリスが腰を下ろすと、少年改め、ロアが頭を下げる。

「出向いていただき、ありがとうございます」

 マクギリスが知っているロアよりも、随分と痩せていた。おまけに傷だらけで、あちこちから包帯がのぞいている。その包帯で胸もつぶしているらしい。髪は以前と変わらず短く、やはり弟と似ていたが、痩せたためか以前ほどではない。

「構わないよ。さて、話を聞かせてくれるかな。……ああ、石動は私の直属の部下だ。心配する必要はない」

 ロアの躊躇いを読んで付け足すと、ロアは礼を言ってまた頭を下げた。
 困惑するのは石動である。不審人物が何者なのか聞かされないまま同行していた。

「准将、それで彼は……?」
「"彼女"はロア。鉄華団の船医だよ」
「鉄華団……。准将、彼女と……?」 
「ああ。ロアはれっきとした女性だ。ロア、変装してまで私に話とは?」

 マクギリスに向き直ったロアは、どことなく雰囲気が変わっていた。それだけでマクギリスは察したーー"わざわざ"ロアが身元を隠してマクギリスに接触したのではなく、ロアしか動ける者がおらず、そうせざるを得ないのだと。

「身なりの件は、すみません。お見苦しいものを……。弟と同じ顔の私が、鉄華団として接触するのは避けるべきかと思ったんです。だからといって、ただ弟の血縁と名乗るのも問題があるので」
「ロアは死んだことになっているからな……。石動、彼女はアイン・ダルトンの姉で、戸籍上は既に亡くなっているんだ」

 マクギリスは、控える石動に言う。石動は、例の機体の、と呟いてロアをまじまじと見つめた。
 ロアは石動に会釈をしてから、事の次第を語った。

「今回の鉄華団とSAUとの戦闘には不審な点が多く、私も疑問に思っていました。私はたまたま、ラディーチェさんの通信を聞き、戦闘が団長の意思ではないと知りました」
「ラディーチェとは?」
「テイワズから派遣されている、鉄華団地球支部の監査役です。彼の目的は分かりませんが、団長の意思でないと分かった以上、戦闘する理由がありません」
「やはりな……」

 オルガ・イツカ率いる鉄華団は血気盛んな集団だが、仲間を家族と言って大事に守りあっている。無意味に戦闘を長引かせるのは本意ではないだろうし、地球での戦闘がオルガの指示ならば、協力関係にあるマクギリスに連絡が入ってもおかしくない。
 加えて、地球支部の代表だったチャド・チャダンは重傷で入院しているのだ。応援も寄越さず、少年たちに戦闘を命じるのは違和感があった。

「そのことをタカキさん……今、地球支部を仕切ってくれている方に伝えようとしたのですが、その前に私が捕まってしまい、一昨日まで監禁されていました」
「……」
「一昨日脱出し、ラディーチェさんの通信機を使ってイサリビに連絡を入れました。そこで、団長からも『戦闘の指示をしていない』と聞きました。そのあとはタカキさんの妹さんに匿っていただき、まだ戦闘が続いていることと……ギャラルホルンの方を最近よく見かける、と」
「SAUから調停依頼があったんだ。あまりにも膠着状態が続くので、部下を巡回させていたんだが……そこに君が接触したのだな」
「はい。私が一人で支部へ向かっても、ラディーチェさんに見つかってしまえばどうしようもありません。より確実な方法として、マクギリスさんに力を貸していただこうと……」
「なるほど」

 厄介な状況ではあるが、ロアがマクギリスのもとへ来たのは幸いだ。
 ギャラルホルンであるマクギリスが戦地へ赴き言葉をかけても、おそらく鉄華団は止まらない。だがロアが加われば話は別だ。

「分かった。丁度、武力介入を検討していた所だ。君にも同乗してもらおう。そちらの方が停戦もスムーズに進むだろう」
「ありがとうございます」
「……君は、礼ばかりだな。私に文句の一つや二つ、あるだろうに」
「いいえ」

 即答だった。やはりアインが亡くなったことは、既に知っているのだろう。
 アイン機械化の真意を知らないロアがマクギリスを恨むのはお門違いだ。ただ、鉄華団の最強パイロットにアインをぶつけた上官たち(マクギリスやガエリオ)を恨んでもいいだろう。
 
「弟にとても立派な機体を与えてくれて、最期まで戦わせてくれて、感謝しています」
「……見たのか、彼を」
「はい。三日月さんの迎えで、エドモントンに行きました。一目会えて良かったです」

 三日月を迎えに、ということは、既にアインはこと切れていたはずだ。感動の再会とは程遠いにも関わらず、ロアはそれで十分だという。
 マクギリスはため息をついた。ロアはマクギリスに罪滅ぼしをさせてくれないどころか、責めることさえしないのだ。

「ロア、私に出来ることは少ないが、君の安全を保障することくらいは出来る。今からでも鉄華団を抜けないか。……アインのためにも、子どもを二人とも失ったご両親のためにも」
「……お気遣いありがとうございます。でも、私は下りません。鉄華団には、血のつながらない弟がたくさんいるんです」
「……そうか」
「生きることが楽しいと言った彼らを守りたいんです……守りたいと、思えるようになったんです」

 自分の意思を持つという当たり前のことを、つい最近になって覚えたのだろう。ロアは大事そうに、誓うようにそう言った。
 これからマクギリスと鉄華団の関係は、隠せるものではなくなってくる。だが、ロアとの本当の関係は伏せたままだ。表向きはファリド家当主と鉄華団船医として、最低限の接触にとどめる。一方で、マクギリスは鉄華団の協力者としてではなく一人の人間として、ロアには幸せになってほしいと思う。
 二人の幼馴染を殺し、アインを見世物にし、嘘を重ね続ける自分が、唯一見つけた償い方だ。
 ただの自己満足にしかすぎなくとも。彼女がそれを求めていなくとも。

「私は、ロアへの協力を惜しまない。それだけは覚えておいてほしい」

 ロアはアインより少し丸い目を見開いて、マクギリスを凝視した。反論しようと口を開いたのに気づかないふりをして立ち上がる。

「まずは栄養のある食事と、清潔な衣服だな」
「っいえ、恐れ多いです、不要です」
「武力介入時、私か石動が途中で君を拾うことになるだろう。戦場近くまでは自力で行ってもらわねばならないんだ。衰弱されていては困る」
「わ、かりました。……ですが衣服は」
「私が君を虐げていた、と鉄華団に誤解されるのは御免なのでね」
「私がちゃんと弁解しますから」
「三日月・オーガスはあまり話を聞かないだろう。食事と服は明日にでも届けさせる。作戦については、また連絡しよう」
「……分かりました」

 ロアは少しだけ呆れたような顔をしてから、礼を言って頭を下げた。

- 7 -

prev双眸アルカディアnext
ALICE+