彩って3




 "ドライアド"とは、ギリシア神話に登場する木の精霊の総称だ。人前に姿を現すことは滅多にないが、美しい男性や少年を誘惑し木の中に引きずり込んでしまうことがあるという。木の中での一日は、外の世界の数十年数百年になるという、ギリシア神話版の浦島太郎物語だ。
 ドライアドは緑の髪をした美しい娘の姿であると言われているが、件のミス・ドライアドは、緑の髪ではなく木の根も持っていなかった。
 鈴木財閥による特別公開を前に、ミス・ドライアドのデッサン画が公開されたのだ。長い睫毛を伏せ、ショーケースに横たわる女性は、速報を読み上げるアナウンサーが言葉を詰まらせるほどの美女であった。

「電話も駄目、無線も駄目、放送も駄目、照明も駄目、煙幕はセーフってところかな」

 不便だが、怪盗キッドにとっては、動きやすいといえた。キッドはマスクで顔を変えられるし、変声機がなくとも声帯模写は自由自在だ。防犯カメラが無い環境は、下見するにも快適である。
 鈴木財閥が用意したのは、だだっ広い展示場だった。大規模展示会において利用される広大なホールである。ただ、次郎吉がキッドとの対決にドライアド・ダイヤを使用することが決まっていない段階から、管理目的でこのホールに移送されていたので、"キッドとの対決のために用意した"という表現は適切ではないだろう。
 キッドはいくら警備が厳しくなろうとも、盗みを諦めることはない。ましてや今回は、不可解な現象を起こしている謎の石だ。"当たり"の可能性が高いとみて、一層気合が入っていた。
 キッドは、沈黙している非常灯や消火栓表示灯を一瞥して会場を後にする。電子機器が使えないので、演出は地味にせざるを得ないことだけが残念だ。
 頭の中で盗みの計画を組み立てながら移動していると、コツリ、と明らかに自分ではない足音がした。ぴたりと動きを止め、物音一つ立てずに壁に背を付ける。耳を澄まして気配を探ると、そんなキッドを嘲笑うかのように尊大な声がした。

「あなたの舞台で、踊りたいのだけれど」

 見覚えのある少女がいる。快斗の友人の友人で、知り合い以上友達未満といったポジションの小学一年生だ。

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