山のような画びょう


 学校のトレーニングルームで汗を流し更衣室で着替えていると、同じく筋トレをしていた玲央がため息を吐きながら入って来た。
 玲央にしては根を詰めていた。これが小太郎や永吉なら釘をさすが、玲央はセルフコントロールが出来ている。僕が注意せずとも、セーブはするだろう。

「何かあったのかい?」
「征ちゃん……」
「玲央に限ってないとは思うが、バスケに影響をきたさないように」
「ええ、もちろんよ。ちょっと嫌なことを……自分の失態を……ふがいなさを……」
「……本当になにがあったんだ」

 玲央は汗をぬぐいながらどんどん肩を落としていく。試合中も練習中も冷静な彼にしては珍しい。クラスで何が問題が起こったとも聞いていない、学外で何かトラブルでもあったのか。
 促してみると、存外すんなりと口を開いた。僕相手に愚痴話など、普段の玲央ならば絶対にしないだろう。

「インハイの状況とか近況報告とかで、中学からの友達と連絡を取ったのよ。そうしたら、自然とあいつの話にもなるしわたしはどういう顔で聞けばいいのか……」
「玲央、落ち着け」
「ごめんなさい、支離滅裂よね。わたしの友達は霧崎第一に通っててバスケ部に彼氏がいるんだけど……それが"悪童"なのよ」
「"無冠の五将"の一人だね。花宮真、だったかな。いい噂を聞かないけど」
「その通り、自他ともに認めるクズ野郎よ。他人の努力をあざ笑って、崩して、不幸を楽しむような最低なヤツ。でも恭ちゃんは何を思ったか彼と付き合ってるのよ……」

 玲央は着替えをしながら頭を抱えている。確かに、仲のいい友人が性質の悪い男に引っかかっているとなれば、気が気ではないだろう。
 そこまで最低な男なら別れるよう説得すれば、と問うてみる。玲央は首を横に振り、仲良くやっているらしいわ、と渋い顔をする。
 
「恭ちゃんも変わった所あるけど、優しい子なのよ。花宮の影響を受けそうで……」
「常識と良心があれば、そう簡単に道を踏み外しはしないだろう」
「そう思いたいわ。でも……この口調のせいで嫌がらせされてたわたしの横で、お腹抱えて笑っちゃうような子なの。嫌がらせどうこうより、山のような画びょうがツボに入ったらしいけど」
「……その子も、問題あるんじゃないか。少なくとも、花宮真と仲良くできるくらいのポテンシャルなんだろう」
「"楽しむ"範囲が異常に広い子なの。きっとにこにこして楽しんでいるんでしょうけど……怒ったり悲しんだりしない子だから、利用されてる可能性も捨てきれない。恭ちゃんが幸せならいいと思うのよ、本当に。……ただ相手が花宮というところがどうしても……!」

 玲央が唸り声をあげてロッカーを閉めた。普段より荒々しい音が、彼の心情を物語っている。
 まあ、しかし。玲央には申し訳ないが、その友人も中々おかしなところがある人だ。玲央の心配はもっともだが、こちらが拍子抜けするくらい上手く花宮真と付き合っている気がする。
 公式戦で当たりたいくらいよ、と玲央が言うので、機会があればねと笑った。

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