めっちゃ恥ずかしくなってきた


 花宮くんが髪を切った。
 男子は女子よりも頻繁に理髪店に行くのだろうと思っているが、花宮くんは美容師とはいえ髪を触られたくないからと、伸ばしっぱなしにすることがある。前髪だけは自分で切り、邪魔にならないようにしているそうだ。
 ともかく花宮くんが髪を切ってきた。髪で隠れていた耳を久しぶりに見た。
 下校中もちらちら横顔を見上げていると、控えめに舌打ちされる。
 
「見過ぎだ、変態」
「花宮くん」
「あ?」
「触ってもいい?」
「はあ?」

 花宮くんは真顔でわたしを見下ろしている。学校で見せる優しい笑みなど欠片もない。猫の下の凶悪な笑顔もない。

「……好きにしろよ」

 外なので断られるかと思いきや、不機嫌そうに許可をくれた。
 立ち止まって、運動部男子にしては白すぎる肌に手を伸ばす。頬に指先が触れたところで、わたしは固まってしまった。
 わたしが、花宮くんに触っている。ハグやキスは珍しくないし今も手を繋いでいるのに、顔に手を触れるという動作がこれ以上なく照れくさい。接触を許されたことが嬉しいのもあるが、それ以上に、とても綺麗なものに触っているような気分である。
 これじゃ、花宮くんに心酔している生徒と変わりない。ちょっと屈辱的だ。

「くすぐってえんだが」
「……うん」
「……なんで照れてんだよ」
「いや……うん。思ったより、わたし、花宮くんのこと好きみたいで」
「……」

 目が泳ぐ。指先だけ花宮くんに触れていた手を下ろし、肩にかけた鞄を持ち直す。
 本当に、なぜここまで照れているのか。耳まで熱を持っているのが分かる。髪が短くなって顔が良く見えるからと、触れたいことを告げるべきではなかった。顔に触れることは、わたしには少々難易度が高かった。覚悟を決めてから、再挑戦させてもらおう。

「……由都」
「なに?」
「せっかく俺がいいっつってんのに触んねえの」
「……」
「家にいるときはくっついてくんだろ。一緒じゃねーか。あ?」
「なんかめっちゃ恥ずかしくなってきた……タイム」
「ねーよ。こらテメ、手ぇほどこうとすんじゃねえ」

 花宮くんが手に力をこめる。バスケ部の中では華奢な方とはいえ、わたしとは比べるまでもない。わたしの指は悲鳴を上げていた。
 狼狽えている自分自身にも狼狽えながら、愉しそうな花宮くんの手を引いた。

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