魅入られて 2




 錦は現在、あるマンションで生活している。後見人であり、家主は諸伏景光。新しい生活をするにあたって、彼の家族や兄と顔合わせをしたり友人に紹介されたりと忙しなかったが、まず"諸伏景光の生存"というビッグニュースがあったので、錦が景光の周囲に与えた影響はさほど大きくはなかった。と、錦自身は思っているが、そんなことはない。
 錦は冷蔵庫の残り物を電子レンジで温め、夕飯を摂りながら景光を待つ。夜の十時、良い子は寝る時間になってようやく玄関から物音がした。

「おかえり、景光」
「ただいま……」
「くたびれてるわね」
「まーな。うちの担当じゃないけど、急ぎ案件でちょっと駆り出されてた。ニュース見た?」
「停電事件かしら」
「それそれ」

 錦は食事を温め、箸や冷えた缶ビールをダイニングテーブルにスタンバイさせる。とびきり景光が疲労しているときや、気が向いたときに行う良妻ごっこである。
 部屋着に着替えた景光が席に着くと、錦は向かいに座った。

「江戸川君たちとも、その話をしたわ。結局、何も分からないままだったけれど」
「今回のはなんつーか、特殊でな。いくら賢くたって、思いつきはしないだろ」
「特殊な立場の景光でも?」
「超専門外。あんなのが専門なヤツなんていない」

 景光が缶ビールのプルタブに指をかける。ビールをあおり、白米をかきこみ、生姜焼きを頬張る間、錦はニュース番組をBGMに様子を眺めていた。全力で食欲を満たしている様は清々しい。『いっぱいたべる君が好き〜』といつか見たコマーシャルソングが脳内で再生される。
 不意に、ニュースキャスターの声音が変わった。錦は景光の食事風景観察を中断し、テレビへ顔を向ける。男性のニュースキャスターは突然増えた原稿もスラスラと読み上げているが、声色と表情から興奮を隠せていない。

『――放送内容を急遽変更してお送りしておりましたが、ここでその原因に関する情報が入って参りました。えー、昨夜、民家から発見された宝石?が原因とみられているということです。宝石に関する詳細情報は随時――』
「お、来たな」

 景光がビールを飲み干して言う。
 錦は、子どもたちとの会話でかすもしなかったワードの登場に、こてりを頭を傾けた。

「宝石?」
「正確には、宝石とその持ち主が原因だと考えられてる。持ち主に関しては、まだ報道規制がしかれてるんだろう」
「その持ち主の方が……いえ、その宝石が停電の原因なの?」
「民家の蔵から発見されて、持ち主を解析するために病院に搬送したそうだ。そのルートに従って停電が起こったんだよ」
「検査ではなく"解析"と表現するのは、不可解ね」
「それがさ、精巧な人形らしいんだ」

 景光いわく、停電がきっかけだったそうだ。
 突如、一切の家電が使えなくなった件の家の住人は、懐中電灯やろうそくを探しに蔵に入り――懐中電灯すら使えないということを、住人は後になって知る――そこで人形と宝石を発見した。人形はあまりにも繊細で、巧緻で、生きている人間と代わり映えしないものだったため、住民はすわ死体かとパニックに陥りながら救急車を要請した。近隣の住宅を含めて電話は使えないので、地区を走り回る羽目になったのだとか。
 成り行きを話しながら「死体なら救急より警察に通報すべきなんだけど」と現職警察官からのアドバイスが挟まる。
 
「原理は全く不明、厄介な代物なのは確実だ」
「ヴェスパニア鉱石並かしら」
「本当にな。今は広い場所で管理してるらしいけど、電話が出来ないどころかオフラインのパソコンもつかない。電子機器が全く使えないっていうからな……どうなることやら」

 景光が肩をすくめる。理工学系もお手あげな、不思議現象による被害らしい。
 景光も、それ以上詳しいことは知らないようだった。宝石と持ち主には監視がついているが、別の班が担当しているらしい。錦は空のビール缶を見ながら頷いた。景光の担当案件ならば、日付が変わる前に帰宅出来ていまい。
 
「それより。はい、時計見てください」
「十時半ね」
「風呂は?」
「まだぁ」
「可愛く言っても駄目。さっさと入って寝なさい。飯の準備はありがとう」
「どういたしまして」

 すぐに椅子から降りなかったのが悪かったのか、食事を終えた景光に洗面所まで運搬された。

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