彩って2




 安室の心配が杞憂で終わらなかったことを、錦は数日後に知った。
 鈴木次郎吉の会見だ。連日テレビを騒がせている宝石と人形をセットで展示し、怪盗キッドに挑戦状を叩きつけるという。自宅のテレビで会見を見た錦は、今夜は景光が帰宅できるか怪しいとふんでリビングをさっさと消灯し、私室に引っ込んで好きに過ごした。図書館で借りてきた本を読破するのである。有希子からおススメされた、"闇の男爵"シリーズだ。
 そして寝不足のまま登校し――睡眠時間が短いことは何の問題でもない――乾いた笑みを浮かべるコナンと遭遇した。「安室さんも疲れてるだろうから、帰りにポアロでも寄らない?」とナンパされ、コナンからのお誘いに驚きながらも快く頷く。次郎吉から連絡があったか、これから連絡があるコナン自身も、事の大きさに辟易しているのだろう。もろもろの判断力が緩んでいるように見える。
 珍しく二人で学校帰りに訪れたポアロは、残念ながら安室が不在だった。マスターいわく、しばらくしたら買い出しから戻るはずとのことで、錦とコナンは先日と同じ席に座って待つことにした。

「あ、音読の宿題があるんだった。安室さんに聞いてもらおう」
「いっそお互いじゃ駄目かしら。A組では、音読の宿題、わたくしのサインでも通るのだけれど」
「それは……というか、やったことあるんだ」
「宿題するのを忘れてしまった子がいたの。朝、学校で音読を聞いたのよ。それから何度か」
「うーん、今日のところは安室さんにお願いしとこうぜ。小林先生にも通用するか分かんねぇから」
「そうね。じゃあ、わたくしはカフェオレを頼んでおこうかしら」
「……少し待つくらいなら、水でもいさせてくれるけど」
「いつも、ここでお金を払わないの。たまには払いたいと思って」
「ああ、安室さんか……。んじゃ俺もなんか頼んでおくか」
「合わせなくてもいいのよ?」
「俺も一緒だよ、たまにはちゃんと支払いたい。『毛利探偵にお世話になってますから』って、俺が一人んときは大抵奢ってもらってる」
「ふふ、お世話好きよね、彼」
「満更でもなさそーじゃねーか」
「ええ、もちろん」

 マスターにアイスコーヒーとカフェオレを注文し、先にお会計も済ませてしまい、計算ドリルや漢字の書き取りをして過ごす。二人とも小学生らしからぬ小学生なのであっという間に音読以外の宿題を終えた。クラスでの出来事を共有しながら安室を待つこと十分ほど、賑やかな声が入店した。
 よく聞き覚えのある声に二人で振り向くと、笑顔の蘭と、したり顔の園子がいた。

「あ、コナン君おかえり。お茶しようってなったから、ちょうど連絡しようと思ってたの」
「ガキンチョやるじゃない、デートぉ?」
「違うよ園子姉ちゃん!蘭姉ちゃんはおかえり!」
「こんにちは、蘭さん、園子さん」

 蘭と園子が四人席に座る。一緒にと声をかけられたので、錦はコナンと一緒にテーブル席へ移動した。「二人でいるのは珍しいね」との問いかけには「安室さんに会いに来たの」と返答する。安室さんファンの女子高生と一緒ね、と笑われてしまった。
 噛みつくような勢いで園子に反論していたコナンは、腰を落ち着けるや否や身を乗り出した。

「園子姉ちゃん!例のブラックダイヤモンド、本当に展示するの?」
「ふっふっふ、もちろんよ。キッド様との対決よ!」
「警察が手放しはしないと思ってたのに、よく許可が下りたね」
「チョー難航したわよ。最終的には頷かせたけど。なんたって鈴木財閥は土地もあるし警備だって一流よ。持ち主のほうは、手放したがってるらしいから問題なかったけどね」

 園子は、自身のカプチーノに口を付けながら言う。気さくな物言いで忘れそうになるが、彼女は大財閥のご令嬢だ。何気ない仕草も様になっていた。それを錦が指摘しようものなら「あんたが言う?」と顔をしかめられるに違いない。彼女との関係は、未だひねくれている。

「園子はね、先に宝石と人形を見たらしいの。その話を聞こうと思って」
「その話、是非僕も混ぜてください」 

 スタッフヤードから待ち人が顔を出す。なんとなく疲れが見えながらも嬉しそうな顔で、安室が話に加わった。前髪が乱れているのは、買い出しから戻って急いで準備をしたからだろうか。錦やコナンが待っていると聞いたから急いだのか、園子の声を聞いて急いだのか。
 園子は安室からも話を促され、得意げな顔で髪を手で払った。

「ドライアド・ダイヤは、大粒のブラックダイヤモンドをつかったオペラネックレス。もちろんこれも上等なものだけど、展示品として重要なのはミス・ドライアドのほうね。絶世の美女、以外の言葉が見つからなかったわ。この園子様ですら、数秒息を忘れたもの。悔しいけど、キッド様が目を奪われる可能性は大いにあるわね」

 園子が同性を手放しで褒めることは珍しい。芝居がかった動作で腕を組みながら目を細める。「悔しいけど」ともう一度繰り返し、不意に脱力した。よほど衝撃が大きかったらしい。
 本当に美人だったの。本当に。信じられないくらいよ。人間みたいって報道が出てたけど、あんなの人間じゃないわ。だって綺麗すぎるもの。
 うわごとのように呟く園子に、安室が問いかけた。首をかしげる仕草がこうも似合うアラサー男性は少ないだろう。

「展示はセットで行うんですか?」
「ええ、そうなんです。警備を集中できるほうが良いってことになったらしくて。あ、まさか安室さんもミス・ドライアド目当て?」
「いや、あはは、情報が少ないので気になるだけですよ。時間があれば展示を見に行こうかなと」
「世の男性どころか女性までみーんな虜になっちゃうくらいなんですよ。絶対真さんには見せられない!新一君には見せちゃ駄目よ、蘭」
「わ、分かった……でも気になるなあ。展示の入場って制限あるの?」
「流石にね。ま、ガキンチョや蘭やおじさまは最初から招待に組み込まれてるけど。安室さんと錦サンはどうする?なんだったら、チケット用意してあげるわよ」
「パパの分も準備できる?」
「っけほ、失礼。僕もいいですか?興味があります」
「オッケー、任せなさい」

 園子がそこまで褒め称えるドライアドに錦も興味がわいた。
 本来なら、途方もない倍率の抽選を潜り抜けなければならないだろうが、園子がいれば安心だ。もしかしたら、景光は仕事で現場に行くことがあるかもしれないが、チケットがあるに越したことはない。
 錦は、伝票がないことに気付いた安室からの視線を流しつつ、音読チェックシートを渡した。

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