探してる


「すっごくモヤモヤする。こういう結末は駄目だと思う」

 少年探偵はぶすくれた顔でコーヒーを飲みながら、カフェ店員に愚痴っていた。

「ドライアドの瞳は犯行の翌々日にキッドが返却、ミス・ドライアドは行方不明。キッドの行動は謎のまま……というか、手がかりがない」
「珍しく荒れてるね、コナン君」
「安室さんは気にならないの?」

 コナンは、まるで他人事の安室に問いかけた。問いかけの正しい意味は「安室さんは何か知らないの?」である。今はのんきな彼も、停電騒ぎになったときには”現役兵器”と称して警戒していた。犯行現場にも、コナンとともに警備に混ざっていたのだ。気にならないはずがない。情報を集めていないはずがない。
 安室は涼しい顔でコナンの問いを流したが、じとりと視線を送り続けるとやがてあらぬ方向を見ながら口を開いた。

「ほら、警察から特に何も発表がないでしょ。そういうことなんだよ」
「一般人には明かせない事情?」
「ううん。警察もなーんにも掴んでないから、発表のしようがないってこと」
「……本気で言ってる?」
「あ、一私立探偵としての意見だよ」
「それは、まあ、うん、そうだけどさ」
「キッドのイレギュラーな行動についは、本人を捕まえて聞かないことにはわからないし、前々から捜査二課が追ってるけど逮捕に至っていない。謎は謎のままだね」
「……口に出来ない警察部署も出張ってきていたのに、手がかりが一切無いなんてあり得るの?」

 コナンには『口に出来ない警察部署』がかんでいるという確信があった。宝石と人形による被害と起こりうる最悪を想定すれば、警察が全力を持って宝石と人形を捜査するのは当然のことだからだ。おまけに、展示場にいた安室の行動。彼はあれだけ興味を示していたにも関わらず、現地では深入りしようとしなかったのだ。後を任せられる顔見知りがいた、と考えても不自然ではない。
 安室の表情は変わらなかった。簡単には、ポーカーフェイスを崩してはくれない。 

「肯定すると、日本の警察の力不足を認めることになっちゃうね」
「じゃあ、安室さんの考えを聞かせてよ。停電の謎、キッドの行動の謎、ミス・ドライアドはどこにあるか」
「ふむ。停電は科学的に証明できるだろう……という曖昧な返答になるね。現状、証明できていないから」
「キッドの行動は?」
「それは僕よりも、コナン君のほうが真相に近づけるんじゃないかな。会ったことあるんだろう、彼と」
「それでも分かんないから、頭の整理と新しい糸口を探すために安室さんに聞いてるんだけどなー」
「そうだねえ……。一度宝石を持ち帰ったことから”すり替え”が疑われたけど、改めて鑑定された上で否定されているから、それが目的ではない。返却されたブラックダイヤモンドは本物だ。でも、異なる点が一つある」
「停電が起こらない、だね」
「そう。つまりキッドは、盗んでから丸一日と少しの時間をかけて、ドライアドの瞳をただの宝石に"戻した"んだ。それがキッドの目的なんじゃないかと思う」

 コナンは相槌を打って腕を組んだ。自身も至ったことのある考えだ。安室もそうだということは、可能性が最も高い推理だと判断して良いだろう。
 ただ、本当にキッドが未知の機能を持った宝石をただの宝石に戻したとすれば、キッドはその宝石が何であるかを知っているということになる。世界中の鉱物学者や科学者や警察関係者が突き止められなかったものの正体を、大怪盗だけが知っている。そんなことがあっていいのだろうか。
 
「で、三つ目。ミス・ドライアドはどこにあるか。これは簡単だよ、コナン君。『家に帰ったから』もしくは『散歩をしているから』だ」

 安室がコナンの前に切り分けたアップルパイを置く。

「……ボクは大真面目なんだけど」
「僕だって真面目に答えているよ」
「はあー……ボク、レモンパイのほうが好き」
「知ってるよ。アップルパイに八つ当たりしないでくれ」
「いただきます」
「どうぞ」

 コナンはうなりながらアップルパイを口に運んだ。食べ物に罪はない。安室にだって罪はない。だが素直に味を楽しめない。
 実は、ドライアドの瞳よりもミス・ドライアドのほうが謎が多いのだ。ドライアドの瞳は、少なくともブラックダイヤモンドであることが保証されているのに対し、ミス・ドライアドは人形か人間かアンドロイドかすら判明していない。突如動き出した絡繰りも、当然、解明されていない。
 コナンは、笑顔の安室を見上げた。てっきりコナンからの問いかけをはぐらかすための笑顔かと思っていたが、もしや、彼は開き直っているのではないだろうか。
 そりゃそうだよな。本来の担当案件とは全く別の事件だもんな。
 ただでさえ多忙なのだ、別件を丸投げして開き直っても誰も怒れないだろう。
 
「にしても、帰宅とか散歩って。橙茉さんみたいなことを言うんだね」
「あはは、だって錦ちゃんからの受け売りだもん」
「道理で……」
「錦ちゃんは、分からないことを分からないままにしておくことを許容出来るんだ。僕も、ちょっと見習ってみようかと思ってね」
「ええ、探偵としてどうなの」
「仕事はちゃんとするよ。ただ今回の件は、専門家が膝を突き合わせても、君のように優秀な探偵が連日頭を悩ませても、解決しない問題らしいんだ。なら、一旦頭の隅に追いやってしまってもいいだろうと思ってね。僕は僕の分野で忙しいから」
「コーヒー淹れたり?」
「サンドウィッチ作ったりね」

 コナンは脱力して椅子に背を預けた。

「分からないことを許容する、か」

 自分には出来そうになかった。知らないことを知りたいし、開かない箱は開けてみたい。知識欲と探究心はとどまるところを知らないのだ。蘭や園子に“推理オタク”呼ばわりされる所以を改めて思い知る。
 
「僕は一通り答えたよ。コナン君の考えも聞かせてよ」
「停電とキッドについてはボクも同じ意見だよ」
「ミス・ドライアドの行方については?」
「あー……」

 コナンは天井を見上げた。
 コナンは、ミス・ドライアドは可動式の人形であると考えている。それが返却されていない理由とは。単純だが、キッドが何らかの事故で人形を破損させ返却出来なくなった、というのがもっとも現実味のある推理だった。
 そう述べようとして、しかし、笑顔の安室を見る。

「……温泉旅行でも行ってるんじゃないの」
「あはは!」

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