しあわせの代償(1/2)


「なあ、MS(モビルスーツ)の調整、上手くいかなくて……」

 アストンは"買い取られた"先で、同じ立場らしい子どもが別の団員に話しかける姿を見た。
 子どもはアストンと同じで、白地に赤のラインが入った宇宙服を着ている。食事よりもはるかに安い金で買われた子供たちは、皆同じ装いだ。
 話しかけられていた人は女性で、ラフなズボンとタンクトップだった。アストンと立場は違うようだが、阿頼耶識を埋め込まれているということはただの団員ではなく、虐げられる側の人間なのだろう。年上の割にはずいぶんと小柄だった。
 その子供も、すぐに見なくなった。別の海賊との縄張り争いに駆り出され、死んでしまったらしい。
 アストンは阿頼耶識の手術を乗り越え、また、パイロットとしても適応していた。乗れるだけではなく、乗りこなせた。生き延びることは出来たのだが、その分、多くの子供たちを見送った。

 


「あれ?あー?」

 ヒューマン・デブリの少年たちは、パイロットとして力をつけてくると、自分達の使うMS"マン・ロディ"を自分達で管理するようになる。阿頼耶識で外部情報を直接脳に流し込むヒューマン・デブリたちは、それぞれに合った調整をすることでより操縦性能が上がるからだ。
 修理や整備も、自分より早く入ったヒューマン・デブリに聞いて行わなければならない。整備士もいるが、彼らが相手をするのは一律設定のマン・ロディと幹部のMSだ。機嫌がいいときは手を貸してくれるが、滅多にない。
 苛立ったように声を上げるのは、アストンと同じヒューマン・デブリのビトーだった。アストンとビトーは同じチームで、マン・ロディの整備も一緒に行っている。今は、普段ビトーが乗り込む機体の調整中だった。
 
「ビトー?」
「エラーが消えねぇ」
「は?」

 コックピットでPDAを叩くビトーの後ろへ浮き上がり、画面をのぞきこむ。確かに、そこには"Error"の文字が点滅していた。
 アストンもビトーも、文字は読めない。PDAを使っての調整は、いつも"エラーが出ないことを確認する"ためのものだ。おそらく、画面いっぱいの文字にはエラーの原因が示されているのだろうが、残念ながら理解できない。

「いつもどおりにしてんのに……」
「っだーもう!これじゃ乗れねえじゃん!」
「どっか締まってねーのかも。もっかい全部見てみよう」
「おう!」

 くまなく肉眼でチェックしたが、結果は変わらずだ。アストンはビトーとコックピットで頭を抱えた。機体に異常がある状態で戦闘に出たくはないし、阿頼耶識を接続した時点で脳がやられる可能性もある。
 こんな時、アストンらが取れる手段は限られている。整備士の機嫌がいいことを願って声をかけるか、PDAの方の異常なのだと片づけるか、"姉貴"を呼ぶか。

「アストーン、今何時だっけ」
「夜九時」
「この時間なら、まだアイツらの部屋に呼ばれてないだろ」
「探すか」
「だなー。あ、待てよ、先にお前のもチェックしとこうぜ」

 ビトーの提案に頷いて、アストンは自分が使っているマン・ロディに移動した。いつも通りの手順で済ませると、PDAは"Completion"と告げてくる。
 PDAの故障説が消えたところで、二人は姉貴を探しに移動した。幹部はヒューマン・デブリと遭遇するだけで不快そうな顔をするので、出来るだけ顔を合わさず、姿も見せず、移動するのが好ましい。
 自分たちが寝起きしている物置に始まり、幹部が寄り付かない薄暗い区画を探す。同じヒューマン・デブリの子どもに尋ねながら移動し、食物庫にたどり着いた。
 ヒューマン・デブリに配給される味気ない非常食が山積みになっている横に、幹部の食事ための材料が整理されている。以前はアストンも手を出そうをしたものだが、今では何も感じない。ビトーも同じだ。
 果たして、目的の人物はそこにいた。大きな籠に食材をいくつか入れている。厨房へ補充するのだろう。けれど、ちゃんとした炊事係は別にいるので、彼女は使いパシリになっているだけだ。
 彼女はアストンとビトーに気付くと、手を動かしながら短く問いかけてきた。

「どうかした?」
「俺の機体が、ずっとエラーになんだけど」
「これが終わったら行こう」

 手伝う、とは言わない。ヒューマン・デブリが厨房に入ることはできない。彼女が立ち入れるのは、この海賊に長く所属した結果なのだそうだ。
 彼女はアストンらを無下にしない。問いかければ応えてくれる。どれだけ疲れていても、時間を作ってくれる。使い捨てされる立場のアストンらにとって、数少ない拠り所だ。優しくされる理由が同情ではない、というのも、彼女が慕われる一因である。
 同情ではない根拠――彼女は、己の立場をヒューマン・デブリよりも下に見ている。
 貴重な戦力であるMWやMSに搭乗しての戦闘を許されていないからだ。女の阿頼耶識持ちという都合のいい存在を失くすのは惜しいという幹部の考えによるものだが、戦って死ぬことが仕事であると言っても過言ではないヒューマン・デブリにとっては戦力外通告ともとれる。
 戦闘に出ず生き残ることが良いことなのかどうか、アストンには分からなくなってきていた。



 おかしなこともあるもんだなあ。
 アストンは"空を見上げて"、眩しさに目を細める。まさか、ヒューマン・デブリとして虐げられていた自分が、地球に降り立つ日が来るとは。
 傷病者がごろごろいる、臨時キャンプ。干渉に浸るには穏やかではない場所だが、戦闘が終わった今、周囲は静かなものだった。
 ついさっきまで、鉄華団とギャラルホルンの戦闘が行われていた。しかしそれも、団長からの通信で終わりを告げた。護衛対象のクーデリア・藍那・バーンスタインと、彼女の支持者である蒔苗東護ノ介(まかないとうごのすけ)は無事に議事堂に到着し、ギャラルホルンと戦闘する理由がなくなったのだ。
 なぜ地球でギャラルホルンと派手な戦闘を繰り広げたのかと言えば、蒔苗東護ノ介が厄介な立場にあったことが原因だ。クーデリアは火星ハーフメタルの貿易自由化のため、アーブラウ代表・蒔苗東護ノ介と交渉すべく地球を目指した――のだが、当の蒔苗は、贈収賄疑惑で代表から退いており、オセアニア連邦に亡命していた。クーデリアの目的を果たすためには、蒔苗が再度代表に当選する必要があった。さらに、有力候補と言われたアンリ・フリュウはギャラルホルンと癒着していた。
 鉄華団は、ギャラルホルンとの戦闘を避けられなかった。

「今から死んだ奴は、もう一回殺すって、団長むちゃくちゃだろ……」

 疲れ切ったデルマの声がした。オルガの撤退命令が中々に強烈だったのだ。
 仕事は終わったのだから、ここから先は死ぬ必要はない、何が何でも生きて帰れ。そう怒鳴るオルガの声は、決して戦闘など望んでいないと告げていた。
 アストンはかつて、死んでも惜しまれることのない立場にいた。ヒューマン・デブリとはそういうものだ。それが今は、居場所を守るために戦って、生きて帰れという命令を受けている。
 戦闘が終わって興奮がおさまってくると、じわじわとこみ上げてくるものがある。とんでもなく疲れているのに、心地よいのだ。
 
「無茶苦茶だけどさ……なんか、嬉しかった」
「……そうだな」
「なあ、デルマ」
「なんだよ」
「生きるぞ、俺たち」
「……ああ」

 ふたりして脱力したままで格好がつかないが、そんなことはどうでもいい。息をして、青空を見上げて、言葉を交わして。それだけのことが、これ以上なく幸せに感じる。
 押し寄せる疲労感にまどろんでいると、不意に影が差した。
 呆れた顔のユージンである。

「オイコラ。動けるか」
「……うっす」
「なんとか」

 深呼吸して酸素を回し、休みたがる体に鞭をうつ。

「悪ぃけどよ。お前らどっちか、三日月の回収に行ってくれ」
「バルバトスで帰ってくるんじゃ?」
「バカ。本来、MSは街中で起動しちゃいけねーんだ。今回はギャラルホルンが仕掛けてきたんで、仕方なく三日月を出しただけ。戦闘が終わったら動かせねぇよ」
「分かった。じゃあ、俺が行く」

 デルマとアイコンタクトをしてから、アストンが名乗り出る。ユージンは、頼むぜ、と軽く肩を叩いてきた。ユージンもアストン以上に疲れているはずだが、そんな様子は見えなかった。

「バルバトスと三日月の回収を手伝えばいいんだろ」
「え?ああ違う違う、バルバトスの回収はもう人集めてある。お前が回収すんのは三日月な。ロアと一緒に行って、三日月連れて拠点に戻ってくれ」
「……怪我してんのか」
「怪我っつーか……まあ、そうだな。オルガと合流して嬢さんの護衛に向かう予定だったらしいんだけどよ、目と腕が動かねぇらしい。オルガと合流して議会が終わるまでそのままって訳にいかねぇだろ。だから先に回収してくれって、オルガが」
「姉貴なら怪我にも詳しいし、バルバトスの調整も手伝ってるからってことか」
「ああ。どういう状態か分かんねぇから、一応、お前も付いていってくれ」

 整備士の雪之丞は傷病者を連れて安全な場所まで撤退している。臨時キャンプにいるロアの方が、向かいやすいと言う訳だ。
 アストンは頷くと、デルマとも別れ、先ほどまで操縦していたMW(モビルワーカー)に駆け寄った。戦闘での被弾もあったが、急ぎの整備が必要な段階ではない。もうひと踏ん張りしてくれよ、と飾り気のないボディを撫でる。
 アストンはMWの状態を確かめると、ロアを探した。ユージンから話は通っているようで、アストンの顔を見るとすぐに走ってくる。

「三日月さんの所だよな」
「ああ。姉貴、仕事は?」
「処置の仕方も説明したし、一段落しているから大丈夫だ」
「なら行こう」

 早速MWに乗り込んで、阿頼耶識で接続する。ユージンから聞いた座標を打ち込んでマークした。議事堂近くの市街地だ。住民を避難させていたとはいえ、ギャラルホルンはとんでもないところにMSを出動させたらしい。
 操縦は体に染みついているレベルなので、特に考えなくてもMWは走り出していた。
 キャンプを出て、戦闘の残骸を一瞥する。亡くなった仲間も出来る限り連れて帰りたいが、まだそこに手を回せる状態ではない。アストンは心の中で謝罪して、前を見据える。
 人気のない街に入って少しすると、綺麗に舗装されていたであろうアスファルトが耕されていた。

「姉貴ー、揺れるぞ」

 MWの上にいるであろうロアに注意を促すが、返事がない。聞こえていないのだろうかと再度呼びかける。

「姉貴?」
「……」
「おい姉貴?」
「なに」
「いや、揺れるぞってだけだけど……」
「分かった」

 疲れてぼうっとするのはいいが、MWから振り落とされるのだけはやめてほしい。
 目的地に近づくにつれて、道はどんどん酷くなる。黒いMSの腕が道路に転がっていたときには、流石のアストンも息を飲んだ。バルバトスではないのでギャラルホルンの機体なのだろうが、見たこともないほど大きい。腕のサイズも、それが握る斧も。バルバトスの二倍はありそうな大きさだった。
 戦闘の爪痕を辿っていくと、大通りに立つバルバトスを認める。装甲がはげ、傷を負い、発掘された遺跡のような有様だ。
 夕日をあびるバルバトスの足元に、三日月とオルガの姿があった。
 アストンはMWを止めて、阿頼耶識での接続を切る。ロアは一足先に、バルバトスに駆け寄っていた。

「団長」
「おお、来たか。俺はなんともねぇけど、ミカがな……」
「なんか、右目と右腕がおかしいんだ。オルガは心配しすぎだと思うけど」
「ミカはもう少し慌てろ」

 バルバトスの足元で座り込む三日月は、右目から血を流していた。怪我を負い、激しい戦闘を制した後だというのに、三日月はあまりにもいつも通りだ。
 アストンに怪我の具合は分からない。ロアが三日月を診ているかたわらで、敗北したMSを眺めた。
 予想した通り、巨大なMSだ。胸をバルバトスに一突きされ、破壊されている。

「……阿頼耶識の負荷による影響かもしれません。ひとまず安静にするのが無難でしょう」
「分かった。俺はまだ戻れねえから」
「はい。バルバトスの回収もすぐに到着するそうです」
「ああ、頼んだ」

 オルガは自身のMWへ乗り込むと、議事堂へ向かった。まだ仕事がある、と動き続ける姿には感心する。
 アストンは、ふらつきながら立ち上がった三日月を支えてMWへ誘導した。三日月は「疲れたな」と言いつつも、足取りや意識はしっかりしていた。格の違い、というものだろうか。同じMS乗りとして――実際、敵という立場で戦ったことがある者として――少しだけ悔しかった。
 ふと、ロアが足を止めていることに気付いた。バルバトスの足元ではなく、ギャラルホルンのMSのそばで。

「姉貴」

 アストンが呼びかけると、三日月もロアに気づいた。何やってんのあれ、と聞かれるが、アストンにも正確なところは分からない。おそらく、見たことのない形態のMSが気になるのだろう。

「……アレ、どんなヤツだったんだ?」
「うるさかった」
「もうちょっとなんかないのかよ」
「何回か、闘ったことあるヤツだよ。なんだっけ……阿頼耶識で、MSと一体化した、みたいなことを言ってた」
「……」
「俺が間にあって良かった」

 ロアが黒いMSに触れる。どこか熱心な様子に、アストンは再び呼びかけるのをためらった。
 アストンが呼び悩んでいる間に、三日月が声をかける。戦闘時とは結びつかない穏やかな三日月の声は、静まり返った街によく響いていた。
 ロアがMSから手を離す。アストンと三日月の方を見て、黒いMSを見て、それから駆け寄って来た。

「それ、知り合い?」

 三日月が軽い調子で問いかける。
 ロアの表情は変わらない。三日月の表情もいつも通り。動揺したのはアストンだけらしい。
 ギャラルホルンのパイロットとロアに関係があるとは思えないが、それ以前に――己の仲間に対して、己の殺した相手との関係を世間話のように問うことが、アストンはこわかった。
 アストンも少し前までは鉄華団に敵対していた。何かが違っていれば、あの戦闘時に死んでいる。仲間の子供たちは、鉄華団のパイロットに殺された。アストンたちも、鉄華団の団員を殺した。
 戦争とはそういうものだと分かっているが、何でもない風にする話題ではないはずだ。

「……三日月さんが無事で良かったです」

 ロアの返答はそれだけだった。黒いMSについてのコメントは一切なく、そちらを一瞥することもない。
 問いかけた三日月は「うん」と頷くだけだ。表情が読みにくいので、何を考えているのか分からない。

「行こう、アストン」
「あ、ああ……」
「腹減ったんだけど、何かない?」
「MWに少しですけど乗せています」
「食っていい?」
「はい、どうぞ」

 ロアがすいと三日月の右側に立つ。アストンは小柄な二人について行きながら、黒いMSを振り向いた。
 もし自分が三日月だったらと仮定してみると、あっさり答えは見つかった。

「……面白くないな」

 ――自分が倒した敵のことを、大切な仲間が気にかけているという状態が。

「運転手(アストン)、早く。アストンが乗らないと俺たちが乗れない」
「三日月さんは座りやすい場所に座ってください。私は適当につかまっていきますから」
「……俺が操縦した方がいいのかな。座れるし、多分俺のほうが早いし」
「阿頼耶識の使用は控えて欲しいです」
「早く拠点に戻りたいじゃん。腹減ったし眠い」
「あーもう、俺が動かすし急ぐから、三日月は大人しくして!」

 今にも操縦席に座りそうな三日月を押さえて、MWに乗り込む。阿頼耶識で接続するとMWはすぐに起動した。三日月とロアが乗り込んだのを確認して、拠点へ出発する。
 道中、黒いMSの話題が出ることはなかった。この日以降、ロアが黒いMSのことを口にすることもなかった。

- 8 -

prev双眸アルカディアnext
ALICE+