手を伸ばす1


 公安警察における景光らの担当は、ざっくり"黒づくめの組織に関すること"だ。けれども、仕事はそれだけに収まらない。他チームのデスクワークを手伝うこともあるし、数日他部署にレンタルされて駆り出されることもある。
 今回景光らのもとへ舞い込んだ応援要請は、ある石と人形の周辺潜入だった。人が集まるところには、大抵公安の人間が紛れ込んでいるものだ。単なる警護と言うよりは、怪しい取引や不審な人物をマークするための配置である。
 
「風見さん、自分の工作は不要です」

 概要が伝えられた後、景光は上司にそう話しかけた。
 景光の上司であり、黒づくめの組織に潜入した捜査官との連絡役も担っている大変多忙な人物は、特徴的な眉毛をこれでもかと寄せていた。

「自力でチケットを手に入れるとなると、倍率がとんでもないのは知っているだろう」
「確かにこういう手回しは珍しくありませんけど、実は、チケット手配してもらえることになってまして」
「どこから」
「娘が鈴木財閥の園子さんと交友があり、チケットを貰えることになったと」
「ああ、例の娘か……」

 『例の』には非常に力がこもっていた。景光が組織から連れ出し養子にまで迎えたことになっている錦は、そのたたずまいから公安内でも通常の子ども扱いされていない。風見にとって錦は、部下の娘であり上司の友人、という極めて複雑な位置にいるので尚更だろう。

「なら、親子で見に行くのか」
「はい」
「仕事のことは伏せておけよ」
「もちろんです」

 バレる可能性については言及しないでおく。ごく普通の見物客を装って行く分には何かを見とがめられることもないだろうが――事実、ごく普通の見物客として入るのだが――錦の目に何が映るのか、景光にも分からない。他の公安警察官を見て「あら」なんて言われる可能性だって否定できないのである。
 景光が笑顔のままでいると、風見が雰囲気を和らげた。

「あの子も女の子だな。キラキラしたものが好きなのか」
「うーん、"目がない"ってほどじゃないみたいですけど、嫌いじゃないんだと思います。このくらいの大きさの、綺麗なジュエリーケース持ってたりしますし」
「『持ってたり』ってなんだ、他人事か」
「友達からの貰い物だそうで。そういうの多いんですよ。貢がれ体質というか」
「恐ろしい……まさかとは思うが」
「ゼ、降谷さんじゃありませんよ。女性です」
「知らない人からほいほいお菓子でも貰わないように教育しておかないとな」
「あーはは、はい、そうですね」

 知らない人たちからの一万円札が銀行口座や財布に入っている、という体験をしているので、乾いた笑いしか出てこなかった。

- 7 -

prev獣の鼓動next
ALICE+