鮮やかな二度見やね


 居残り自習中、担任の藤井先生が教室にやって来た。焦りを浮かべてデスク周辺を確認し、何か探す仕草をしていれば、善良な一生徒として声をかけるのは当然だ。

「どうしたんですか?」
「回収したプリントが足りなくて……回収し損ねたかなあ。僕が失くしたんだったら最悪だ」
「英語課題の?」
「そうそう。採点して明日の授業で使うつもりなんだけど、一人だけ無くって。もう職員会議始まるのに……」
「……部活してる生徒なら、本人に聞いて来ましょうか?」

 そう提案するのも自然な流れだ。藤井先生は時計を見ながら謝り「もし見つけたら、職員室の僕の机に置いておいて。僕は第二会議室にいるから」と早口で告げ、教室のドアに引っかかりながら慌ただしく出て行った。

「男子バスケ部の、山崎のプリントが無いんだ。他のクラスだけど知ってるかな。赤茶の髪した背の高い男子」

 そんなわけで、わたしは男子バスケ部が練習をしている第一体育館に足を運んだ。
 第一体育館が男バス、第二体育館が男バレ、第三体育館が女バスと女子バレの練習場となっている。女子はどちらも同好会なので、一番小さい体育館を交代で使っているらしい。
 向かった第一体育館は、幸い、"カーテンが閉まっていなかった"。
 男バスは「敵情視察されないため」とお飾り顧問を言いくるめ、カーテンやドアをしめ切って練習している日がある。言わずもがな、バスケ部にふさわしくない格闘系の練習が組まれているからだ。第一体育館や男子バスケ部に用があった場合、ドアを叩いて中から開けてもらうしかない。花宮くん情報である。
 目的のためなら育成にも手を抜かないあたり花宮くんらしいが、熱意のベクトルは相変わらず斜め下をえぐっている。
 今日は幸いにも通常練習日らしいので、閉め切った体育館で練習中の彼らに聞こえるようドアを叩き声をかけることはせずともよさそうだ。
 ごくごく普通に入口から入り、上靴を脱ぎ、靴下になってアリーナをのぞく。

「――寝ぼけてんのかてめーら!外周行ってくるか?ァア゛!?」

 とんでもなくおっかない花宮くんの声がする。自分に向けられてないとはいえ、ドスの利いた声はちょっとこわい。花宮くんは、後輩っぽい部員に向かって鬼の形相だった。
 ここで元気よく用件を告げるほど空気読めない子ではないので、わたしは近くにいる部員に声をかけることにした。偶然にも、すぐ近くに赤茶の頭を発見する。
 シューズの音とドリブルの音に紛れて、そっと呼びかける。
 
「山崎くん、ザキくん」
「……?……え、お、由都?」
「鮮やかな二度見やね」
「練習中に来んの初めてじゃね?花宮に用事?」
「いや山崎くん。藤井先生に頼まれて、英語のプリントの提出確認しにきた」
「英語の……?やったし持ってきてる、あ、やべぇ出してねーわ。便所行ってたんだった」
「代わりに持ってっとくよ」
「マジ?サンキュー!ちょっと花宮に声かけてから……お前の名前出さねぇ方がいいか?」
「なんで?」
「あいつ今日機嫌悪くてさあ。怒鳴ってんの、彼女に見られたいもんじゃねーだろ」

 山崎くんがこそこそ耳打ちし、バインダーを持って仁王立ちの花宮くんを指さす。豊富な語彙と頭の回転の速さから、凡人のメンタルには攻撃力の高すぎる罵倒が続いていた。
 山崎くんの気遣いに感動しつつも、どうだろう、と首をひねる。

「あんま気にせんでしょ」
「女子ってああいうの怖くねーの」
「ちょっと怖い。でも、わたしには怒鳴んないし罵倒もしないから別にいい」
「そーいうもんか?」
「そーいうもんじゃない?」

 俺だったら普段穏やかなほどドン引くけどなあ、と山崎くんは不思議そうな顔をする。
 しかし山崎くんの言い分も分からなくはないので、わたしの名前は伏せてもらい、体育館の外で山崎くんを待つことにした。

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