彩って 1


「宝石って興味ある?」

 友人がそんな風に聞いてきたのは、先日のニュースが原因だろう。
 立場が複雑なことこの上ない友人は、喫茶店でアルバイトをしている私立探偵としてそう問いかけてきた。本日はカフェラテだけを注文したのだが、コーヒーゼリーも並んでいる。余りものだよ、とウィンクされるが、休日の昼間に余りものがあるはずない。
 店内はほどよく混雑しているものの、カウンター席に座る錦と会話しながら仕事をこなせるくらいには、彼は器用だった。
 
「あるかないかで言われれば、あるほうかしら」
「アクセサリーとか好き?もちろん、そのままでも十分可愛いけど」
「ありがとう。そうね……あえて手に入れようとは、思わないかしら」
「今時、小学生でもイヤリングとか指輪とかつけてる子いるよね。ませてるなあって思っちゃうよ」
「もしわたくしが、ネックレスをしていたら?」
「頭をフル回転させて、ふさわしい言葉を探すかな」

 安室は冗談ぽく言うが、本当にそう行動しても驚かない。錦は普段から安室に甘やかされている自覚があり、また、満更でもないのだ。褒めるのが上手い安室に褒められて、嫌なはずがない。
 錦はコーヒーゼリーに鎮座しているミントの葉をそっと避けて、疲労の濃い顔を見上げた。

「図書館で、ブラックダイヤモンドを調べたのだけれど、本当に真っ黒なのね」
「ああ、例の"ドライアド・ダイヤ"か」

 ヴェスパニア鉱石並に厄介とされた謎の宝石は、大粒のブラックダイヤモンドであると公表された。その付近ではカメラが作動しないことと防犯上の理由から、形状や大きさなどは一切明かされていない。"ドライアド・ダイヤ"や"ドライアドの瞳"と名付けられたそれは、鈴木次郎吉が手に入れるべく持ち主や警察と交渉しているらしい。
 "ドライアド"は、精巧な人形にマスコミが名付けたものだ。宝石の持ち主である人形は、"ミス・ドライアド"として世間を騒がせている。こちらもまた、外見の詳細な情報は公開されていない。景光も知らないようだった。
 
「ブラックダイヤモンドは、炭って感じがするよね。炭素で出来てるから当然と言えば当然なんだけど」
「全然、透き通っていないの。絵具を見ているみたいだったわ」
「もっと透明感のある宝石のほうが好き?」
「わたくし、赤い色が好きよ」
「ア……んん、赤かあ。やっぱりルビーかな?錦ちゃんならスピネルも着こなしてしまいそうだ。でもやめて欲しいなあ」
「安室さん、宝石にも詳しいのね」
「職業柄ね。探偵は色々知っていないと」

 私立探偵という意味でも、本職の意味でもそうだろう。錦は笑って同意を示す。錦はもう無知ではないのだ。

「でも宝石に関しては、僕よりもコナン君のほうが詳しいかもしれないな」
「今回も、怪盗キッドが動くのかしら」
「難しいだろうね。あんなブツは個人の手に渡っていいものじゃないから、警察が手放さないよ」
「それでも盗みに入るかもしれないわね」
「入らせないさ」

 安室がウインクを決める。
 安室が言うのならば、この度の宝石は鈴木次郎吉VS怪盗キッドという構図をとることなく、国の管理下に置かれるのだろう。ヴェスパニア鉱石に並ぶほど難儀な石だ、一ケ所から動かさないほうが無難である。
 しかし、ポアロを訪れたキッドキラーが、穏やかな昼下がりの空気を凍らせた。
 
「いくら怪盗キッドといえど、警察が張り付いてるかつ電子機器が一切使えないような場所には行かないよ……と、言い切れないのがなあ」

 コナンは難しい顔でアイスコーヒーをストローで吸い上げている。安室の前では猫を半分くらい被るコナンは、子どもたちだけで喋るときと比べて口調がやや柔らかい。
 カウンターの中の安室が目を瞬き、錦はおやと問いかける。

「鈴木さんが、買い取ることになったの?」
「まだ、なんだけど。どうも一時貸与って形で手に入れて、怪盗キッドに挑戦状を送るつもりらしいんだ。それって可能なのかなーって、安室さんに聞いてみたくてさ。ほら、安室さんって警察事情にも詳しいし」

 最後の一言は錦に向けられている。錦とコナンは、安室の職業についてわざわざお互いの認識を突き合わせたりしていない。お互い知っているんだろうな、ということを"察して"いるだけだ。
 宝石の貸し出しについて情報が欲しいというコナンは、眼鏡の奥を光らせて安室を見上げている。
 錦は、カフェラテとコーヒーゼリーが空になっていたので店を出るべきかと一瞬だけ逡巡する。施し店員がカフェラテを自動で追加してくれたので、結局席を立つことはなかった。席を外す理由がないのなら、ありがたく居座らせてもらうことにする。

「正直、僕の意見としては、無理だと思うけどね。鈴木さんから連絡でもあったのかい?」
「うん。絶対手に入れるって息巻いてたよ。鈴木財閥なら、広い土地はいくらでも用意できるからね」
「個人に渡るのもそうだけど、怪盗キッドとの対決にあんな宝石を使うのもどうかと思うよ。いくら怪盗キッドが盗んだ宝石を返してるとはいっても、絶対じゃないわけで……都市機能を殺せる宝石がキッドの手に渡ったら、それこそ盗まれ放題だ。ただでさえ、神出鬼没の怪盗なのに」
「じゃあ、厳重な警備下での展示ならあり得る?」
「はは、現役兵器だよ?」
「あの鈴木財閥だよ?」
「……ちょっと考えてしまったことが悔しいね」

 鈴木次郎吉と怪盗キッドとの勝敗は怪盗キッドの圧勝だったのでは、と錦はふと思う。ここで言う勝敗とは最終的な宝石の所在ではなく、一度でも怪盗キッドの手中に収められたか否か、だ。どれだけ警備を厳重にしたところで、怪盗キッドは掻い潜ってくるのではと。
 キッドキラーの隣で、錦はそんなことを思った。

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