しいて言うなら花宮真


 家の都合で戻っているらしい実渕に由都伝いに呼び出され、嫌々渋々ファミレスに出向いた。すっぽかさなかったのは、一々由都を間に挟むのも面倒だからだ。

「久しぶりねえ、花宮。縮んだ?」
「あ゛?喧嘩売ってんのか」
「冗談よ。ほんとに来てくれると思わなかったから、少しびっくりしただけ」
「チッ」

 由都が実渕と親しいということは聞いている。ただ同中だったというだけではなく、今でも連絡を取ったり会ったりしているとのことなので、本当に仲が良いのだろう。こうして俺を呼び出すほどに、実渕は由都のことが気がかりらしい。
 実渕と長居したくはないが腹は減っているので、定食を注文しておく。実渕もパスタを注文していた。

「あんたのこと、コスいプレイする下衆野郎だとばかり思ってたけど……こうして来たあたり、ちゃんと恭ちゃんのこと考えてるのね」
「美化してんじゃねぇよ、前半の認識で間違ってねーし。お前こそ由都の保護者のつもりか?」
「友達よ!口出ししたくもなるわよ、自覚あるでしょ。恭ちゃんは人がいいと言うか、騙されやすいというか、宗教勧誘やセールスの人と三十分話し込んじゃったりするのよ。いつも笑ってるから深刻さや不愉快さが伝わらないし……」
「俺は宗教勧誘扱いか」
「あんた外面いいし口も上手いじゃない。似たようなモンでしょ」
「由都が玄関先で話し込んでる様子は想像できるが、結局きっちり断って鍵閉めるタイプだろ」

 何が楽しいのか常に笑っているが、基本的にパーソナルスペースが広いし警戒心もある。俺のチームメイト、ということで一哉たちとの接触を拒んでいる様子はないが、それがなければ振り払って逃げるだろう。クラスメイトに対してすら連絡先を教えないことがよくある、とも康次郎から聞いた。

「由都は俺を拒まなかった。元々、俺に興味はあったんだろ」
「はあ?自惚れも大概にしなさいよ」
「じゃなきゃお前に言われたからって、試合撮影しにこねーだろアイツは。実渕が頼み込んだなら別だがな」
「『観られたら観たかった』って言っただけで、頼み込むわけないでしょ?恭ちゃんに胸糞悪い試合見せたくないもの」
「ふはっ。ほらみろ、近づいてきたのは由都のほうだ」
「けどハマったのはあんた。恭ちゃんがあんたに興味があったとしても!あんたを拒まなかったとしても!先にハマったのは花宮よ!」
「うるっせーな何と戦ってんだ」
「しいて言うなら花宮真」
「大事な友達の彼氏だぜ?」
「ふざけんじゃないわよ」
「ふざけてんのはそっちだろ」
「恭ちゃんが花宮に利用されて捨てられて悲しむ所なんて見たくないのよ。恭ちゃんのことが本当に好きで大切だって言うならわたしも少しは安心だけど、あんた絶対そんなこと言わないでしょ」

 分かっているなら言うな、と味噌汁を飲みながら睨む。
 第三者に対してはもちろん、由都に対してさえ、好きだなんだと言ったことはない。それに不満をこぼされたこともなければ、「わたしのこと好き?」などと少女漫画のようなセリフを言われたこともない。由都は稀に、俺のことが好きだと口にするが、本当に稀だ。

「『いらないって言われてないからまだお気に入り』なんて。なんなの?」
「由都が言ったのか?よく分かってんじゃねーか」
「ほんっと、乙女心の分かってないヤツね」
「気色悪……大体、由都も同じだろ。何とも思ってない俺を優先するほど、優しいヤツじゃねぇよ」

 どいつもこいつも、由都が俺に捨てられるという心配しかしていないが、俺が見限られる可能性だってある。由都は盲目的に俺を好いている訳じゃない。
 とはいっても、由都が今俺を好いているのは事実だろう。俺の機嫌をうかがっている時もあるし、手をつなぐだけでどこか嬉しそうにする。だが、俺も似たようなものであることを由都は知らないのだ。
 広すぎる由都の許容範囲を試すかのようなチキンレース。曲がりくねっているからこそ無暗に動けず、俺が気を揉んていると彼女は思ってもいないだろう。

「まあ、飽き性の恭ちゃんが一年近く付き合ってるって言うし、本当に気が合うらしいのは認めざるをえないわね、認めたくないけど」
「……そんなに心配なら、中学ん時に告白なりしておけば良かったじゃねぇか」
「最近、猛烈に後悔してるのよ。わたしと恭ちゃんとの間にあるのは友情だけど、わたしが愛情を向けたら、きっと恭ちゃんは返してくれたもの」
「残念だったな」
「恭ちゃん、なんで花宮なんかを好きになっちゃったのかしら……」

 そんなこと、俺が一番分かんねぇよ。

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